ギルドと魔法使いの少女。5
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「そう言えばさァ」
森の中をザクザク歩いて帰りながら、俺はふとした疑問に口を開いた。
「はい?」
「俺たちが依頼を達成したって、どう証明するんだ? ゴブリンは消滅しちまったけど」
帰る段階になっていまさらな疑問だと自分でも思う。っていうか、本当にどうすんだ? なんか不安になってきた。
――『安心せい』
――ベリアル?
「あ、それはですね」
ベリアルが何かを言いかけていたが、それよりも早くフローラルが口を開いた。
「ギルドで渡された依頼書に、【追跡】魔法が掛かっているんですよ」
「トレース?」
――『いわゆる追跡魔法だ。使い魔を使用するのがメジャーだが、まあ、要は対象を尾行したり探したりする魔法だな』
――へぇー。
魔法ってのは奥が深い。
奥が深いと言えば、この思念会話もだ。色々と疑問は尽きないが、まそれは置いてくとして。便利なのは漢字やフリガナも含めて伝わってくる事だ。だから余計な質問を省ける。
「でも、それでどうして魔物を倒したかどうかが分かるんだ」
ついでに言うと、思念会話をしながら発声会話をするのにも慣れてきた。
「依頼書に掛けられたトレース魔法はちょっと特殊で、依頼を受けた人が討伐した魔物の種類や数を記録するんです。だから、依頼書は報告書でもあるわけなんですっ」
なるほどなるほど。
「なら、依頼書はちゃんと持ってないといけないのか。……落としてないよな?」
「さ、流石に大丈夫ですよっ」
言いながら、フローラルはポーチから丸めた依頼書を取り出した。うん、オッケーオッケー。というか、『流石に』とか言うあたり自分が間抜けだって自覚はあるっぽいな。もしくは、昔に無くした事があるとか。
「つか、詳しいな」
純粋にそう賞賛すると、フローラルはえへへ、と嬉しそうに顔を綻ばせた。
「実は私も昔、同じことを不思議に思って受付さんに聞いてみたんです。だから、今のはその時の受け売りなんです」
「ふぅん」
そんな話をしながら、俺とフローラルはスタチアへと続く街道に出た。
♌ ♌ ♌
「はい、確かに依頼は無事達成していらっしゃいますね!」
渡された依頼書を数秒間だけ凝視した受付嬢さんが、元気よくそう言って、俺とフローラルはホッと胸をなでおろした。
これで、彼女のギルド証剥奪は免れたという訳だ。
「これが報酬の銅貨二十枚です」
受付嬢さんはカウンターの下から麻布の小包を取り出して、俺たちへと差し出してくる。代表してオレガ受け取ったが、重さは割と軽い。
――ベリアル。銅貨ってどんぐらいの価値?
――『あちらの世界でいう十円相当だな。銀貨は百円、金貨がとんで千円だ』
――マジか。
だとすると、この世界の物価はかなり安いようだ。露天商なんかを見ていた限り、銅貨一枚でパンひとつ買える感じだった。安い。
「あの、リオン?」
何となく感嘆していると、フローラルが恐る恐る声を掛けてきた。
「なんだ?」
「えっと、あの……」
何かを言いかけて、彼女は黙ってしまった。なんなのだろうか。
「! ああ、報酬か? それなら五分でいいぜ。思ったよりもらえたし」
「ち、違いますっ!」
違うらしい。そうだと思ったんだが。
「だったら、なんだよ?」
「えっと……だ、だから……っ」
フローラルは少し涙目になっていた。混乱というか錯乱している感じで目玉の動きが忙しない。意味が分からず???となる俺に、ベリアルが――『はぁ……』とため息を吐いた……気がした。
「アイシャちゃん、頑張ってっ」
なぜか受付嬢さんも応援し出した。
「で、ですから、あのぉ……」
「うん」
ようやく、フローラルは決心がついた様子だった。
「わ、私とっ、パーティーを組んで頂けませんか!?」
「……はァ?」
何を言い出すのだこのダメ魔法使いは。
「さっきまで組んでたろ?」
「そ、そうじゃなくてっ。ず、ずっとと言うか、これからもって言うか……」
――ああー、なるほど、そういう事。
――『やっと理解したのか阿呆』
――黙れ。
まぁ、でも、どうしようか。
というか、これは俺が決めていい問題なのだろうか。俺がこの世界に召喚されたのはベリアルの『ある目的』なるものを達成する駒としてだ。そして俺がギルドに登録したのは、旅をするのに有効だとベリアルが言ったからだ。
――ってことで、どうする? ベリアル。
だから、俺はある意味では主人的な立ち位置であるベリアルに訊ねた。
その回答は、
――『ふぅ。この少女を助けると決めた時は勝手に決めたくせに、こういう時だけ我に任せるのか?』
――うっ……そう言えば……。
確かに、あの時は思わず独断で動いてしまった。
――『要は、そういう事だ』
――……俺が決めろ、って? でも、目的があるんじゃ?
――『実際のところ、急いだところで簡単に解決できる問題でもない。今はむしろ、リオがこの世界で生活し、成長することの方が大事なのだ。だからしばらくはお前に一任しよう』
時が来たら言うさ、と締め括ったベリアルの言葉は、つまるところ丸投げという訳だ。いい意味では放任主義って事か。手助けはしてくれるだろうから放任では無いけど。
しかし……そうなると余計にどうするか。
「なァ、どうして俺と組みたいんだ?」
今俺たちはギルドの受付でこんなやりとりをしている訳だが、なぜか受付嬢さんはニコニコしているし、他のやつが依頼を受けに来る様子もない。ま、他にも窓口は幾つもあるからだろうけど。
「あ、の……それは……」
「いいから、言ってみ」
「り、リオンと一緒にいると、上手く行くんです……魔法が。あ、きょ、今日は何回もミスしちゃいましたけど! でも! あれでも凄く上手く行った方なんです! 特に最初なんて、『もしかして初めて一発で成功する!?』って思っちゃったくらいに!!」
……急に、マシンガンのごとくバァーっと喋り出した。ちょっと圧倒される。
「だから、リオンと居れば私もいつかまともになれると思うんです! 今は、見習いみたいなものですけど……だから、えっと……」
そして、空気の抜けた風船のように急激に尻すぼみになっていった。勢いの安定しないやつだ。
もじもじしだしたフローラルはほっぽって、俺は思案する。
今のは要するに、俺を利用させてくれということだろうか。正確には俺ではなくベリアルの魔力が彼女に影響を及ぼしているんだろうが、まあ今のところは同義だ。
ただ、こいつの場合その手の打算で人付き合いをするとは思えない。出会ってまだ一日も経っていないがそれくらいは分かる。
それに、何だか――
――『非才な自分にとって頼られるのは気持ちがいい、か?』
含みのある言い方だが、ベリアルは的確に俺の心情を捉えていた。その通り。頼られる感覚はむず痒くどこか心地いい。十七年の人生で、あまり味わったことのない感覚だ。
――少しくらい、いいよな?
――『それはお前が決めることさ。だがひとつ言えるとしたら、リオはこの世界では紛れもない“才能人”だ、ということだな』
それはつまり、この世界で俺は頼られる存在である、って事なのだろうか。真意は分からないが、俺はそう受け止めた。
だったら、答えは自ずと決まってくる。
「パーティーになるんなら、敬語はナシだな」
「えっ? ……それじゃあ?」
「ああ、ヨロシクな、フローラル」
そう言って手を差し出すと、少し上気した顔でフローラルも手を差し出してきた。
「アイシャ、でいいです……じゃない、いいよ、リオン」
軽く握り合わせた手の上に、受付嬢さんが優しく手を乗せてくる。
「パーティー契約、受理します!」
なぜか、受付嬢さんは泣いていた。意味わからん。
とにかく、俺とフローラル……いや、アイシャはこうして、正式な仲間になったのだった。
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金髪美少女ダメ魔法使いのアイシャ・フローラルが仲間になりました。
小段落が一区切り付いたって感じですね。
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