1章 2-2
その夜、アルバが一般車両の長椅子に横たわっている事を確認してからソルは車両のドアをスライドした。
カチャという閉まった音を確認してから急いで先頭車両へ。
先頭車両ではライオがスコップで炉に炭を入れ温めていた。
「寝たよ。父さん」
「そうか、では行こう」
ライオは立ち上がった。運転席まで移動する。
そして、できるだけ静かに流動型の流れる胴体から飛び出した二つの煙突……蒸気を逃がすための気筒を確かめた。
その後、各種動作点検をこなしたライオは、なるだけ静かに汽笛を鳴らす。すると、少しずつだが、確かに蒸気機関車は進む……できるだけ遠くへ離れるために。
先頭車両の車窓が森から雪原へと変わった。ソルはそこから外を眺めた。
密かに進む蒸気機関車はまるで忍び足のようにレールを踏みしめる。スピードはあまり出ず、地面が雪原だったせいか、自分でも飛んで着地できるのではないかと錯覚しそうだ。
だが、たとえスピードが遅くても蒸気機関車から飛び下りればただでは済まない。ソルはそれぐらいの知識はあった……ただし、人間ならば、だが。
きっとアルバなら降りられるだろうな、とソルは思う。
あいつの半分は人外だ……男よりも頑丈にできている。だからこそ普通に家から連れ出すことなど誰にもできなかった。
ソルはアルバの事を考える。あいつは自分が渡り鳥のハーフであることを自覚していた。それがソルの胸にチクチクと刺さる。
やはり嫌な予感がする。言うなら今しかない。
「父さん、やっぱりやめることはできないの?」
ライオは振り返る。
「まだ渡り鳥の一族のハーフである事を気にしているのかい?」
ソルはその問いに対しては首を横に振った。それもあるが、ソルにはもっと根本的な理由があるような気がしたのだ。だが、それをうまく言葉にできない。
ライオは塞ぎこんでいたソルの肩に手を置いた。
「大丈夫だ。心配するような事はない。生活だってすぐに慣れる」
それでもソルは背筋に這い寄る危機感を拭えなかった。
「俺、もう一回あいつと話してくる。そしたらなぜ不安なのかわかる気がする」
「ソル……!」
父が小声で呼びとめたが、ソルはすぐさま踵を返して一般車両へ足を向ける。炭水車を渡り、カチャという音と共にドアを開いた。
そして、気づく。
「いない」
一般車両の長椅子に少女がいない……様子を見に行くとアルバはいなくなっていた。
「あぁぁ……」
ソルは気づく。そうか、そうだった、忘れていた。確かにアルバは渡り鳥の一族のハーフだ。だけど同時にオーバーオールを着た、ただの少女、でもあったのだ。
ソルは自分の胸にチクチク刺さる感情が何かわかった。
寂しさだ。
アルバは自覚していたのだろう……他の人たちが来る時はきっと自分を家から連れだすのだろう、と。そして、離れたくないアルバは逃げ出したのだ。
考えてみればわかることではないか。まだ幼い子供で両親が恋しいはずなのに、アルバにはそれがいない。
唯一アルバにあったのは、調査員として派遣されてきたあのオーバーオールを着た男だけだったのだ。アルバにとっては父と同然。愛を知る唯一の家族だ。
親しいようだし離れたくはないと思うのは当たり前で、ソルは、渡り鳥の一族とのハーフ、という点に執着して見過ごしていた。
ソルだって尊敬できる父と離れるのは嫌だ……だからわかるのに、わかっていたはずなのに。
どうしたらいいんだろう……ソルは一生懸命考え、そして再び踵を返した。炭水車を渡り、先頭車両で待っていた父ライオに詰め寄った。
一般車両にアルバがいない事をかいつまんで話すと、ライオは慌てて蒸気機関車を止める。
「俺のせいだ。俺が余計な事を言ったから……俺、連れ戻しに行ってくる」
それがソルの頭で考えた必死の答えだった。
「待ちなさい!」
だけど、ライオはソルを怒鳴る。
びくっと震えるソル。その背中を飛び越えてライオは蒸気機関車から飛び降りました。それでソルは父の言いたい事を理解した。
「父さん……俺は……」
「大丈夫だ。自分が徒歩で引き返す。ソルは近くの切り替えポイントで方向を変えて引き返してくれ。やり方はわかるな」
「うん。でもそれって早くても一日はかかるよ……」
「構わない。頼んだぞ」
ライオはそのままレールを頼りに走りだしました。
「大丈夫だ。ソルのせいじゃない」
そして、ライオは念を押すように叫んだ。
次第にライオが点へと変わり、雪原へと消えた。
◇
――ガタンゴトン、と車内が揺れる。
ソルは言われた通り、急いで蒸気機関車を発車させていた。
陽が昇る間も休まずにずっと。
その間、スピードを上げた方がいいかもしれない、と考えた。
でもライオとアルバがレールを頼りに走ってくるかもしれない、とも考えたし、いや父が『引き返せ』と指示したからにはそんな事はしないだろう、とも考えた。
だけど、どっちにしろ一人で蒸気機関車を動かすのは無理があってスピードはずっと遅いままだった。
だからその時間はきっと、アルバは敵だ、と決めつけていたソルへの罰だと思った。
少しずつ静かに蒸気機関車は進む。そして、やっとソルは目的地にたどり着いた。
それは陽が西に沈み、まんまるな月が昇った時。
ただ雪積もる中、どことも知れない廃墟に戻ってきたソルを待ち構えていたのは、ぐったりとした父であった。その頬には渡り鳥の一族の呪いにかかった証……紋章のような痣ができている。
廃墟の影から現れたライオは蒸気機関車を視界に入れると安心して出てきて、そして、泣き崩れていたアルバを抱え蒸気機関車に乗せた。
「ソル……この子と一緒に一度本部へ帰れ」
「父さん、その痣は」
「ああ、父さんはもうこの通り駄目らしい……これが全身にまわると引きちぎられるみたいだ。実際もう息が……しにくい」
そういうとテーラードの制服の首元を開けた。紋章は首回りを取り囲もうとしていた。痛々しく食い込んでいる。
「どうして……まさかこいつが!」
アルバは《渡り鳥の一族》の血を引いている。触れば呪うことだってできるはずだ。
ソルはアルバにいきり立った。
確かにソルは、アルバは敵、と決めつけていた……アルバを知ろうとはせず、絆を無理に引き裂こうとした。それは決して良い事ではない。
――だが、その代価がこれなのか? 酷過ぎないだろうか?
「なんだよ、それ。俺が……俺らが引き離そうとしたから、代わりにやり返そうってか」
父であるライオを呪って一人悲しむソルを見て嘲ろうとしたのか……そう思うと両手を力がこもる。強く握ってそのまま上げた。
呪われてもいい……静かに黙りこむ少女に手を上げようとした。
ライオがそのソルを抱き締める。
「違うんだ。そうじゃない……《渡り鳥の一族》が攻めてきたんだ」
「でも! あいつらはまだアジア西部にしか」
「もともとこの子を狙われていたんだ。だから隠されていた……この子には『抗体』があるから」
ソルは目を見開いてライオを見た。途方もない返答が返り、戸惑ったからだ。
「こうたい? 病原体を身体から追いだす、っていう?」
ライオはこの一日で極端にやせ細っている。これも呪いのせいなのだろうか。
「そうだ……おかしいと思わなかったか。『呪われる《人間》』と『呪う《渡り鳥の一族》』が一緒になっているなんて」
ソルは口を開けて呆けた。
だけど確かにそうだ。こんなの自分で自分を呪っていてもおかしくない。今生きている方が異常だった。
しかし、アルバはこうして生きている。だとすれば、
「人間でも渡り鳥の一族でもない……第三の《何か》がアルバにかけられた呪いを片っ端から解呪していっている?」
そんな時だった。廃墟の奥がざわめいた。視線を向けると残骸がどんどん音を立てて崩れていく。そして、その合間から紅い髪が跳ねている様子も……間違いなく《渡り鳥の一族》だ。
途端にライオはソルから抱擁の手を離した。そして、自ら着ていたテーラードの内からある物を抜き出した。
ライオが抜いたのは、鉄の塊……古代の世界で『銃』と呼ばれた武器だった。その中でもライオは回転式拳銃と呼ばれる古式を愛用していた。
それを構えたライオは呟く。
「あとは本部に聞け。今は、行くんだ」
「まさか囮に……できないよ。父さんを置いて行けない」
ソルは必死に首を振った。たとえこのまま呪われて死ぬとしても、ソルは尊敬する父から離れたくはなかった。
だけどその頭に、ぽんっ、とライオの手が乗っかり、ぐずねる息子にライオは最後と言わんばかりにゴツゴツした掌で撫ぜます。
「ソルは自慢の息子だ。最後のわがままを聞いてくれないか?」
「――っ」
ソルは胸が弾けるほど衝撃を受けました。わがまま……また父にその言葉を言わせてしまった。
「ずるいよ。父さん」
とっさにソルは固い頭を縦に振った。歯を食いしばった。そして、すぐさま操縦席に座り小さな手で必死に金具を引っ張る。蒸気機関車の汽笛を鳴らす。
同時に蒸気機関車の車輪が回り、流動型の黒光りする物が発進した。
その刹那、紅い髪をなびかせ、人のような物がいきり立つ姿を視界の端に掠めたが、すぐさま前を向き直す。
その姿を最後の言葉を口にしながら父がその姿を見送った。
「ソル、ありがとうな」
その後、ライオはどうなったのかは誰も知らない。だけど、先頭車両からソルは遠のく景色の中に大雪崩が起きる様子を捉えた。そこはライオと別れた廃墟だった。
ソルは涙を流しながらも蒸気機関車を運転し続ける……父のわがままのために。
そして、それから二年後、一人前の機関士となったソルは旅に出る……一人の少女を連れ出して。
◇
記憶の再生が終わった時、ソルは降ろしていた瞼をそっと上げる。まず映ったのは赤い空。起き上がれば陽が西に沈みかけていた。気がつけば夕方になっていた。
「いかん。見張りが寝てどうする」
自分に渇を入れつつ、すぐにソルは積み荷の再チェックを始める。
水――よし、根菜――よし、羊皮紙――よし、衣――よし。
一つ一つカバーを外して中身を眺めてはほっとする。その動作を何回か繰り返して、
「アルバもまだ帰ってきていないようだな」
一般車両を覗いてオーバーオールの少女がいないことをソルは確認した。
よかった、こんな姿を見られたら完全にからかわれていた。ソルは内心ほっとした。
「まったく『毎日帰ってこい』って言ったのに仕方ない奴だ……」
にも関わらず、ソルは腕を組んで怒っているふりをする。
――……。
周りは静かだった……何をやっているんだ、俺は。
「……仕方ないから、ご飯でも作るか」
きっと意地を張りたいのだろう。二年前に出会ってからというもの、今のソルにとってアルバは『渡り鳥の一族のハーフ』であるのと同時に『ただの少女』だと認めていたのだ。
だから、女の子を支えたいと思うのは男の性というものだ。たとえ自分より力持ちでも、頑丈でも、せめて見栄ぐらいは張りたくなる。
「俺がアルバに勝てるのは料理だけだからな……」
はぁ、とソルは自分の不甲斐なさに呆れながらも一旦蒸気機関車を降りようとした。
だけどその時、静かな空気にどこかチクチクと胸に刺さる感覚に陥った。
風がざわめき、草原を波打つように葉を揺らす。
「…………」
ソルはこの感覚を知っていた。そう……それは二年前にも感じた嫌な予感だ。
まさかと思いつつもソルは蒸気機関車から降りようとした足を戻した。そのまま先頭車両に赴き、炉に炭を入れる。
炭はゆっくりと赤くなって次第に炉を温めた。
同時に耳に荒い息遣いが聞こえた。視線を向けるとオーバーオールの少女が廃墟の中を走っている。間違いなくアルバだ。残骸をものともしない跳躍で飛び越えている。
だけどその後から同じように跳躍していたのか、紅い髪が跳ねた。
それで理解する。
ソルはすぐさま汽笛を鳴らす金具を引っ張った。唸りのごとく汽笛をあげた蒸気機関車はゆっくりと前進を始め、加速しだす。
「乗れ!」
手を差し伸べるソル。
アルバはその声でソルが何をしてくれたのか理解した。跳躍をしてアルバはぶかぶかな手袋でそれを握る。同時に予め炉を温めておいたおかげか、すぐさま蒸気機関車はスピードに乗った。
ソルはそのまま手を引っ張って、アルバを先頭車両に引き寄せ乗せる。そして、すぐさま後方を確認した。
後方にいるのは紅い髪と紅い目の人外が一人。蒸気機関車を走らせているというのに、それは今にも乗り込もうとする勢いで追ってきていた。
アルバが嘆願するように叫ぶ。
「ごめん。渡り鳥の一族とばったり出くわして」
「説明はいい! それよりどんどん炭を入れろ! とばすぞ」
アルバは首を縦に振り、慌ててスコップで炭をすくう。ソルは必死に後ろから這い寄る死の気配を警戒しながら蒸気機関車のメ―タ―を振り上げた。
だが、スピードが上がる寸前で追ってきた渡り鳥の一族は跳躍し、最後尾にある貨物車両のカバーを掴んだ。
アルバがその光景を先頭車両の車窓から覗き見て呻いた。
「どうしよう! ソル」
アルバの声は裏返る。ソルはテーラードの袖口に入れていた鏡を取り出して確認する。
鏡に映る渡り鳥の一族は風に煽られてうまく乗れない。しかし、それも時間の問題だろう。ならばやることは一つだけだ。
「アルバ、運転を変われ!」
もしかしてあの夢はこの事態に対する兆候だったのかもしれない……ソルはそう思いながら、運転席から飛び下り炭水車を渡った。途端にアルバは『どうするの!?』と聞き返す。
「どうもこうもこうするしかないだろう!」
ソルは一般車両のドアを乱暴に開け放つ。カチャッと鳴る暇は無く、そのまま車両を縦断して、ソルは貨物車両の連結前にたどり着いた。そして、最後尾を見渡せる右端まで寄るとテーラードの内側から鉄の塊を取り出した。
それは古代の遺産の一つ。六弾発射できる回転式拳銃。
そう、父ライオと同じ武器だった。滅亡する前の古代では『リボルバー』と呼ばれたもの。引き金を引けば弾が打ち出される鉄筒。ズシリとくるその重さに背筋を震えさせながらも、ソルはその拳銃を真っ直ぐ構えた。
支援物資を貴重なものだ。捨てるわけにはいかない。ソルは感覚だけで照準を合わせる。
息が荒くなる。ライオと別れたその日から拳銃を手に抜き打ちの練習はしてきたが、実際に使うのは初めてだった。
――父さんはこれを当てていたのか……いや、当たらなくて良い。うまく振り払えればそれでいい。
息がぎゅっと引き締まった。瞬間トリガーを引く。
でも、それだけだった。まるで風に流されたように消えていくさまが手に取るようにわかる。的は大きくはずれたのだ。そして……、
『呪われろ……』
声が聞こえた気がした。死の宣告を受けた気分だった。
刹那、トン、と何かが降り立つ音が最後尾から響いた。死の気配が背筋に漂っているせいか、神経が研ぎ澄まされているようだ。
「――――!!」
ソルは再びトリガーを引いた。二発、三発、四発……。
でも当たらない。全て風に流される。
渡り鳥の一族が近づいてくる。トン、トンットトン、と音でそいつがまるで強風から解放されて勢いよく積荷の中を駆けている様が思い浮かぶ。
渡り鳥の一族がすぐ側に来る。その事実が背筋を凍らせた。手が悴み、全身の力が……魂が抜ける感覚。
――やばい、やばい、ヤバイ。
全身全霊をかけて必死にトリガーに力をかける。だが、今度は弾が出てこない……なぜ、動かない、動かない、うごかない。足音が大きくなる。
もう良いだろう……もう一人の俺が都合の良いように解釈し、ソルを埋め尽くそうとした。
――もう頑張っただろう。もう父の遺言に従わなくていい……楽になっていいぞ。
「ソル!」
その時呼ばれて意識が戻る。気づけばリボルバーにぶかぶかの手袋が重なっていた。それをたどればアルバが泣きだしそうな表情でそこにいた。
「どうして」
ソルは唖然として呟いた。
あの時と同じように逃げれば良いじゃないか……さすがに無傷とはいかないだろうが、ソルと違ってアルバは蒸気機関車から落ちても死ぬことはないだろう。
ソルのことなんか放って一人逃げればいいのに。
「もう嫌なの……私を見つけてくれた調査員の人や、ライオさんのように目の前で苦しむ人なんてみたくない!」
途端にアルバが叫ぶ。その言葉でソルは急に目が覚めた。
――……さっき自分で見栄ぐらいは張りたいと言ったではないか!
「なのに何をやっているんだ自分は!」
気づいた時には再び力が湧いた。一番守らなきゃいけないのは目の前にいるただの少女。ソルは拳銃を苦々しく思いながらテーラードにしまう。
「アルバ、手伝え!」
ソルはそう言って反対側……連結部の左端を見つめた。
そこには連結部分にロックをかける装置がある。それは棒状の物で、左右に動かして連結を締めるものだった。
つまりソルは蒸気機関車の連結を外して渡り鳥の一族を振り払うつもりだった。
「いいの。そんなことしたら……」
むろん支援物資は全部捨てるはめになる。だが、この世界で一番大事な事は、死なない、と言う一点である。それをソルは充分理解していた。
父さんが守り抜いた『希望』を守り通すのが今の俺の役目。
ソルは装置に駆け寄って右に傾けようと力をかけた。だが、動かない。当たり前だ。止まっているならまだしも、動いている最中は貨物の重さだけ連結部に圧がかかる。ただの棒でもたった一人の少年がどうこうできる品物ではない。
それでもソルは全身を傾けロックを解除しようとしていた。必死に、ぐぐっ、と力をこめる。そんな時、ソルの手にアルバのぶかぶかな手袋が重なった。アルバも覚悟を決めたように首を縦に振った。棒が少し軋み出す。
そして、後ろから迫る足音もはっきり聞こえた。これはもうあと一両車まで近づいている感じだ。
だけど、もう遅い。ガチャンと連結がはずれる。真ん中を過ぎてから一気にロックが右に倒れた。それと同時に荷物を失った蒸気機関車は一気に速度を上げ、逆に貨物車両はレーンから外れて崩れた。
アルバとソルは柵を掴みながらしばらくその様子を眺めた。
貨物車両は取り残されたようにどんどん小さくなっていく……それがまるで父のように見えたのはきっと変な夢のせいなのだろう。
◇
無事逃げおおせたその夜、一般車両には珍しくアルバがいた。
疲れ切ったアルバは黒と青を基調にした長椅子で転寝をしていたのだ。そんな少女にソルは毛布を掛けてあげる。
「ごめん。ごめんね」
すると、何の夢をみていたのか、アルバは寝言で何度も何度も謝った。ソルはその様子を見て二年前の事を言っているのではないかと推測する。
「謝んなよ。もうおまえのせいじゃないのは知っているんだから」
ソルは密かに寝ているアルバに答えた。
最初は信頼なんてしていなかった……父の遺言だからと怪訝そうに四年間見張っていた。だが、その結果ソルの考えは変わったのだ。
そう、ソルは知っている。アルバが行く先々で探索するのは自分自身のような不器用な人間を助けるため……自分を助けてくれたライオに報いようとしている証拠なのだと。
「『僕』とか言って、強がっちゃうしな……まったく」
ソルは微笑みつつアルバの頭を撫ぜようと手を伸ばした。
でもその手は途中で止まる。触れば呪いにかかってしまう。それはきっとアルバが悲しむことだ。
頑張っているのに褒められない……それが少し悲しいことだと知り、ソルは少しだけ父の気持ちがわかった気がした。
だけど、ソルはその想いを振り払うと、先頭車両に向かった。そして、カチャ、と一般車両のドアを開け、閉めるとぽつりと呟く。
「でも、『エトワール計画』か――人間と渡り鳥の一族、本当に怖いのはどっちだろうな」
そう、一度ソルは支援組織に戻って、本部のしようとしている事を聞いている。そんなソルの頬に夜の空気はつめたく吹きつけた。
いつもはアルバが見張りをしてくれていたため、ソルはこの寒さに肩身を狭くし腕を抱える。
「まったく、毎日こんな無理をしていたのかよ」
せめて事後処理ぐらいはしよう……ソルは炭水車を渡り先頭車両へ。
炭を軽く炉に入れ、操縦席に座る。そして、そこに取り付けられていた通信機を握った。もう片方の手で通信を入れた。
「支援組織へ。こちら蒸気機関車。応答願います」
そして、今回のあらましを報告した。すると通信機の向こうで怒鳴り声が響いた。
機材さえもハウリングを起こすほどだ。正直なんて言っているのかもわからないし、ソルはその爆音という名のお説教をそのまま通信機から聞き流しした。
そして、それが終わった後一言だけ伝える。
「いいじゃないですか。あなたたちにとって大事な『抗体』は無事なのですから」
そう言った後で、ソルはそう言わざる負えない自分を恥じた。通信の向こうが静かになる。
そう、四年経ったソルの仕事は支援活動ではない。支援活動は言わば二の次だった。本当の目的はただ一つ。
「大丈夫です。言われなくても、アルバは――アルバの中にある『流れ星停止プログラム』はきちんと流れ星に届けますよ」
こうしてソルは本部と交渉すると同時にいつものように汽笛を鳴らした。始まりを告げるように。
「つきましてはどこかで補給をさせていただきたいのですが……」
――そして今日も、ガタンゴトン、と車内が揺れる。
そんな彼らを見守るように、一層更ける夜空ではまんまるの月と星が静かに輝いていた。