小さな嘘を一つ
「うわっ。ひどい雨……」
校舎の中が薄暗く、テレビのノイズのような音が聞こえていたため、薄々予感はしていた。だが、学校の玄関を出て、どしゃ降りの外を見た俺は、思わず呟いてしまった。
「あちゃー。本当、これはひどいね」
靴を履き終え、俺の隣に来た彼女が、笑いを混じらせてそう言った。
彼女の右手には、かわいらしい水玉模様の傘。きっと、朝の天気予報をちゃんと見てきたのだろう。
「傘、忘れてきたの?」
「今日は慌ててたから、天気予報なんて見る時間無かったんだよ……」
首を傾げて尋ねた彼女の問いに、そう答える。
不幸にも今朝寝坊してしまった俺は、急いで支度をし、食パンをくわえて家を飛び出した。その時には雨の気配などまるで無いほどに晴れていたので、俺は傘を持ってこなかったのだ。
だが……。
外の雨を眺める彼女の方をちらりと見て、思う。
だが、今の俺の答えには、少し嘘が混じっている。
確かに僕は今日、普通の傘を持ってきていない。でも折り畳み傘ならば、通学用のかばんの中に常備しているのだ。
どしゃ降りの雨とは言え、傘でしのげない程の豪雨ではない。僕の傘に穴があいている訳でもないので、その折り畳み傘を使えば良いだけだ。
それでもなお、嘘をついてしまうのは……。
「もう、しょうがないな。私の傘、いっしょに入る?」
この言葉を、期待してしまうからだ。
「え? 良いのか?」
白々しく聞く俺に対して、彼女はうっすらと頬を染め、こくりと頷いた。
「濡れて帰るのもかわいそうだから、入れてあげる。そのかわり、傘持ってね」
仕方無さそうに眉を曲げ、傘を差し出す彼女。照れからか、少し早口になっていた。
こんな彼女を可愛いと思ってしまうのも、仕方ないことだろう。
緩みそうになる頬を必死に堪えて、その傘を受け取った。
「ありがとう……」
「いいよ。けど、あとでお菓子でも奢ってね」
「マジかよ……。お高いケーキとかは勘弁してくれよ?」
「さあ、どうだかね?」
悪戯っぽく笑う彼女。その心の内で何を考えているのかは、よくわからない。
ただ、少なくとも嫌われてはいないことに安心を覚えるだけだ。
「さて、そろそろ行こう?」
「そうだな」
ばっと傘を広げ、二人でその中に入る。
そしてそのまま、彼女の歩調に合わせて足を進めていった。
こんな嘘も、悪くないと思いながら。
ザーザー、雨が地面に落ちる音。
パラパラ、雨粒が傘に当たる音。
いつもはただうるさいとしか感じない音が、何故だか今日は、心地よく思えた。
書いてから思った。
「あれ?この二人、付き合ってるの?まだ付き合ってないの?」
たぶんまだ付き合っていないのでしょう。この先の二人のことも書けたら良いですね(書くとは言っていない)