めでたしめでたしのその後で
「こうして、子ぎつねは人と歩む一歩を踏み出しましたとさ、めでたしめでたしってね」
こたつの中でぬくぬくとしながら、さおりが得意げな表情で話を締めくくり、ぱっと絵美の方に顔を向けた。
「どう? なかなかよかったでしょ」
「話が長い上に、物語が単調で子供には難しいですね。だから、飽きられて寝られるんですよ」
さおりの問いかけに答えたのは絵美ではなくコンだった。絵美はというと、コンの大きな金色の尻尾にしがみ付いて気持ちよさそうにぐっすりと寝ていた。コンの腰からは金の尾が八本。長い黒髪とは対照的に広がる尾は美しいようで、どことなくちぐはぐな感じを醸し出している。絵美に捕まれた一本を除き、七本の尾を器用に使ってコンは絵美にこたつ布団をかけた。
「ぶー、何よもう。どうしてコンの尻尾にいくのよ」
「さあ、どうしてでしょうね」
「私も尻尾を作ろうかしら」
「邪魔だからやめてよね」
と、麻美が会話に入ってきて、さおりが「えー」とふて腐れる。麻美の手には夕飯を乗せた皿。おいしそうな香りを漂わせながら、麻美はコンの尻尾を跨いだ。
「コン様、もうご飯だから絵美を起こして。あと、尻尾もなおして、邪魔」
「人の尻尾を散らかったおもちゃみたいに言わないでくれ」
コンは麻美の言葉にため息を吐きながら、「絵美、起きなさい」と少し体を揺らして起こす。絵美が「むぅ、ごはん」と目をこすりながら起きた。コンは絵美が起きたのを確認すると尻尾を消して、人の状態へと戻した。絵美が「あっ、しっぽ……」と名残惜しそうするが、夕ご飯であるので「また今度な」と宥めて、コンは立ち上がった。
「よし、手伝おう」
「じゃあ、お願い。私はお父さん呼んでくるわ」
「わたしもいくっ」と絵美が元気よく言い、麻美の後ろについていった。コンは台所に移動し、残りのおかずを持ち、テーブルへと運んでいく。料理をテーブルに置いた所でさおりがポツリと呟いた。
「それにしても、もう八本かぁ。もうすぐ九本になるかしらね」
「さあ、どうでしょうね」
ふふっと微笑むさおりに、曖昧に笑ってコンは答えた。
「現代となっては何本でも構わないでしょう」
「現代だからこそ、価値があるのよ。今度、耳と尻尾を出して写真撮るなんてどう? きっと人気が出て、一躍有名になるわ。あと、絶対高く売れるし」
「アホなこと言ってないで、さおり様も手伝ってください」
「もう、少し位ノってもいいじゃない」
「はいはい」と適当に返し、お茶碗にご飯を盛っていく。
「あと、明日、お昼に私は出かけてきますから、お昼ご飯はどうにかしてくださいね。麻美も出かけるそうですからね」
「えー、もうどこに行くのよぉ?」とめんどくさそうにするさおりに、コンはため息を吐いた。
「まったく、白々しい」と言った私は悪くない。知っていながらさおり様は演技がかって言うのだ。
コンの返答にさおりはクッと堪えたように笑い、「何のことかしら?」と惚ける。
「でも、ほんとに一途ね」
「さおり様ほどではありませんよ」
「ホント、どうして麻美もコンも大人になると可愛げがなくなるのかしらね」
「さおり様のおかげですよ」と皮肉を込めて言った所で、絵美が「お父さん呼んできた」と戻ってきた。絵美は急いでこたつの中に潜り込み、ご飯を目の前にまだかまだかとそわそわしながら待つ。端をそれぞれ置き終わった時、麻美たちも戻ってきて全員がそろった。
そして、待ってましたと言わんばかりに絵美は手を合わせ、それに合わせてコンやさおりも手を合わせた。
「いただきまーす!」
からっと晴れた青空。ある山の中腹の開けた場所。そこは一面降り積もった雪によって広がる銀世界。その銀世界の中に埋もれるように一つの墓石がぽつりと立っていた。いつもと違っておめかしをし、身なりをきれいに整えたコンはさくりさくりと一歩一歩雪の中を進んでいき、その墓石の前にたどり着く。墓石はかなり古く、角は削られて丸くなっており、墓石に掘られた文字も劣化してほぼ何を書いているのかわからないほどだった。
コンは手で優しく墓石に積もった雪を払い落し、水だけ入った花瓶を添える。
「もう、何年経ったんだろうな……」
コンは墓石に語り掛けるように、そして懐かしむように優しい声音で呟いた。
「初めて会った時は、まさか、あなたとこんな関係になるなんて思いもしなかったのにね」
もう何百年も経つのに、昨日の事のようにあなたとの日々を思い出せる。それだけあなたとの日々が私にとっては大切なものだということ。
「あの時はいろんな人に反対されたこともあったけど、私は全く後悔していないよ」
人とあやかし。種の違うからこそ、問題があった。至極単純で、単純が故にどうしようもない問題。
寿命の違い。
だから、私たちが一緒になることに周囲は反対した。でも私たちはそれを受け入れて一緒になった。確かに別れは辛かった。来ることが分かっていても辛いことには変わりなかった。
でも、辛いことよりも幸せだったことの方が重要だ。別れ際にあなたが「幸せだった」と言ってくれただけで十分だ。あなたと過ごした日々が、出来事が、全てが愛おしい。
「あと、さおり様も相変わらずだし、神社の方もまあまあだ」
ふっと頬を緩める。毎年同じようなことを言ってるが、その気持ちに嘘はない。
「ありがとう、あなた。あなたの妻になれて幸せでした」
ぽんっとコンの手に一つの花が現れる。この時ぐらいは、さおりのいう不思議パワーを使ってもいいだろう。現れた花は季節外れのサンザシ。そのサンザシを花瓶にそっと入れる。
「さおり様もお腹すかせて待ってるだろうし、もう帰るね」
そう言って、コンは立ち上がり、墓石に背を向け、木々にの隙間から差し込む日の光によって溶ける銀世界へと歩き出した。