表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

温故悔新

作者: つー

 ある初冬の宵、Sはインターネットを通じて、仲が良い大学の友人と会話していた。

「S、単位が危篤状態なのに、昨日からレポートが一文字も進んでいないんだ。俺は一体どうすればいい……」

「教授に土下座する」

「いや、それはもうやった」

 嘘をつけ、とSは目配せでツッコミを入れる。

「サークル活動に死力を尽くすからそうなるんだ。学生の本分は学業だって僕の妹が言ってた」

 そんな中身のない四方山話(よもやまばなし)の最中、突然友人が叫んだ。

「時代は俳句だ!!」

 二人の間に沈黙が降りる。数分の膠着(こうちゃく)の後、折れたのはSだった。

「……ああ、お前は明治生まれだったな」

「ちがーう! 俺は生まれながらのデジタリアンだ」

「文系にデジタルをかたる資格はない。それより、今度は俳句研に入ったのか?」

 Sの問いかけに、友人が得意げに答える。

「その通り。そうだ、ここで一句披露してやろう。目には青葉山時鳥(やまほととぎす)初松魚(はつがつお)……」

 どうやら友人は、Sがその句を知らないと思っているようだ。Sは呆れを隠さずに言った。

「どうせならオリジナルが聞きたかったな」

「な、なぜばれたんだ? 理系に俳句がわかるわけ……」

「時代はハイブリッドだ」

「ぐう」

 Sにやりこめられた友人は、気を取り直して説明を始めた。

「ふふ、もちろん俺の好きな句として紹介するつもりだったんだ。これは、初夏の季節感を視覚・聴覚・味覚で表現した、味わい深い句なんだ」

 青葉の色に山時鳥の鳴き声、初松魚の味。なるほど言われてみれば面白い、とSは思った。しかし、その情景をありありと想像できるわけではなかった。

「でも、いまいちピンとこないなあ。古い句だし、現代には合っていないんじゃないか」

「そりゃ昔の人は、自然とかけ離れた生活なんて想像もしなかっただろう。しかしSよ、現代風にするとしたら、どんなものが入ると言うんだ? そうだ、文句があるならアレンジしてみろよ」

 友人の無茶ぶりに困り果てるSだったが、少し楽しそうだとも思ったので考えてみることにした。夏っぽいものを思い浮かべようとしたが、どうにも現代人には季節を感じる能力が欠如しているらしく、全然出てこない。浮かぶのは、恒温の部屋でネットサーフィンをしている自分ばかり。結局Sは、季節感がまるでない句しか作ることができなかった。

「よし、まあこんなもんだろう。目にはグラス電子の歌姫フードポルノ……」

 そうSが歌うと、友人は真面目くさってうんうん唸り始めた。審査に要した時間、実に三秒。友人がおもむろに口を開いた。

「いや、普通に零点だ」

「えー、なんで。これでも知恵を絞ったんだけど」

「まず季語がない時点で俳句になっていないだろう。それに、初夏はどこに行ったんだよ。これじゃあ季節感のキの字もないじゃないか」

 もっともな批判なので、Sは特に不服ではなかった。しかし、友人の言葉はひどく現実から逃避しているように感じて、気付けばSは思ったことを口走っていた。

「でも人類はもう、目も耳も口も退化してしまって、このサイバースペースの外では季節感どころか、五感さえ満足に生じやしないじゃないか……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ