12_無礼者、そこになおれ!
【前回までのあらすじ】
薬草採取の依頼は、病気の母親のために子供達が出したものでした。
奥様のことですから、当分続けそうですね。
そこはギルドに併設された酒場である。
日が暮れる前から冒険者達が集まり、酒を呑んでは馬鹿騒ぎに興じている。
そんな店内の喧騒をよそに、ディオネは隅っこのテーブルで独り座っていた。
ジョッキを傾けては、ため息を吐く。彼女はそんなことを、何度も繰り返している。
やがて宵の口になった頃、新たな客が店の扉を開いた。
長身で黒い髭面、いかにも冒険者といった風体の男である。
男は店内を見回してディオネを見つけると、ずかずかと歩み寄る。
彼女の前にどっかりと腰を下ろした男は、明るく声を掛けた。
「よお、待たせて悪かったな!」
「…………トールか。遅いぞ、合流の期日から何日経っていると思っているんだ」
ディオネは酒精に濁った目で、男をねめつけた。
「いやあ、すまねえ。ちょっと野暮用ができちまってな」
「まったく。お前達は約束の日も守れないのか?」
「お前達?」
「他の三人は、まだ到着していない」
「そうなのか? ならもうちょっと遊んで――――いや、冗談だよ冗談?」
ぎろりと剣呑な眼差しを向けられ、トールと呼ばれた男は慌てて手を振る。
ハアとため息をこぼしたディオネが、ジョッキを一気に呷った。
「おいおいヤケ酒か? いかんなあ、酒はもっと楽しく飲まなくちゃ」
「余計なお世話だ」
「それで? 何があったのかオジサンに話してごらん? 金以外なら相談に乗るぞ?」
少しためらってから、ディオネはローズのことを語り始めた。
「はあ、ずいぶんと変わったお嬢ちゃんだな、そりゃ?」
「もう、どう説得したらいいのやら、皆目見当もつかん!」
頭を抱え、うめくディオネ。冒険者を止めさせるどころか、人助けまでも始めてしまう始末だ。
もはやディオネには、彼女を翻意させる方法が思いつかないでいた。
悩む彼女を、トールは呆れたように眺める。
「どうしてそこまで気にするんだ? 怪我しても、最悪おっちんだとしても、冒険者になった本人の責任だろ?」
「その通りなんだが…………う~~っ!」
冒険者ならば、当然の理屈である。しかしディオネの胸の内に再燃した想いが、それを納得させない。
ついに髪を掻きむしる彼女を見て、トールは肩を竦めた。
「はあ、分かったよ。要は、そのお嬢ちゃんが冒険者を止めればいいんだろ?」
「何か良いアイディアがあるのか!?」
勢い込んで立ち上がったディオネに、トールは苦笑する。
「そんなもんはねえよ。だがまあ、冒険者が甘い仕事じゃねえと知ったら諦めるだろうさ」
トールが片目をつぶると、ディオネは嫌な予感がした。
◆
「それで本日は、どの依頼を――――」
「ヒレルリ草の採取を!」
ミルチルに最後まで言わせず、奥様が宣言します。
「えーと、危ないお仕事をされるよりは安心ですけど、報酬が安いですよ?」
とてもありがたいのですがと、ミルチルはこっそり付け足します。
人助けとはいえ、いわば汚職の片棒を担がせるようなものです。
申し訳なさそうな顔のミルチルの頭を撫で、奥様は莞爾と笑います。
「子供は心配しなくていいの、お姉ちゃんに任せなさい!」
ところで奥様、実はお姉ちゃん呼びを定着させようとしていませんか?
「なんでえ嬢ちゃん! せっかく冒険者になったんだから、どーんと大物狙わなきゃ!」
そんな時です、後ろに並んでいた男が、奥様の肩に馴れ馴れしく腕を回したのは。
黒い髭で鼻の下から顎まで覆われた、年の頃は三〇代前半ぐらいでしょうか。
不覚です、邪気も殺気も感じないので、完全に油断していました!
「嬢ちゃん、美人だね? 俺と組んで稼がない? こう見えても腕には自信があるんだぜ?」
わたしが自分の失態を省みる間もなく、髭面の男が奥様の耳元に囁きました。
――――終わったな、こいつ。
礼儀知らずの代名詞であるベレスフォードでさえ、これほどの無礼を働いたことはありません。
もはや、わたしが手を下すまでもないでしょう。
奥様に肩から腕を引っこ抜かれるか。あるいは全身の血液を沸騰させられるか。
いずれにしても、悲惨な断末魔が確定したのです。
奥様が手を伸ばし、肩に回された男の手に触れました。
次の瞬間、男の絶叫が
「ちょっと待っててね? いま大事なお話し中だから」
絶叫は、あがりませんでした。
奥様はニッコリ笑い、するりと男の腕を外しただけです。
あれ? どうなっているのでしょうか?
奥様はそのまま、ミルチルと依頼を請ける手続きを進めます。
腕を外された男は、変なポーズで固まってしまいました。
――――なるほど、奥様の怒りはよほど深いようです。
後ほど改めて、懲罰を与えるつもりなのでしょう。
ならばわたしの役目は、この男が逃げ出さないように見張っていること。
そう考えた時です。
「この痴れ者がああ――――!!」
「ブッボわっ!?」
突進してきたディオネが、男に殴り掛かりました。
勢いを乗せた拳で頬桁を張られた男が盛大に吹っ飛び、テーブルとイスを巻き込んで倒れます。
ディオネはさらに追い打ちを掛けんと、仰向けに倒れた男の上に馬乗りになりました。
「何を考えているんだ、お前は!!」
「ま、待て! ちょっと待てよ! 話をきけ!」
「婦女子に不埒な真似をする輩の話など、聞く耳もたん!」
男の胸倉を掴んだディオネが、右手を大きく振りかぶりました。
「駄目です! ディオネさん!」
今まさに殴り掛かろうとしたディオネの腕を、奥様が掴んで押さえました。
「――――え? あれ? あれえ?」
身動きができなくなった彼女が、驚きの面持ちで奥様の手を見詰めます。
「ディオネさん! 弱い者いじめなど騎士の風上にもおけませんよ!」
「うえっ!? あ、あのわたしは騎士では…………そ、それにこいつが…………」
「言い訳はみっともないです!」
奥様に叱られ、しょんぼりうなだれるディオネ。そうです、そいつは奥様の獲物です。
後でみっちりと、生まれてきたことを後悔させてやるのですから。
「本当に申し訳ありませんでした! わたしからもお詫びします!」
男の頭を押さえつけながら、ディオネが床に膝をついて謝罪します。
「なんだよ、マブい女だから、口説こうとしただけじゃねえか」
「反省しろお前はっ!!」
うそぶく男を、怒鳴り付けるディオネ。
そんな二人のやり取りに、奥様は首を傾げました。
「まぶい?」
「ああ、美人で良い女って意味だよ、お嬢ちゃん?」
下卑た口調で答えた男が薄笑いを浮かべ、ジロジロと舐めるような視線を奥様の身体に向けました。
ディオネよ。わたしが許します、その男の顔面を床に叩きつけなさい。
わたしの心が届いたのか、彼女の腕にグッと力がこもります。
「あら、ありがとう」
ところが奥様は、ニコニコと上機嫌になりました。微塵の怒りも感じられません。
この男の無礼を、まるっきり気にしていないように見えました。
男自身も意外そうな面持ちでしたが、気を取り直してしゃべり始めます。
「自己紹介がまだだったな! 俺はトール、じゃじゃ馬ディオネの冒険者仲間だよ、別嬪さん!」
「おいこら、誰がじゃじゃ馬だ」
「そう、良いお名前ね。わたしはローズよ、よろしくね」
屈託のない笑顔の奥様を前にして、冒険者二人は顔を見合わせました。わたしも、同じ気分です。
奥様は以前、下劣な態度で言い寄ってきた男どもを、さんざん叩きのめしたこともあるのです。
それを思い起こせば、奥様の態度はどうにも腑に落ちませんでした。
【次回のよこく】
『13_お邪魔虫が増えた!』
奥様の態度が怪しいです。
いったい何をお考えなのでしょうか?
それでは明日、またお会いしましょう。




