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1章 3-1  『怒られない世界』


 ――その日、僕たちは手を繋いでいた。


 暗い空間にたくさんの電灯が灯る中、そうしていないとじっとなどできなかった。

 顔を上げると電灯が設置されている壁や岩ばかり……それどころか床以外は全部そうだった。陽の光などここには無い。


 つまりここは洞窟の中なのだ。だからなのか僕は堪えきれなくなって靴音を不規則に鳴らしていた。


 とんとん、とんとん。


 そして僕は耐えられなくなり、その手を離して歩き出した。木片でできた長方形の床が響く。


 そこはただ木片の床と柵があるだけだった。だけど洞窟を仕切るようにあったその施設には改札口とレールが敷かれている。プラットフォームと呼ばれる関所だった。

 そして、反対側……一面の壁にはところどころ穴が開いている。地上に繋がる唯一の出入り口。それをみつめ、僕は待ちわびている。


「まだー、まだですかー」

 床の上に積まれた空の木箱を開け、閉める。

 柵を上っては降りる。

 世話しない事この上ない。だけどそうしないと落ちつかない。


 そうして僕はプラットフォームを見渡し、歩き回り、そして、先程僕の手を握ってくれた少女に視線を向けた。


 その少女は僕と同じく何かを待ちわびている。でも、僕と違ってじっとしていた。

 十歳ぐらいの背丈で、ポンチョを羽織り、髪はポニーテール。どこか勝気そうなイメージを与えるその子の肩を僕はポンポンとはたいた。

「まだですかー、まだかなー」

 小声で呟きながら屈んで、少女の柔らかい頬をひっぱった。

「落ちついてティミッドお兄ちゃん」

 そして、怒られてしまった。


 だけど別に激怒したわけではなく、どこかそわそわしている僕に代わって優しくエールを送るほど、少女は非常に落ちついていた。

「大丈夫、支援物資はきちんと来るよ。それよりも私たちはここの代表――シェルターの凄い人なんだから、びしっと決めよう」

「お、おう。そうだな。サージュ」

 少し気圧されながらも、僕は少女の名を口にしつつ再び隣で姿勢をよくする。


 そう、僕の名はティミッド。隣にいる少女は妹のサージュ。

 僕たち兄妹はここ――旧フランス領の西にあるシェルターで代表を務める者だった。


 しかし、正確に言えば、ティミッドが代表、サージュが助手である。

 さすがに十歳の少女に街の全部を任せるわけにはいかなかった。それは十七歳の兄であるプライドが許さないし、十歳の肩にはとても重すぎる仕事である。だからサージュはあくまでも不甲斐ないティミッドのお手伝いだった。


「……」

 だからと言ってティミッドは自分がサージュの言うように凄い存在だとは思っていない。ティミッドは姿勢をよくしたまま、自分の姿を見る。

 サージュと同じポンチョを羽織ったティミッドは妹と違ってどこか頼りない。おそらく背筋が若干丸くなっているのが原因だろう。

 でも、背を伸ばした所で良くなるわけではないのもわかっていた。


 ティミッドは気が小さいのである。誰かれ構わず……例え自分が悪くなくてもとりあえず頭を下げるのだ。人見知りだってする。


 ――うん、不甲斐ない、という言葉がぴったりだ。

 こんな自分が代表者でいいのだろうか……だけどその時、そっと小さな手が重なった。サージュがぎゅっとティミッドの指を掴む。


 そうだ、例え不甲斐ないとしても自分には妹がいる。だからティミッドはこの手を放すわけにはいかないんだ。


 そうして何も考えず、ティミッドはまっすぐ出入り口を見続けた。

 もうすぐここには支援組織による支援物資の配給のために蒸気機関車が来る。

 ティミッドは静かにその来訪を待った。


     ◇


 しかし、だからと言ってタイミングよく蒸気機関車が来るわけではない……彼らにも彼らの都合というものがある。


 そんな彼らを待つティミッドは、しばらくして視界に柱を捉えた。それはこの洞窟を支える支柱だった。

「……」

 それを見た瞬間、ティミッドはまた塞ぎこむ……整備されていない状況に少し嘆かわしくなったのだ。


 洞窟を支える支柱は一番大事なところ。一応、応急処置はしているが、柱は湿気で腐りかけている。

 さらさらと擦れ落ちる木屑。周りの岩も苔ですすけて崩れかけそうだった。

 ――僕がもう少しできる男だったらよかったのに。


「ティミッドお兄ちゃんのせいじゃないよ……」

 すると、さすがというべきか……兄であるティミッドの落ち込みを察知してサージュが言葉を添えてきた。

「……だって流れ星が落ちなければこうはならなかった。古代にあった『電気』を取られなければこんな世界にはならなかった」

「……」

 その言葉にティミッドは黙した。


 そう、僕たちがこんな穴倉で生活しているのは流れ星のせい……流れ星が古代の時代に落ちたせいだ。

 それというのも古代の世界に落ちた流れ星は、まず最初にエネルギー……古代の人々が使っていた『電気』と呼ばれるものを吸収し始めたらしい。それにより世界にあったありとあらゆるものが停止した。

 もちろん古代の人々は奮起して流れ星を壊しに行ったそうだけど、渡り鳥の一族が生まれて返り討ちにあった。

 一般に言われている、世界に古代の遺産が転がるようになったきっかけや、世界が滅びかけている原因の一つだと教えられている話だ。


 でもティミッドは思う……結局は関係ない、と。

 なぜならティミッドは――。


「きたぁ!!」

 その時、サージュの歓声が耳を打った。その思想を吹き飛ばすように汽笛が出入り口の方から反響した。


 途端にサージュは手を離し、瞳を輝かせ、はしゃいで、白線ぎりぎりまで近寄った。

「見て! 入り口が明るい! もうすぐ……あ」

 そして、サージュは先程『びしっとしよう』と言った言葉を思い出し、はしゃいでいる自分を恥じた。身体をくねらせるようにもじもじする。

 その姿を眺めたティミッドは嘆かわしい気持ちを一転させて微笑ましく笑顔をほころばせた。


「いいよ、気を張るのはなしにしよう。なんたって俺たちは唯一の家族なんだからな」

 そう、今は考えても仕方がない……ティミッドは白線に近づき、プラットフォームから落ちないようにサージュの肩を抱いてシェルターの入口である洞窟を眺めた。


「これでまたお仕事ができるね」

「ああ、これで良くなるはずだ」

 ティミッドとサージュは安心した表情で蒸気機関車を迎えることにした。

 視線の先で黒光りする乗り物が姿を現れる。


 だけど、いざシェルターのプラットフォームに蒸気機関車が停止すると、ティミッドは蒸気機関車を見上げて立ち竦んだ。


「支援物資がない……?」


 視界には黒光りする先頭車両が、その後ろには炭水車と一般車両が映る。だけど、それで終わり……蒸気機関車の貨物車両がまるごとなかった。

 あまりの唐突さにティミッドは口を開けたまま放心した。サージュに至ってははしゃいでいた事もあって目を魚のように泳がせている。傷は深いようだった。


「積み荷を無事に持ってこられず、申し訳ありません」

 すると、先頭車両から一人の少年が降りてきた。テーラードの制服を着た少年だった。

 彼はそのままティミッドの傍まで行き、これまでに起きた事――渡り鳥の一族にみつかって命からがら逃げてきた経緯を説明しました。そして、ソルと言う名である事を明かし、ソルはティミッドに頭を下げた。


「え、そ、そんな渡り鳥の一族に襲われたのなら仕方ない」

 ティミッドは身振り手振りで……ついでに何故か自分も頭を下げ、ソルの顔を上げさせる。


 そう、仕方ない事。支援要請を出した際も支援組織ロールアウトから『万が一の事を考えてください』と言われていたのだ。

 まれに旅の途中で、一族に呪いをかけられてシェルターに災いをもたらした、もしくは呪い死んだ者をずっと待ちわびてシェルターが廃れる、といった事案があるらしい。

 それを垣間見ると積み荷を失ったとしても生きて逃れてくれた方がありがたかった。


 だけど困ったな……眉をひそめるティミッドとサージュ。

 当然だ。もうままならないから支援物資を要求したのだ。

「こんにちは」

 そんな時、ティミッドとソルの横から唐突にオーバーオールを着た少女が会釈した。ティミッドは驚いて軽く尻もちをつく。サージュは逆に固まった。


「びっ、びっくりした……えっと君は?」

「僕はアルバ。この蒸気機関車の整備士です。よろしければ何か手伝いましょうか」

 そう言うとアルバは肩まで覆われたぶかぶかの手袋をつけたまま、ティミッドに手を貸して、起き上がらせた。


「あ、ありがとう……でも、なぜそんな事を」

「いえ、少し困っている顔をしていましたので」

「はぁ……」

 ――整備士なのに村の手伝いをするのか、とんだ物好きもいるもんだな。

 ティミッドは訝しげにアルバを見る。


「大丈夫ですよ。アルバはこれが趣味みたいなものですから」

 そんなティミッドにソルは助言した。すると、アルバという少女は『そんな趣味持った覚えはないけど』と目を細めてソルを睨む。

 よく見るとアルバは瞳の色が紅かった。でも渡り鳥の一族ではなさそうだ。帽子の隙間から見える髪は黒い。


 珍しい特徴だった……同時に面倒ないざこざに巻き込まれそうな特徴だな、とティミッドは思う。

 紅い目はそれこそ渡り鳥の一族と同じだった。きっとこの人は今までたくさんの苦労をしてきたのではないか?


「いや、そこは怒るなよ……。これは、ほら古代でいう『言葉のあや』というやつで……」

「今更だけど、ソルは古代の言葉で言うの好きなの?」

 だけど、アルバは笑っていた。いや、ソルがいるから笑っている、と言った方が正確かもしれない。彼らの会話はどちらかと言えば談話に近く信頼がある事が窺い知れた。

 まるでティミッドがサージュと話している時のように。


 まるで家族のようだ……ティミッドは垢が抜けた表情でほくそ笑みます。サージュはその笑い声を聞いて少し意外そうな表情を見せた。

「お兄ちゃんが他人に笑顔を見せるなんて珍しい」

 ティミッドは頷き返します。


 確かに心の底から笑ったのは久しぶりだった。

 アルバとソルもその笑い声を聞いて談話を止める。そして、ちょっと心外だ、と言いたげに目を細めた。

「ご、ごめんなさい」

 ティミッドは何とか笑いをこらえる。ついでに頭も下げる。


 そうして落ちついたティミッドは切り出した。

「それではお願いしていいですか」

 そう、いつまでも笑う事は出来ない。支援物資がないなら、すぐ別の物で代用するしかない。人手もいる。アルバの申し出はありがたいことだった。


     ◇


 シェルターは基本、円形状の胴体に傘状の屋根を乗せた簡易な木製の家が主流だ。それが連なり、避難してきた人間が住みつく。

 住みついた人間は家畜や野菜を育て始め、食糧をうるおし、余裕が出れば大量生産できる特産品を作るために人が働きだす。そうして初めてシェルターだと言えた。


 だから、ティミッドは知っている。自分のいるシェルターはまだ家畜を飼い始めたばかりの烏合の衆でしかない。住みついた人は五、六人ほど。余裕などない。まだ皆今を生きぬくことで精一杯だった。

 だからこそ、ティミッドはその一軒の屋根の上でトンカチを片手に釘を打ちつけている。


「大丈夫? 修理が無理なら降りてきていいんだよ」

 心配そうに窓から顔を出すのは中太りの女性。威風堂々として自慢の笑顔で場を中和してくれるおばさんだ。

 時々、食べ物を恵んでくれたりして優しい。

「平気です。今日は助っ人もいますし」

 ティミッドは振り向き作り笑顔で頷く。そして、横に視線を動かすと傍には修理用の木材を抱えるアルバの姿があった。

 そう、今現在、ティミッドとアルバは皆と別れて行動していた。


 おばさんは少し申し訳ない表情で説明する。

「すまないね。湿気でちょっと歪んで、穴が空いちまったらしい」

「仕方ありません。こちらの事はまかせてください」

「うふふ、頑張るわね。そちらの見かけないお嬢ちゃんもありがとう……えっと」

「アルバです。僕も手伝えてよかったです」

 アルバは被っていたキャップの鍔に手を添え感謝の意を込めた。すると、おばさんは何も疑わずにっこり頬笑みかける。


「ありがとうね、アルバさん。代表の代わりに支援物資を運んでくれて」

「え?」

「うわぁぁぁあーあー!!」

 ティミッドは慌てて大声を上げる。トンカチを落としそうになって精一杯受け止めたのだ。

「あらあら、邪魔しちゃったかしら。それじゃ、おばさんは家畜の世話に戻るわ」

 そうして、おばさんが見えなくなった事を確認すると、ティミッドはほっと胸を擦り作業に戻る。


 トンカントン、トントンカン。


 釘を打つ音がしばらく鳴り続ける。だけどよく見ると打ちつけた釘が斜めに刺されていた。ティミッドはため息を吐く。それは小刻みに手足が震えていた証拠だった。

 本当に気が小さいにもほどがある……ティミッドは釘を一度抜いてまた打ちつけた。今度はまっすぐ入る。

 そして、次の修理用の木材を手に取ろうとしたその時だった。


「嘘ついたね」

 アルバは呟く。

 瞬間、ティミッドは胸が張り裂けそうになった。手が、足が一気に震えあがる。下手をすれば落ちてしまいそうだった。

「もしかしてシェルターの住民には何も話していないのかい?」

 世界が停まったかのように全ての音が遮断され、心臓の鼓動だけが早送りのように胸の内でどくん、どくんと響く。

 

「どこかおかしかった?」

 ティミッドは静かに尋ねた。

「ううん、どこも。だから嘘だと思った」

「そう……」

 ティミッドは額に冷や汗を流し、口を閉ざした。

 何を言われるのだろう……釘を真っ直ぐ持てない。背がいつも以上に丸くなる。


 まるで石のように固まった青年。アルバはそんな自分を怒るだろうか……。

「仕事しないの?」

「え?」

 とっさにティミッドが振り向くと、アルバは抱えていた木材を一つ差し出した。どうぞ、と言わんばかりに木材をくいくいと押し出す。

 その表情に陰りなんてものは存在しない。ただ手伝おうとして、仕事の手を止めているティミッドに首を傾げていた。


 それを眺めたティミッドは心臓の音さえも聞き流して口を零した。

「君って変わってるね」

 それを聞いたアルバはにこりと微笑み言い返す。


「今度は本音だね」


     ◇


 夕刻、一日の仕事を終えたティミッドはアルバを家に誘った。

 アルバも首を縦に振り、ティミッドの後へついて行く。


「どこに行くんだい?」

 ですが、それでも不安だったのだろう。アルバは問いかけた。

 それというのもティミッドがプラットフォームへ向かっていたからだ。そして、さらにそのまま線路をたどり、洞窟を抜けてシェルターの外に出る。


「ティミッドお兄ちゃん。こっちこっち!」

 それから、五分ほど木々を縫い進むとその先で声がかけられる。声をたどるとそこには勝気な妹、サージュが準備を整えてくれていた。

「あ、整備士のお姉ちゃんも来たんだ! ようこそ我が家へ」

 サージュは腕いっぱいに手を広げ歓迎する。でもそこは小さな円卓と小さなかまどがあるだけのひらけた場所だった。

 外壁はなく木々が屋根代わり。とても家とは言えない場所。


「こんな場所に住んでいるのかい?」

 アルバはティミッドに問う。ティミッドは頷いた。


「雨風が強い時はどうするんだい?」

「洞窟で一夜を過ごすかな」

「寝床は?」

「枝にもたれながら転寝。ちょうど太い幹が別れた木があって自然のハンモックみたいになるんだ」

 するとアルバは『へぇ』と屋根のように覆いかぶさる木々を見上げた。


「こんな生活変かな」

「変だね」

「……でも今ちょっとだけ乗ってみたいと思ったよね」

「……」

 アルバは言い当てられて悔しそうに目を細める。ティミッドはくすくすと腹を抱えて笑った。


「ほら、立ったままじゃなくて座って。すぐご飯にするから! 整備士のお姉ちゃんも食べていくでしょう?」

 席を引いて勧めたサージュにアルバは席に座って応えた。サージュはほっこりした顔ですぐさまかまどに立ちます。

 ティミッドは逆にアルバの対面に座った。


「で、君たちは本当にどうしてここに住んでいるんだい? 確か代表者でも家は配給されるはずだよ。それらはどこへ行ったんだい?」

 そんなティミッドに、アルバは紅い瞳でまじまじと質問する。その眼差しは真剣だった。

 だからこそティミッドはあっけなく答えた。

「修理用具へと変わっていったよ」

 アルバは肩を落としながらも『やっぱりか』と口走る。


 おそらく予想はしていたのだろう。まるでティミッドの行為を否定するようにアルバは何度も首を横に振る。

 だけど、それ以上その事には触れなかった。問い正したところで他に手だてなどない。その事を理解してくれたのだろう。


 そして、

「それで僕に何の用だい? ただ食事に誘ったわけではないのだろう」

 先に言われてしまった……ティミッドはやはりアルバには嘘が通じない事を悟り、ゆっくりと口を開く。


「単調直入に言います。また支援物資をここまで運んできてもらえないでしょうか?」

 ティミッドはアルバの目を見て告げた。するとアルバはじっとこちらを睨んだ。

 紅い瞳はどこかこの世のものではない浮き世感が漂っており、後退りしたくなる。

 だが、ここで引くわけにはいかなかった。肩を震えさせながらも必死に頭を下げた。


 これはなんとなくではない。

 ティミッドは確固たる願いのもとで頭を下げ、それが通じたのか、アルバはその姿を見てため息を吐きます。

「運ぶのはかまわないよ。実は僕たちもそうするつもりで君に話をつけにきたんだ。本部にも補給の要請をしている。君たちが望むならすぐに補給車と合流して持ってくるつもりだ」

「本当かい!」

 ティミッドは目をきらめかせた。


 でもアルバはその紅い瞳でにらみつける。

「しかし、それまで君たちはどうするんだい? まさかこのまま野宿する気かい?」

 ティミッドは何も言わない。ただゆっくり頷いた。

「駄目か?」

「駄目ではないけど、心配ではあるよ。せめて誰かの家に居候させてもらうことはできないのかい?」

「できない」

「なぜ?」

「怒られるから」

 ティミッドははっきりと公言した。その言葉にアルバは目を丸くする。


 だけど、ティミッドは説明する。

 家を解体して何とか繋いできた資源ももうすぐ底をつく。資源がなくなれば野菜も家畜も育てられない。

 そして、その事を知られればシェルターの住民は怒るだろう、とアルバに懇願した。シェルターから出ていく者もいるはずだ。それは代表者を務める者にとって最大級の失態である、と。


「だからお願いします!」

 そうして少しの沈黙ののち、そこに木々から漏れる小鳥のさえずりと、ぐつぐつと鍋が煮える音がバックミュージックのように奏でる。

 そんな息が切れそうな空気の中、ティミッドは息をのんだ。静かに頭を下げ、アルバの返答を待った。

 そして、ついにアルバの口から言葉を紡ぐ。けれど、その言葉にティミッドは息をのむことになる。


「つまり、僕に頼むのもそういうことかい?」


 その瞬間、周りの木々が緊迫感をはらんだその言葉に耐えきれず、ざわざわ、と木の葉を揺らした。

 ティミッドはただ黙った。いや、正確には言葉になどできなかった。ただ嘘を見破られたことに焦りを覚えた。


 間違いない。アルバはわかっている……もしアルバが誰かれかまわず怒る人間だったら頼まれていなかった、と。


 そう、その通りだ。

 本当はティミッドにとって代表者の責務などどうでもよかった。

 ただティミッドは純粋に怒られるのが恐いのである。


 だってそうじゃないか……人は怒ると豹変したように凶暴化する。穏やかだった人も虎のようになってしまうのだ。まるで人間の形をした別物……渡り鳥の一族のように。

 そんな物に会うぐらいならティミッドは野宿なんて平気だった。家だって平然と解体して分け与えられる。それがなくなれば、ちょっと危険かもしれないが昼夜問わず木々を切り倒すだろう。

 ティミッドはそういう子だった。


 額から冷や汗が流れる。そんな中、アルバが何度目かのため息を吐いた。しばらくして立ち上がる。

 呆れられたか……ティミッドは顔を俯かせてへこんだ。

 ――アルバなら理解してくれると思ったんだけど。


 だけど、アルバが妥協したように口を開く。

「わかった。それが君の選んだ道なら仕方ない。できるだけ早く合流できるよう努力するよ。君たちが一日でも野宿せずに済むようにね」


 ティミッドは一瞬だけ呆気を取られた。

 願いを叶えてくれる確信はあった。でも、それが実現できるかはまた別問題だった。


「アルバ!」

 だけどその感触を感じた次の瞬間、まるで爆発したかのようにティミッドは目を輝かせた。一気に緊張がほどけ、アルバの手袋に覆われた両手を握る。

 瞬間、アルバは一瞬驚いて振り返った……しかし、すぐさま表情を柔らかくして握手に応じた。


「ありがとう、ありがとう! 本当にありがとう!!」

「あわわわ」

 実際には、握手に応じる、と言うよりティミッドが一方的に振りまわしていただけなのだが、それでも何故か友達ができたかのようでティミッドは嬉しかった。



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