10_女冒険者の実力
【前回までのあらすじ】
奥様は、もはや涙目です!
あとちょっとで、泣いちゃいそうです!
「あの、ローズ嬢? どうかされたのですか?」
あと一息というところで、邪魔が入りました。
女冒険者のディオネが、背後から奥様に声を掛けてしまったのです。
余計な真似をしてくれます。
(久方ぶりに、奥様の愛らしい泣き顔を拝見できそうでしたのに…………)
(この戯けが! 心がへし折れるかと思ったぞ!)
(大げさな。ちょっとした悪意のない冗談じゃないですか)
(そうだったな! 悪意のこもったそなたの仕打ちは、こんなものではなかったな!)
ひどい言われようです。そもそも素直にならない奥様が悪いんじゃないですか。
「大丈夫ですか? 何かありましたか?」
ディオネの声音には、心配そうな響きがありました。
「いえ、ちょっと思い出したことがありまして」
誤魔化しながら立ち上がり、奥様は指先で目尻を拭います。
ディオネが、気まずそうに目を逸らしました。
「申し訳ない。その、声を掛けずにいられなくて、つい」
傍から見れば、奥様がいきなりしゃがみ込んで地面を殴りつけ、泣きそうな顔になったのです。
それは心配して当然でしょう。
奥様に対する気遣いに免じ、先ほど邪魔されたことは水に流してやりましょう。
「ところで、今日はどうされたのですか?」
「…………何がですか?」
奥様が尋ねると、すっとぼけるディオネ。
「いえ、ずっと後ろをついていらしたので」
奥様もわたしも無視していましたが、この女冒険者はギルドからずっと尾行していたのです。
丘陵地帯の起伏を利用して隠れていたつもりでしょうが、最初からバレバレでした。
「そ、そんなことはありません! たまたま! そう、ぐうぜん行き先が一緒なだけです!」
「そうですか?」
奥様は首を傾げましたが、足元に薬草を発見したので採取を始めました。
紫色の小さな花をつけた草を、手にしたヘラで根っこごと抜きます。
おそらくそれが、依頼にあったヒレルリ草なのでしょう。
今日の奥様は他の薬草には目もくれず、ヒレルリ草だけを探し回っています。
「…………ローズ嬢は、どうしてこの依頼を請けたのですか?」
思わせぶりな口調で、ディオネが尋ねます。
「んー特に深い意味はないのですが」
薬草を探すのに夢中な奥様は、うわの空で答えます。
「報酬もごくわずかです。それ以前に、怪しい依頼だとは思わないのですか?」
「いいえ?」
また一株、ヒレルリ草を抜いた奥様は、立ち上がって腰を伸ばしました。
「まあ、事情があるとは思いますが」
そう言って笑う奥様を見て、ディオネは難しい顔をします。
口を開いて何かを言いかけた彼女が、さっと首を巡らせました。
この女冒険者、やはり勘が鋭いようです。
「ローズ嬢、ここにいて下さいっ! 決してこの場から離れないように!」
そう言い残すと、彼女は走り出しました。
(後詰めを。危うくなったら、悟られぬように助太刀しろ)
(御意)
奥様の命を受け、ディオネのあとを追いました。
前方では彼女が剣を抜き払い、なだらかな斜面を駆け下りるところでした。
その進路にいるのは、鋭角的なフォルムで四脚移動する疑似生物。
幻獣です、その数三体。
接近するディオネを察知した幻獣は、背中から伸びる二本の肢を、威嚇するように振り上げます。
駆け抜けざま、ディオネは先頭の幻獣の前脚を斬り落としました。
バランスを崩した幻獣を避け、地を蹴って後方の二体に斬り掛かります。
彼女の特徴は、その素早さにあるようです。一撃離脱を繰り返し、危なげなく戦います。
やがてダメージが蓄積して臨界を越えたのか、幻獣達は輝く粒子となって空中に溶けました。
(人族にしては中々の手練れのようです)
(やはりそうか)
先に戻って報告すると、奥様が訳知り顔で頷いたのに驚きます。
実は奥様、武術の類には疎いのです。身のこなしで相手の技量を見抜く眼力などありません。
(ギルドマスターが試験官を任せるぐらいだから、それなりの腕前だと推測しただけだ)
なるほど、納得です。やがてディオネも、何食わぬ顔で戻ってきました。
「お待たせしました。先に進みましょうか」
彼女は三体の幻獣を倒したなどと、おくびにも出しません。
「ディオネさん?」
「はい、何でしょうか?」
奥様は威儀を正し、微笑みか掛けます。
「お疲れ様でした」
たった一言の、奥様の労いの言葉。
それを耳にした瞬間、ディオネが即座に頭を下げました。
おそらく反射的な行為だったのでしょう。面をあげた彼女は、かなり戸惑っていました。
なぜ頭を下げたのか、自分でも不思議そうな面持ちです。
ですが、ふむ。なかなか殊勝な態度ではありませんか。魔王領の脳筋どもよりマシです。
この町にいる間は、奥様の付き人に抜擢してもいいかもしれませんね。
首を傾げながら奥様のあとに付き従うディオネを見て、そんな風に思いました。
【次回のよこく】
『11_しょぼい依頼の裏事情』
奥様が戻ってみると、町が騒がしくなっています。
いったい何が起きたのでしょうか?
それでは明日、またお会いしましょう。




