11_しょぼい依頼の裏事情
【前回までのあらすじ】
女冒険者ディオネは、まあまあの手練れでした。
魔王領の連中よりは、礼儀も心得ているようです。
採取依頼を終えた奥様が帰還すると、町全体がざわついていました。
(どうしたのでしょうか、いったい?)
(さあな?)
心配そうな表情で会話する人々を横目に、冒険者ギルドへと戻る奥様。
「ローズさん! お帰りなさい!」
ミルチルが、大声で迎えました。ですが、その声には不安が滲んでいます。
「ただいま、どうかしたの?」
奥様がカウンターの前に立つと、ミルチルは身を乗り出しました。
「大丈夫でしたか! 怪我とかしませんでしたか!」
「え、なんのこと?」
「さっきのアレですよ! 地面が揺れたじゃないですか!」
「地面が揺れた? 地震のこと?」
(地震なんてあったか?)
(はて、気付きませんでしたが)
「でも、地震なんて、珍しくないでしょう?」
「地震っていうんですか、あれ! もうびっくりしました! こう、ぐらっぐらっとして、身体がふらふらして、カップの水が揺れて!」
あわわと怯えるミルチルに奥様が困惑していると、ディオネが説明します。
「北方の地では、地震は滅多に起きません。二〇〇年に一度ぐらいだそうです」
奥様とわたしは驚きました。魔王領では、地震なんてしょっちゅうでしたから。
しかし、そんなに珍しい現象なら、ミルチルが怯えるのも無理はありません。
それにしても、奥様がこの地を訪れて間もなく、そんなことが起きるなんて。
これは何か、不吉な前兆の――――
(――――奥様?)
(なんだ?)
(先刻、奥様が地面に放出した魔力が原因じゃないでしょうか?)
(えっ?)
学者ではないので、あくまで憶測なのですが。
地中深くにある地殻が、奥様の魔力で歪んだりたわんだりとか?
南方での地震の原因は、地下に蓄積した魔力だとする説もありますし。
(それが、町の直下に影響が及んだとか、ありえますかね?)
「…………ミルチルちゃん、何も心配はいらないわ!」
(奥様?)
「たまたま! そう、ぐうぜん今日がその二〇〇年目だったのよ!」
(奥様? ねえ奥様?)
「そうでしょうか? わたし、すごく恐かったんです。泣いちゃいそうになりました」
「大丈夫! 何があっても、わたしが守ってあげるから!」
正面から見た奥様の表情は、自信に満ち溢れたものでした。
しかし、そっと背後にまわって観察すると、首筋にびっしょりと汗を掻いています。
「おねーちゃん!」
感極まったミルチルが、カウンター越しに抱き着くのを、奥様は優しく受け止めました。
(奥様、いまどんなお気持ちですか?)
(言うなっ!)
ミルチルの頭を撫でる奥様の顔は、実に気まずそうでした。
◆
(奥様? これはいったい、どういうことですか?)
奥様は依頼品であったヒレルリ草を提出し、わずかな報酬を受け取りました。
そのまま帰宅するのかと思いきや、ギルドの裏手に回って身を隠したのです。
なぜかディオネまで一緒です。二人は並んでしゃがみながら、ギルドの裏口を見張りました。
どれほど、そうしていたでしょうか。辺りが少し薄暗くなってきた頃、三人の子供が路地から現れました。
子供達の衣服はくたびれ、つぎ当てだらけです。
子供達がギルドの裏口の戸を叩くと、すぐさま開きました。
中から出てきたのは、ミルチルです。彼女は、子供達に何かを差し出しました。
(ヒレルリ草?)
あれは、奥様が採取した薬草ではないでしょうか。
ヒレルリ草の束を受け取ると、何度も頭を下げる子供達。
立ち去る子供達に手を振って見送るミルチルを尻目に、奥様達もその場を離れました。
「ローズ嬢は、ご存じだったのですか?」
それまで沈黙していたディオネが尋ねると、奥様は首を振りました。
「いいえ。ですが、ヒレルリ草は滋養強壮などに効能のある薬草。きっとあの依頼票の主は病人を抱えながらも、薬を買うお金に困っているのだろうと推測しただけです」
「ご賢察です」
ディオネが、重苦しいため息を吐きました。
「あの子達の母親が病に伏せがちで、父親の稼ぎだけでは薬代もままならないようです。年端のいかぬ子供が働いても小遣い稼ぎ程度、藁にもすがる思いでミルチルに相談したようなのですが…………」
「さすがに銅貨数枚では、ギルドも依頼として斡旋できないでしょうね」
「仰る通りです。どうにもならなくて、ミルチルは不正な依頼票を」
なるほどと、奥様は頷きます。
「あなたは、それを気に病んでいたのですね?」
奥様の指摘に、ディオネは目を瞠りました。
「子供達の苦境を知りながら、手助けできないことを悩んでいたのでしょう?」
「わ、わたしは、そんな立派な人間ではありません!」
ディオネが、苦い物でも吐き捨てるように顔を歪めます。
「本当は、わたしがミルチルに薬草採取を頼まれたのです。子供達を助けてほしいと。ですが断りました、金にならない仕事は請け負えないと」
ディオネが、挑むように奥様を睨みます。文句があるのなら受けて立つ、そんな表情です。
「わたしは、あの子達を見捨てたのです」
ディオネの告白を、奥様は穏やかな眼差しで受け止めました。
「危険に見合う報酬でなければ、仕事を請け負うことをしない。冒険者として、それも一つの見識だと思います。冒険者が賭けるのは、自分の命なのです。たった一つしかない命を安売りするのは、偽善です」
奥様の言葉が意外だったのか、ディオネは目を瞬きます。
「――――ローズ嬢、明日はどうするつもりですか?」
「わたしですか? そうですね、また同じ依頼を受けようと思います」
「あなたはっ!」
ディオネの目に、怒りの炎が宿りました。
「わたしに説教をしておきながら、その偽善をなさるおつもりか!」
奥様は沈黙したまま会釈すると、その場を立ち去りました。
道端に佇むディオネが、いつまでもこちらを睨んでしました。
【次回のよこく】
『12_無礼者、そこになおれ!』
奥様に対し、なんという無礼を!
あれ、奥様? なぜ怒らないのですか?
それでは明日、またお会いしましょう。




