憎しみの思い
篤史は楽屋でしばらく事件の事を考えると、会議室に戻った。
まだ事情聴取が行われている。紙コップにお茶を淹れたのが秀美だとわかると、町田警部は秀美を中心に話を聞いているようだ。
「私ではありません。私だという証拠があるんですか?」
秀美は一貫して何もしていないと主張する。
「それはまだなんとも言えません」
町田警部は証拠がない今、秀美だけを疑うのは筋ではないと思っていた。
「梶山さん、聞きたい事があるんやけど...」
そっとイスに座った篤史は行雄に聞きたい事があると申告する。
「なんだい?」
行雄はうつろな表情で篤史を見る。
「坂上さんは学生時代とかオーディションの時とかなにか事件を起こさなかった? まぁ、さすがにオーディションの時はないと思うけど...」
篤史はそれとなく記事の事を伏せて聞いてみる。
聞かれた行雄はうつろな表情から何かを隠すような表情をする。
「そのことは...何も知らない」
明らかに何か知っているような口調だ。
「小川君、プライベートの事を聞いたらダメよ」
佐和子は篤史がファンで興味本位で聞いていると思い、やんわりと注意をする。
「すいません...」
篤史はすまなさそうにして謝るが、内心、何かを確信していた。
(何か変や。梶山さんはなにか知ってるはずや。態度からして一年前の記事の事...)
態度を急変させた行雄に、行雄を庇うようにして注意をした佐和子の二人を見ながらそう思っていた。
「刑事さん、そろそろ仕事を再開したいのですが...」
高志は仕事をしたいと言い出す。
「positionの専属の仕事以外に仕事があるんですか?」
水野刑事は何の仕事だろうと思いながら聞く。
「はい。人物はpositionだけで、他は風景などを撮っているんです。写真集を出す予定で、その写真を大阪でも撮って載せようと思っていて...」
「写真集は今までにも出した事があるんですか?」
「五冊出しています」
高志は写真の話になると嬉しそうに答える。
「そうなんですね。木下さんの仕事の関係もあるので、この辺で終わりにしましょうか。南部さんにはまたお話を聞かせてもらいますが...」
町田警部は一旦これで終わりにしようと言う。
「帰るのは待って欲しい。まだもう少し残ってもらってもいいですか?」
篤史は立ち上がりながら全員に聞く。
「まさか、犯人がわかったんじゃ...?」
身を乗り出す町田警部。
「そのまさかや」
篤史は頷きながら答える。
「それでは高校生探偵の小川篤史君の話を聞くとしようじゃないか。せっかくの機会なんだから...」
高志は篤史の話が聞けるのなら仕事は後回しでもいいというふうに言う。
「結論から言わせてもらうと坂上さんを殺害したのは、脇中さん、あなたや」
篤史は最初に犯人が佐和子だと告げた。
犯人が佐和子だと聞いた全員は、えっという表情をする。
「冗談はやめてよ。なんで私が...」
佐和子は動揺を見せながら言う。
「あらかじめ、坂上さんにイベントホールで話があるとでも言い、時間指定をして来させた。お茶をおかわりした坂上さんの紙コップにお茶と睡眠薬を飲ませた。睡眠薬が効いてきた頃にイベントホールに来た坂上さんが倒れたところにナイフで刺した」
篤史は大まかに推理をする。
「睡眠薬を飲ませたって恵介君が脇中さんに紙コップを渡さないと入れられないわよね?」
加津が聞く。
「そうです。お茶をおかわりしようとする坂上さんに自分が入れるから小川君の話でも聞いててとでも言ったんでしょう」
「私が犯人だっていう証拠はあるの?」
佐和子は至って冷静に聞く。
「これといって証拠はないんや」
篤史は正直に証拠がないと答えた。
「小川君!?」
それを聞いた町田警部は思わず大声を出してしまった。
「だけど、過去の証拠やったらあるで」
「か、過去の証拠...?」
過去の証拠と聞いて、どういう意味なのかわからないでいる町田警部。
「そうや。一年前に週刊誌で出た記事を覚えてるか?」
全員に聞いた篤史。
「二人の過去の事を聞いた記事か?」
高志は篤史が言った一年前の記事という言葉を聞いて、そんな記事が話題になったなという表情をする。
「ああ...。坂上さんの過去の記事は、高校時代に同級生である男子生徒をイジメていて、自殺に追い込んだっていうものや。記事が出た当時、事務所は否定していて、話はそこで終わった。しかし、脇中さんの中ではそれで終わっていなかった」
「もしかして、その自殺した男子生徒の姉が脇中さんっていうわけ?」
秀美は全てを察したように聞く。
「そういうことや。一年前、その事実を知った脇中さんはショックを受けた。週刊誌に載る前、事務所に確認があったそうや。事務所に呼ばれた二人は、記事の事実を認めた。しかし、事務所は人気絶頂の二人のイメージが下がるのを恐れて否定した。その時から坂上さんに対する殺意が芽生えた。そうやないですか?」
篤史は佐和子に殺意の有無を聞くが、何も答えない。
「さっき証拠がないと言いましたが、あなたのカバンの中から睡眠薬と思われる薬が見つけました。坂上さんが飲んだ紙コップに付着した睡眠薬と指紋などを調べたらすぐにわかる事だと思いますよ」
篤史は佐和子が言い逃れ出来ないように証拠を出す。
「そうよ...私が恵介を殺害したのよ...」
篤史に証拠を出された佐和子は、これ以上否定出来ないと思ったのか認めた。
「なんで恵介を...?」
行雄は涙を堪えながら聞く。
「弟を自殺に追いやったからよ。私は大学卒業後に今の事務所に就職した。弟の事はずっと胸にしまっておくつもりだった。でも、positionのマネージャーとなり、一年前にあの記事が出た時、驚いてしまった。社長と確認したら本当だと認めた。行雄も知ってると思うけど、記事を書いた記者にお金を渡して、これ以上、何も書くなと社長が忠告した。だけど、私は恵介を許す事は出来なかった。弟は自殺なんてしていなかったら幸せに暮らしていたはずなのに、恵介は芸能かという華々しい世界で活躍してるなんて不公平だと感じ始めた。それで今日、殺害する事にした。でも、誤算が生じた。それは小川君が高校生探偵だということ。もし、小川君が高校生探偵じゃなかったら...」
佐和子は自殺した弟の事が悔しかったのか涙を流した。
「行きましょうか」
罪を認めた佐和子に、水野刑事が促した。
事件が解決してあっという間に十日が経った。事件が解決した翌日、恵介を殺害したのはマネージャーの佐和子だと報道され、芸能界は激震が走った。
一年前の記事も本当の事も事務所が認め、positionは事実上の解散となった。四月に新曲も発売予定になっていたが、それも発売中止になってしまった。
ファンの篤史は自分が関わった事でこれで良かったのだろうかと思っていたが、事件が起こった以上、見過ごす事は出来なかったため、自分はやるだけのことはやったという思いがあった。
(positionには二度と会えへん。でも、あの日、イベントで会えた事はオレに一生に思い出や)
一度、ファンを辞めてしまおうと思っていた。だが、それ以上にそんな簡単にファンを辞めるという気持ちにはなれなかった。
部屋でpositionのファーストアルバムを聴いていた篤史のあの日、自分がいなければ・・・という思いを打ち消してくれるようだった。