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腐り姫  作者: 潮原 汐
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 男の目が覚める。

 呼吸は早く、鼓動も忙しない。

 よくは覚えていなかったが、酷く恐ろしい夢を見ていたに違いないと男は思った。

 落ち着くまで天井を見上げる。

 ふと、そろそろこの天井も見納めになるだろうという予感がした。

 ここは男の家ではない。

 男は罪を重ね、死刑判決を受けていた。死ぬ時を待つために、ここにいる。

 そして、その時は訪れた。

 刑務官が来て、男の罪を連ねる。

 男自身、覚えていないものばかりだった。

 こんなに騙したろうか、

 こんなに盗んだろうか、

 こんなに殺したろうか。

 しかし、もし一つ二つ数え間違いがあったとしても、自分の罰は変わらない。

 到底釣り合うとは思えぬ罪と罰の天秤に、自らの命をかけるだけだ。

 刑務官がようやく口を閉じ、男は房の外へ連れ出される。

 長い廊下を歩き、長い階段を下りた。それから、また長い廊下を歩く。 それを何度も繰り返した。刑務官は途中で何度も入れ替わった。

 廊下の内装はすっかり様変わりしていた。鉄板を踏む音を、コンクリートの壁が跳ね返す。

 無数の廊下と階段と刑務官を過ぎて、男は大きな扉の前に着いた。宇宙服を着た人間が二人、番をするように立っていた。

 刑務官が踵を返して去り、宇宙服の一人が男の傍につく。もう一人は扉のハンドルを回した。錆びた金属のこすれる音が鼓膜を掻いた。

 扉がゆっくりと開かれる。

 先にあるのは暗闇に沈む階段だった。

 男はなんとなく、その向こうで誰かが待っているような気がした。死に行く自分を待っているのだ。それはきっと悪魔か死神だろう。

 宇宙服に背中を押されて、男は階段を下りる。

 どの階段よりも長いそれの先には、広い空間があった。弱い明かりが、朧気に床を照らす。

 空間には、ただ一つのものだけがあった。

 膝を抱えた、裸の少女だ。

 男は少女を見て確信した。彼女が、自分を殺す存在だと。

 何も持たない少女であるが、自分は間違いなく殺される。

 そして、それが正しいことだと思えた。

 宇宙服が壁を叩く。そうして現れたボタンが押されると、空間と階段の間のガラス扉が開いた。

 男は二重のそれを抜け、少女に歩み寄る。

「なあ、また来たぞ」

 自分の口から出た言葉に、男は首を傾げた。

 どうして自分は、また、などと言ったのだろうか。

 少女と会うのは初めてだった。にも関わらず、その言葉は至極当たり前に出てきた。

 声をかけられた少女は目を丸くしていた。少女の表情に男は懐かしみを覚える。

 得体の知れない何かが、男の頭の中を駆け巡る。

 自分でない自分、それでいて確かに自分の自分達が――。

 それが何であるか、答えは出そうに無かった。

 熱に浮かされた時のようにぼーっとして、意識の端が揺らいでいく。

 また、終わりか。

 気づけば両腕は腐り落ちていた。

 男は膝から崩れ、少女の胸の中に倒れ伏す。

 目だけを動かして見た少女の顔は、やはり泣いていた。

 いつもいつも、どうして。

 声にならない悲鳴を上げながら、男は果てた。

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