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1章 2-1  『はじまりは』


 ――ガタンゴトン、と車内が揺れる。


 その日、蒸気機関車の中で、俺はエプロン姿のまま扉を開け放った。テーラードの制服を着崩し、その上からエプロンを被っている……自身でも変な格好だと思う。


 そんな中、器用に食器を持って炭水車を渡る。違和感が俺の心を激しく襲うが、毎日の日課をこなすために必要な事なので無視することにした。

 それに違和感は今に始まった事ではない。


「朝ご飯できたぞ」

「わかった」

 炭水車を渡って大声で呼ぶと何一つ変わりない返事がくる。その会話だけ聞けば普通の会話。だが、帽子を取っていた明確な違和感が俺を迎える。

 目の前に映るのは、半分だけの赤い髪。その髪に隠れるように見えるのは紅い瞳。

 そう、俺――ソル・イルミナルは今現在、違和感の塊のような少女、アルバと一緒に旅をしている。アルバは蒸気機関車の炉の見張りをしていた。


     ◇


「いただきます」

 帽子をかぶりなおしたアルバは礼儀正しく両手を合わせた。その間ソルはエプロンを脱ぎ捨てゴア付きのジャケットを羽織って操縦していた。


 そんな今日の朝食は珍しく目玉焼きにした。つい先日、三軒だけ建った集会場のような場所でアルバが卵を仕入れてくれたのだ。それを丁寧に焼いた月のような食べ物を、アルバは綺麗にくりぬいて先に食べてしまう。そうして、食器を急ぎ蒸気機関車の一般車両へ持っていくと、その後操縦していたソルに近寄った。


「代わるよ。どうせ僕が女だからって遠慮して食べてないんだろう」

「いいんだよ……もともとこれが俺の、機関士の仕事だ」

 そう、ソルは蒸気機関車の機関士だ。巧みに蒸気機関車の操縦し、スピードを調整することが仕事である。

 アルバはあくまでも整備士。機関車の点検、もとい修理をするのが仕事だ。なのにアルバはいつも蒸気機関車の炉の見張りを買って出ている……そんなに気を遣う必要はないというのに。


「でも」

 アルバが申し訳なさそうに呟く。こういうときのアルバは何か理由をつけないと引っ込まない。そういう性格は長い間、旅に出る前も相方として隣にいた事で把握していた。

 ソルはその理由を探し、目の前の草原に廃墟の影を見つけ出す。アルバも視線につられてばつが悪いように顔を歪めた。

「……」

「どうせ探索したいんだろう……今のうちに休んでおけ」

 ソルはそっと勝ち誇って呟いた。アルバは嬉しいような、悔しいような笑みを浮かべて頷いた……『ありがとう』と。


     ◇


「それでは行ってきます」

 ブレーキを徐々に掛けて廃墟の前に止まると、蒸気機関車からアルバは飛び下りて言った。そんなオーバーオール姿の少女にソルは蒸気機関車の先頭車両から声をかける。


「この前みたいに連絡なく泊りがけってのは、なし、な。俺は積み荷の番をして動けないんだから毎日帰ってくるように」

 そう言うとソルは視線を後部車両に向けた。そこには布地を被せられた物資が積まれている。その中には水や日持ちする野菜が大量に入っていた。要は支援物資だ。これを少しずつシェルターに配布していくのが、俺たちが所属する支援組織ロールアウトの仕事。


「了解」

 アルバが手を振り、ソルは蒸気機関車の車窓から見送る。オーバーオールの少女はそのまま、ざくざく、と廃墟を分け入った。その姿をいとおしく想いながらソルは振り切るように視線を逸らす。

「さぁ、この後は掃除、洗濯、事務処理だ」


 そしてソルは、気合を入れて今日の日課に取りかかる。洗濯をし、一般車両の散りをはたく。その後、後部車両に積んだ支援物資を点検。蒸気機関車の中を何回も横断する事になった。

 それらをこなすといつの間にか太陽は空の真上に位置していた。正午だ。


 ソルはやっと一息つくことにした。後部車両に組み立て式の椅子を設置してそれに全身を預ける。日光は温かく、まるで毛布にくるまっているような感覚に陥るほどだ。

「アルバは今頃何してんのかな?」

 快適だったせいか、ソルは澄み渡るような青空を眺めるとアルバの事を思い出した。

「そういえば、アルバと会ったのもこんなどことも知れない廃墟の離れだった」

 瞼は次第に落ちていく。すると瞼の裏で昔の記憶が再生されていった。


     ◇


 それは四年前の冬の時期、ソルがまだ十四歳の頃の事だった。

 周りは暗く、雪積もる地域のシェルターに支援物資を届けた後……どことも知れない古代の廃墟にソルはやってきた。そして、一人の少女と出会う。


「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、こちらこそお世話になります」

 その時、ソルは機関士見習いとして、一人前の父と一緒に蒸気機関車に乗っていた。滅亡しかけているこの世界で運よくその猛威から逃れた者を助けるために、そして、新しく作られた街……シェルターに支援物資を送るために支援組織で働いていた。


 でも、今回ここを訪れたのは、そのどれもとは違うものだった。


 それというのも突如、その本部から緊急の伝令が入ったからだ。

 その伝令とは、わけありの子供を預かる事……それを聞いたソルの父は何も言わず、その伝令が入った場所、雪積もる旧ロシア領へ駆けつけた。そこには整備士ではないのにオーバーオールを着た調査員がいた。

 そして、小さな少女も。


「その子が」

「ええ、この近くにある古代の遺跡から発見された子――アルバです」

 その男が小さな背中を押す。背中を押されたアルバと言う少女は仕方なく顔を覗かせた。

 十二歳ぐらいの少女だった。男と同じくオーバーオールとぶかぶかの手袋をはめさせられていた。その上から半分赤い髪がなびく。


 ソルの父は身を乗り出した。少しいかつい顔をした父は皮膚がごつごつしていて、抱きつけばひげがじゃりじゃり当たってくる……そんな男。だけど、どこか母さんみたいに柔らかい手を持つ自慢すべき父だった。


 父はしゃがみこんで挨拶をする。

「初めまして、アルバ。俺の名前はライオ・イルミナル。この子はソル・イルミナル。これからよろしく」

 自らの名を明かし、そして、手を差し伸ばした。頭を撫ぜようとしたのだ。


「……父さん!」

 とっさにソルは袖口を引っ張って、父であるライオ・イルミナルを止めた。ライオもはっと気がついて手をひっこめる。


「……」

 アルバは何も言わず、じっとこちらに視線を向けた。紅い瞳が鋭くなる。

 ライオはその目から逃れるように視線を逸らした……まるで自分の非力さを痛感するように。


     ◇


 その後、ソルはアルバを連れて蒸気機関車へと歩を進める。

『……とりあえず詳しい話は中で訊きます。手はず通りこの子の事は頼んだぞ、ソル』

 そう、ライオに頼まれたのだ。アルバも、調査員に言われたのだろう……素直に頷いてついてきていた。

 そんな中振り向くと、ライオは調査員に連れられ、端に建てられていたログハウスに案内されていた。おそらく仮の宿だ。

 そこで何が語られたのかはソルは知らない。


 しばらくすると父、ライオは帰ってきてアルバをログハウスへと送った。そうして活動が始まる前の夜、ソルは蒸気機関車の一般車両で父であるライオに報告を始める。


 一般車両の中は黒と青を基調にした落ちついた雰囲気で、人が横になっても大丈夫な長椅子が並んでいた。またその一角にはデスクワーク用に付けられた木の机がある。その折りたたみ収納ができる机の上にはたくさんの書類が広げられており、それを眺めながらライオはすぐ側に近寄ったソルに視点を合わせていた。


「守備はどうだった?」

「大丈夫。蒸気機関車を見せたらあまりの迫力に目を輝かせたよ」

 すると父はいつもの通り目を輝かせる。

「ほほぅ、蒸気機関の良さがわかるとはなかなか見込みのある子だ! まぁ、風の抵抗を遮らないように作られた、流れるような胴体! かつバランスの良い二気筒の蒸気ピストン!! 時速百二十キロメートルは、かの『車』と呼ばれるものにも負けないだろう。さすがは俺の蒸気機関車!!!」

「でたよ……父さんのうんちく」

 なぜだが満足げに笑みを浮かべるライオ。『別に父さんのじゃないけど……』とソルは深いため息を吐いた。


 蒸気機関車は言わば、古代の遺産、である。支援組織はその古代の遺産を集めて、使えるようにし、支援活動に当てている。つまりはこの蒸気機関車は、支援組織から借りているもの、だった。

 だけど、今ではこの古代の遺産だけが、渡り鳥の一族より逃げられる高い能力を持っている。だからなのか、ライオは自らの蒸気機関車を誇っていた。

 でも、当時の俺はきっとそんな事お構いなしにすねていたはずだ。なぜならソルはこの仕事に反対していたのだから。


「ねぇ、本当にこの仕事を受けるの」

「……急にどうしたんだ?」

 ライオはご自慢のうんちくを止めた。ソルがマイペースな父に少し苛立っていたのを感じたのだろう。まるで時間が止まったようにピタッと固まって首を傾げる。

 ソルは悟らせるように静かに怒鳴った。


「だってあいつは滅亡させた渡り鳥の一族のハーフなんだろう。本物と違って弱体化しているらしいけど、触られたら死ぬのは変わりないんじゃないか」

 だけどその憤りを隠しきれなくなって、ソルは次第にその声を大きくしていった。

「それに、『預かるように』と言われたあいつは、古代の遺産に抱きかかえられるように眠っていたらしいじゃないか……」

 そう、コールドスリープ、だったか……あいつはそんなわけのわからない物の中でずっと抱きかかえられていたのだ。鉄の容器に大切そうに。

 それをみつけた調査員があいつを目覚めさせ、こうして面倒を見ている……いや、監視しているというべきだ。

「なのに、なぜ俺たちが預からないといけないんだよ!!」

 ソルは駄々をこねるように折り畳み収納ができる机をバンッと叩いた。

 書類が雨のように舞う。


 ライオはそんなソルの頭に豆ができた掌を乗せる。

「そういうな。あの子はこうやって頭を撫ぜられる事もないんだ。誰かが守らないといけない」

「だけど!」

「それにな。父さんはあの子が希望に見えるんだ」

 瞬間ソルは目を仰天させた。希望……何を言っているのだろう、と。


 もともと《渡り鳥の一族》は古代の世界に落ちた流れ星がこの世の病原菌が寄り集めて作った人型の人外と言われている。だからこそ彼らは、人間を呪う、という事が出来るらしい。

 加えて、彼らは流れ星の欠片を与えられ、それを通じて身体的能力が大幅に強化している。並大抵の攻撃は通用しない。


 だから人類は逃げた。流れ星が落ちた『日本』という場所からできるだけ遠くに。


 故に支援組織はイギリスにあった。日本と同じく海を隔てたその小さな国だけが人類の最終防衛ラインだった。


 希望であるはずがない。ハーフであろうがアルバの半分は渡り鳥の一族だ。滅びはあっても希望は無い。

 そのアルバという少女は、ハーフ、という不完全な状態でも危険であることに違いはなかった。


 つまるところ本部はアルバを大切な研究素材だと思っているのだろうが、それでも触れれば呪いをかけられてしまう。自身を考えればすぐにでもここから離れるべきだった。

 しかし、ライオはソルの考えさえも見透かして頷くと椅子から降りてしゃがみこむ。

「ごめんな。でも、もう少しわがままを聞いてくれないか?」

 そう言ってライオは地面に落ちた書類を拾った。そこには各所の報告書が……《渡り鳥の一族》の動向が書かれている。ライオはそれを見て眉を細める。

「それに、もうあまり時間はないらしい」

「……」

 ソルはしぶしぶ頷いた。ライオの言葉を理解したわけではない。

 ただ尊敬できる父に、わがまま、という単語を引き出してしまった負い目から、ソルはその後何回も首を縦に振り、そして、ライオから視線を逸らした。


     ◇


 次の日もソルは一歩離れながらもアルバを蒸気機関車の前に連れてきていた。

 ライオは調査員と一緒にどこかへ行ってしまったのだ……つまりはまた今日もソルはアルバのお守役。

「ねぇ、この煙突みたいのは何?」

 そんなアルバは今日も目を輝かせながら聞いた。

 ソルはうわの空。先入観とは恐いもので、オーバーオールの少女の事をずっと考えては、やはりアルバのどこが希望なのかわからず首を横に振っていた。

 ソルにとってアルバは、世界の敵、渡り鳥の一族とのハーフ、呪う、といった存在。それが当時のソルからみたアルバの全てだった。


 そしてソルは静かに決意する。

「やっぱりこの仕事は駄目だ」

 今日この時が終わったら何が何でも父をこの地から引き離そう……そう心に誓った。その時だった。


「駄目って? 嫌な事があった?」

 返事がないソルを心配してアルバが一歩手前で顔を覗きこんできたのだ。

「うわぁ!?」

 突然の事で、ソルは足をくじいて尻もちをついた。

「こ、こっちくんな」

「……」

 そして、アルバはまた一歩下がる。


 今でこそ、嫌な物言いをした、と後悔しているが、当時はその想いすら生存競争が激しいこの世界のせいで消えていた。


 ただ普通ならば嫌な物言いに怒るものだ。なのに、アルバは嫌な表情一つせずまた蒸気機関車を見上げた。

 それが何故かソルの癪に障った。なぜ父が困り、その原因の種であるハーフの少女が平然としているのだろう……そう思うと自然とソルの口から言葉が出ていた。


「触ってこないんだな」


 目的はもちろん、アルバへの嫌がらせ。

 自分が世界から嫌われている事を知れば身をわきまえてくれるかもしれない……そんなあさはかな魂胆だった。


 そんなアルバは『え?』と振り返る。その顔には驚いた表情が張りつけられていた……つまりこいつは自分の正体を知らないのか?

「普通こんなに距離を取っていたら可笑しいって思うだろう」

 だけどソルの言葉に、アルバは立ちつくした後で空を見上げて呟きます。

「……だって触ると死なせちゃうから」

 そして、今度はソルが驚くはめになった。


「知っていたのか……?」

 唖然として呟くソルにアルバは静かに頷いた。アルバ自身ハーフである事を認識していた。

「ここでも春になれば虫はでてくるよ。そしたら嫌でもわかる」

 アルバはそう言って、ソルを見透かした。


 だけどすぐさま申し訳なさそうに見つめた。

「でもそっか、やっぱり私人間じゃないんだ……だから、お迎えがきちゃったんだね」

「えっ?」

 言葉の意味がわからなかった。ソルは問いただそうと口を開く。


 だけど、結局言えなかった。その先は出てこなかった。その直後、ライオが廃墟から帰って来たのだ。


「やあ、ただいま」

 二人の話声が意外にも弾んでいた事に嬉しかったのか、ライオはニコニコ笑った。それでライオが話の内容まで聞き取れていなかったことがわかった。

 でもすぐさまその息子であるソルは気が付いた。父さんが、ライオが『そうか』と必要以上に微笑んでいたことを。

「どうだい? この蒸気機関車は?」

「面白いよ。特に名前が素敵」

 そんなライオにアルバは打って変わって笑顔をみせる。


「だったら今日はこの蒸気機関車に泊ってみないかい?」

「いいの!?」

 目を輝かせるアルバ。だけど、反対にソルは目を見開いた。

 ――蒸気機関車に泊ってみないかい……。

 それはここに来る前、ライオと決めた出立の合図だったからだ。

 それも予定より一日早い出立だった。



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