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こんこんと

 窓の外では、こんこんと雪が降る。


 あの時も、こんこんと雪が降っていた。


 雪が降る。ゆっくりと。しっとりと。世界を白銀に染めながら。


 雪が降っていた。残る体温を奪うように。ちっぽけな存在を呑み込むように。


 その様子は、きれいで、儚くて、すぐに汚されてしまいそうで。冷たくて。寒くて。優しさもなくて。


 真っ白な世界。何もないと思ってしまいそうなほどに。自分が溶けていなくなってしまいそうな、吐き出す白い息と同じですぐに消える、そういう感覚に囚われてしまう。


 同時に懐かしい思いになる。


 頭を撫でてくれる優しさ。冷たい体を包み込んでくれる温かさ。そして安心をもたらしてくれる存在。


 あなたは私にとって恩人です。あなたが拾ってくれなかったら、私の一生は短くあの場で終えていたでしょう。だから、私はあなたに感謝しています。私の命果てるまで、あなたと共に歩み、あなたの力になれるように尽くしていきたい。


 そして、もう一人。ぶっきらぼうで、不器用で、優しい人。もうここにはいない。でも、あなたに会えたことで私は幸せになることができた。感謝の言葉だけでは表せないとても大切な人。


 雪はこんこんと降り、積もる。橙色に光る太陽の照らす西日が白銀の雪を金色に変えていく。そして、きっと夜の暗闇が雪を黒く覆い込むだろう。


 私の始まりもそんな暗い雪の日だった。


「……さて、と」と呟いて、こたつに入っている一人の女性が綺麗な長い黒髪をなびかせながら立ち上がる。立ち上がるついでに、テレビのチャンネルを子供番組に合わせて、すぐにテレビには子供達たちと一緒に歌っているお姉さんが映し出される。それを確認してから、和室の居間から台所へと足を伸ばす。


 台所に置かれているやかんに水を入れ、コンロで火をかける。台所にある棚から、お茶の葉とココアを粉を取り出した。


 湯飲み三つとマグカップ一つも取り出して、お盆に乗せる。急須にお茶の葉を、マグカップに少し多めにココアの粉をいれて、お湯が沸くのを待った。


 ぴーっとやかんが鳴り始める頃、がらっと玄関が開く音が聞こえた。


「たっだいまー」


 と、元気な声と共に廊下をドタドタと駆けてくる音が聞こえる。やかんの火を消すと、その足音の主が女性の下に飛び込んできた。園児服を着た女の子。この神社の巫女を務める麻美の娘の絵美。優しく受け止めると、りんごのようにほっぺたを真っ赤にして少し鼻水をたらした顔が上を向く。


「にへへ。コンちゃん、ただいま」

「おかえり、絵美」


 言葉を返すと、さらに絵美の顔が満面の笑顔になる。コンちゃんと呼ばれた女性はそのまま「あのねー」と続ける絵美にティッシュを取ってあげて鼻に当てると、絵美はふーんっと可愛らしく、そして大胆に鼻をかんだ。


「あのねー、やきいも買ってきたんだよぉ」

「お外から帰ってきたから、お手々洗って食べようか」

「うん、あらうー」

「あと、うがいもしような」


「わかったぁ」という元気な声と共に絵美は流し台に乗り台を持って置き、ひょっこり流し台に顔を出して、腕を思いっきり伸ばして蛇口をひねり手を洗い始める。コンは絵美が手を洗っている間に、新しく一つコップを取ってそこに緑茶を注ぎ、冷ます為に水をいれる。温くなった緑茶を手を洗い終えた絵美に渡してうがいをさせた。


 そこまでして、ようやく玄関を閉める音が聞こえて居間へと歩いてくる音が聞こえる。きっと絵美は家に着くちょっと前から走ってきたんだろうとコンは思う。絵美の考えている事。それに合うように、コンはココアにお湯を注ぎ、玉ができないように丁寧に混ぜていく。


 絵美はと言うと、うがいを終えてこたつへと一直線に突っ込んで行き、すっぽりと入り込んだ。きらきらと輝かせた目で子供番組を見ている。こういう純真無垢な子供はかわいい。一緒にいると、温かい気持ちになる。そう思いながら、コンは出来上がったココアを絵美の目の前に置く。


「コンちゃん、ありがとぉ」


 子供特有の間延びした声が耳をくすぐる。


「ただいま」「うーさぶっ。ただいまー」


 居間に響く二人の女性の声。一人は絵美の母親である麻美。もう一人はここの神社であるさおり。その二人の声に絵美は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。


「おかえりなさい」「やきいもっ!」


 麻美は、少し呆れた様子を見せながらもその手にぶら下げる袋を絵美の前に置いて、丸くなった新聞紙を取り出し広げていく。


「お茶いれてきます」


 コンは一言置いて、台所に向かう。「お願いー。寒くてたまんないわー」とさおり様は言ってこたつに身を丸める。用意していた湯飲みに緑茶を注いでいく。先ほどまで静かだった居間でも、すっかりと賑やかになる。


「ほら、慌てないの。熱いでしょ」「やきいもー、食べるー」「ふぅふぅして冷まして」

「あーっ、さーちゃんそれ私のぉ、えみのぉ」「いいじゃない、私も食べたいの」「さおり様の分あるでしょ。子供相手に何してるの?」

「世の中、弱肉強食なのよ。そういうのは早く教えていた方がいいと思うわけよ」「ほら絵美、こっちを食べなさい」「って聞いてる? ねぇ、聞いてよ。ねぇねぇ」「さおり様、めんどくさいから後で」「え、めんどくさいって自分のとこの神様に言う?」

「それ以上うるさくするならおやつ抜きにするから」「おおぅ、神様を脅すのか。やれるものならやってみろー」「絵美、良かったね。やきいも二つ食べれるよ」「えっ、ほんとぉ」「え、ってあれ、いつの間に…………ごめんなさいぃ、静かに食べるから返してー、やきいもー」

「だってよ、絵美どうする?」「うー、うん、いいよぉ。こんないっぱい食べれない」「あぁ、絵美はやさしいのぉ。絵美はまるで神様だぁ。そのままキレイな心で大きくなるんだよ」「うんっ」


 何を言っているんだか、と呆れた様子の麻美の姿が目に入る。賑やかになり過ぎな気もしない事もないが、しんとするよりは賑やかな方がコンは好きだ。湯飲みに緑茶を入れ終わり、ついでにみかんの入ったカゴをお盆に乗せて一緒に持って行き、それぞれの目の前に置く。


 そして、さおり様がやきいもを口に運ぼうとしている所に釘をさした。


「さおり様、食べる前に手洗いとうがいをしてください。あと麻美もな」


 麻美の方はすんなり立って台所の方に向かうが、さおりはやきいもを手に固まっている。ぎぎぎと音がなりそうに首だけをコンの方へ向けた。


「ほら、私、神様の不思議パワーで清潔にしたし……」

「ダメです」

「いや、清潔だってばい菌一匹居やしないって」


 言い訳をすっぱりと切り捨てたのに関わらず続けるさおりに、コンは言葉を付け加える。


「絵美が見てますよ」


 子供は大人の真似をする。大人を見て、真似て、育っていくのだ。さおりと絵美の目が合う。じぃっという擬音語を付けてもいいほど、絵美はしっかりとさおりを見ていた。さすがのさおりも耐えられず、やきいもを置いた。


「手を洗ってくるよ」


「さーちゃん、えらい、いい子」

「でしょう。さーちゃんは偉いからね。いい子だからね。ちゃんとするんだよ」


 さおりはこたつから出て、少し名残惜しそうに台所に行く。手を洗い、うがいをするくらいすぐに済むのだから名残惜しくする必要もないと思うのだが、それは気にしない事にする。絵美はさおりが手洗いに行って、満足そうにしている。


 ぽんっと絵美の頭に手を乗せる。そのまま、ぽんぽんと軽く手を上下させ、くりっと撫でる。絵美は一度、こちらに顔を向けて笑顔になりテレビに視線を移す。


「コン様って、そうやって子供を撫でるの好きよね。いつも撫でてる」


 後ろから声がかかり、ぴくっと反応する。絵美を撫でる手は止めずに顔だけ麻美の方に向けた。


「うん? 麻美も昔みたいに撫でてやろうか?」

「私はもう大人です。一児の母です」

「こっちから見ればまだ子供だよ」

「歳で決めないでよ。と・し・で」


 麻美はふんっと少し鼻を鳴らして、台所へ踵を返した。


「ご飯の準備か? 手伝おうか?」

「いいわよ。一人で、大丈夫よ。コン様は絵美とさおり様の相手してて」


 麻美の返答に「わかったよ」と返すと、手を洗い終えたさおりが麻美に飛びつく。


「私を手のかかる子供のように扱うかー」


「手のかかる子供よッ」と麻美がひっぺがえして、居間へと放り投げた。放り投げられたさおりは標的をコンに変えて、泣きついてきた。


「あんなにかわいかった麻美がいじめるー」

「私は麻美に賛成ですよ」

「コンまでひどいっ」


 しくしくとわざとらしい泣き声をつけて、さおりは手を顔に当てる。コンと麻美はそれを見て小さくため息をついたが、絵美はそんなさおりを見かねてか食べ終えたやきいもの皮を置いてさおりの頭を撫で始めた。


「よしよし、さーちゃん大丈夫」


 さおりは感極まったように、絵美を抱きしめる。


「ああ、絵美はなんていい子なんでしょう」


 さおりは芝居がかったように絵美を褒め、絵美の方も満更でない様子で嬉しがっている。にんまりと笑顔を作る二人に呆れながらもコンは頬を緩めた。


「じゃあ、いい子な絵美に今日もお話をしてあげよう」

「本当っ! やった」


 さおりの言葉に絵美が大いに喜んだ。さおりも機嫌よくそのまま絵美を膝に乗せる。ちょっと甘やかせ過ぎな気がするがこれもいいだろう、とコンは思う。


 何せ、あのさおり様なのだから。子供が大好きなさおり様なのだから。


「むかーしむかし──」


 さおりの優しい声が響き、コンはその声に耳を傾ける。


 懐かしい、そして心地よい響き。かつての自分がそうされて喜んだように、絵美も素直に喜んでいる。その二人の様子を眺めるのが、心から嬉しく、温かい気持ちへとなっていく。


「ある所に、一匹の子ぎつねがおりました」


 そして、さおりの昔話が始まった。

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