2章 3-2
私の目の前には渡り鳥の一族が立っている。洞窟の入り口で静かに微笑んでいる。
ああ、渡り鳥の一族が来たということは、私はここで死ぬのか。やったぜ、もう話を聞かなくて済む。シェルターの奴らから解放される。
「いや、そうじゃないよ」
「……っ!?」
「ごめん、びっくりさせちゃったかな。どうやら私は『想い』を感じ取れる能力があるみたいなんだ」
どういうことだろうか。私が首を傾げると、少女はかいつまんでこう告げた。
「要は、私だけはあなたと話をすることができるんだ。だからさ」
少女は私には見えない所から簡素な椅子を持ち出して、近づいてきた。
「今日は、私があなたの話を聞いてあげる!」
「…………」
意味がわからない。少女はなぜか「どんとこい」と言わんばかりに胸を張るが、なぜ私がそんな事をしないといけないのだろうか?
すると、椅子に腰掛けた少女は腕を組んだ。
「だって、あなた未練がましく訴えていたじゃん。想いを感じられちゃう私としては、気になって気になって仕方がなかったんだよ」
ああ、そうか。だから私の所に来れたのか。
あくまで巫女はこのシェルターの慣例でしかない。ここに来る者はシェルターの民しかいない。
その民も最近は来ていなかった。参謀や代表はどうなったのだろう?
「ああぁぁぁ!! ほら、何かないの!! 愚痴とか愚痴とか愚痴とか」
なぜ、愚痴しかないのだろうか。だが、本当に私の思っている事がわかるらしい。
もしも、そうだとしたら……。
「□◇△※」
「うん、うん、そうだね」
このシェルターの皆が憎い、この外の全てがどうでもいい。
「△△△△※※※※※!!」
皆、いなくなればいいのに……私は誰とも会いたくない。
協力すれば、より大きな成果を上げられるのは事実だろう。だが、無理に合わせるようなら強制と変わらない。一人ならば衝突しないのも、また事実なのだ。
私は一人で良いのだ。一人にさせてくれ!!
「□◇……@、##############!!!!!!」
少女は顔を歪ませながらも、黙って話を聞いていた。
それから三日三晩、私は愚痴り続けた。
日頃の恨みはもちろん、誹謗中傷に加え、理不尽に対して歪な正義感を見せつけた。
少女は飽きもせず聞き続けた……いや、本当は反論したかったのだろう。表情はみるみる険しくなって、最後は頭を抱える素振りもみせた。
それでも、最後まで黙って聞き続けた。そして、
「なくなった?」
少女が目の下に隈を携えながら問いかける。
なくなった……あれほど苦しかったものが、突如、感情がプツンと糸が切れるように、消えてなくなっていた。あれほど憎んでいた者が、どうでもよい者になっている。
何だ、これは……何なんだ、これは。
「それなら、よかった。すっきりしたのなら、ここから逃げよう……あなたは、もう」
「〇◎●#””””””――――――!!!!」
瞬間、少女が背筋を強張らせた。私の発した声は反響して、狼の遠吠えのように大きくなる。それが、どういう意味か少女には伝わっているのだろうか?
だが、私が何年、恨み続けたと思っている……それが、たったの三日で、清算できてたまるか。
認めない。私は認めない。
「$、%%%%%。△△△△△△△△△△」
そうだ、空っぽになったのなら、また作れば良い。
私は歪んだ笑みを浮かべながら、少女をにらみつけた。悪寒を感じた少女は一歩退くために立ち上がった。だけど、座り慣れていないせいか、椅子に足を引っかけて転ぶ。
気付けばすぐ目の前に少女がいる……私の目と鼻の先に、触れば呪われる渡り鳥の一族が。
「……」
私は、手を添えた。膝をついて起き上がる少女の頬に痩せ細った人差し指が当たる。
「っ!?」
直後、少女は慌てて弾き返した。
だけど、確かに当たった。私は『少女に呪われた』はずだ。
「&……&&&!!」
やった、私は呪われた! これで恨む理由ができた!!
少女が尻込みして後退る中、私は歓声の声を上げる。
おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ、おまえのせいだ。
「きゃはは……きゃはは……ははきゃはは……」
皮肉にも喜びをあげる声だけは、きちんと聞き取れるものだった。気付けば、少女は姿を消していた。
だけど、それでいい。これからもずっと恨み続けられる。
「きゃはは、きゃはは、ははきゃははははきゃはは」
◇
そうして、私の狂気に満ちた叫び声を聞きながら去る者がいた。シェルターに置いてあった車を拝借し、助手席から渡り鳥の少女が振り返る。
「どうした、アカリ?」
そんな少女に運転手……羨ましいことに金髪の青年が話しかける。
「気になるのか? 助けられなかった事を」
少女は首を縦に振る。遠ざかる景色を見続けながら、口を開く。
「もっと早く来られたら、どうにかなったのかな」
「さぁな。だが、終わっていたものは、どうしようもない……そういう事だろう」
終わっていたか……少女は塞ぎ込む。
「あのシェルターは、たくさんの人が住んでいたとは思えないほど、乏しい環境だった。岩をくりぬいた居住スペースに、小さな畑と井戸が一つ……それも長い間、使われておらず、埃がたまっていた。すでに逃げ出していた」
残っていたのは、女性の遺骨だけ……すでに女性は呪われていて、青年には姿が見えなかった。生前の姿が見えていたのは少女だけ……青年の言葉に少女は「わかっている」とだけ呟いた。
「ただ、想いを感じれるなんて、ひどい嘘をついたなと思っただけ」
少女は前を向いて、背もたれに寄りかかる。
「結局、渡り鳥の一族だろうが、関係ない……何の力もないただの少女だ」
「……」
少女の言葉に、青年は黙って聞いている事しかできなかった。その静寂が、少女にとっては、とても心地が良いものだった。
◇
それから何日経ったのだろうか。
私はいつ死ぬのだろうか。
早く消えてしまいたい。消えない自分が憎い。にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくい。
手はもう骨しか残っていない。肉はそげ落ち、飛び交っていた羽虫さえもどこかに行ってしまった。もう、指一本動かすことすらできない。
私はただ話を聞いていただけだ。なのに、私はまた醜いものに姿を変えていく……人を呪う『地縛霊』へと。
ああ、私はいつ間違ったのだろうか……叶うならば、同じ呪う者として、あの渡り鳥の少女に話を聞きたかった。
その後、洞窟は崩落し、誰も女性の元へ訪れる者はいなくなった。
『同じ穴の狢』という話。(自分も気を付けよう……)
12/23 二か所、追加修正(残っていたのは、女性の遺骨だけ……すでに女性は(中略))(飛び交っていた羽虫さえも(中略))




