一、僕は悲しい受験生
「はあー。やっと半分かあ」
天童祐輔は、机に向かって大きく息を吐いた。
左手には数学の参考書が、祐輔をせかすように大きく開いている。
その参考書には赤ペンで何本もの線がびっしりと引かれていた。
その隣に開いているノートには、細かい文字でぎっしりと、計算式が羅列されている。
後から見てもよくわかる、上手にまとめられたノートだ。
祐輔は体を後ろに反らし、大きく伸びをした。
それから壁に掛けられている時計の針を見る。
午後十時四十分。
二時間ほど集中して勉強していたようだ。
それでもまだ、予定の半分しか終わっていない。
この調子だと終わるのは午前一時過ぎになる。
また睡眠時間が短くなるなあ、祐輔はそんなことを考えていた。
祐輔は、地元の県立高校に通う、花の高校三年生である。
祐輔の学校は特段の進学校という訳ではなかったが、クラスの大半は大学進学を志望している。
あとは専門学校志望がほとんどで、就職希望の学生はほんのわずかしかいない。
御多分に洩れず、祐輔も大学進学を志望していた。
それ故、ただ今大学受験に向けて猛勉強中である。
祐輔の仲の良い友達は皆大学志望であり、同じ受験生であった。
上位どころから中堅どころまで、志望大学は様々ではあるが、皆祐輔と同じように毎日勉強に明け暮れている。
しかし、その内の一人は既に学校推薦で合格を決めており、残り少ない高校生活を謳歌していた。
祐輔はそんな友達を羨ましがりながら、自分も早く合格をしてこの受験地獄から抜け出したいと思っていた。
祐輔の志望学科は、診療放射線技術専攻である。
放射能、放射能と叫ばれている昨今、放射線技師になって放射線を人々の命を守るために使いたい、そう考えていた。
そんな祐輔を、父も母も弟も応援してくれている。
祐輔の家は決して裕福なわけではないが、人並みの暮らしが出来ている中流家庭だ。
祐輔が進学したいと言ったときも、両親は二つ返事で承諾してくれた。
しかし、二つ下の弟も大学進学を考えており、祐輔が浪人することは両親に重い負担をかけることになる。
祐輔はそんな両親の事を思い、現役で大学に合格することだけを目標にこれまで頑張ってきた。
そして、早く両親に楽をさせてあげたい、そう心の中で思っていた。
「さてと、あと半分頑張るか」
祐輔は、そう独り言のように呟くと、再び数学の参考書と格闘し始めた。