ギルドと魔法使いの少女。4
※詠唱失敗……魔法の詠唱を失敗する事(そのまんま)。主に精神集中時に妨害される事で起こる。
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「(居たな……ゴブリンだ。数は二匹か)」
「(あれを倒せば以来達成ですね)」
茂みに隠れて、俺とフローラルはヒソヒソ声で会話をしていた。俺たちの視線の先には、目標が二匹。
身長は小学生の子供くらい。頭だけが異様に大きく発達していてとてもグロテスクだ。ハッキリ言って気持ち悪い。
上半身は素っ裸で、体はガリガリの痩せすぎ体型。手足もひょろっとしていて、すぐに折れそうだ。ここまでは、俺が索敵で見たのと変わりない。
肌の色は苔みたいな緑で、キョロキョロというよりギョロギョロと周りを見回している目玉は黄色く濁り、真ん中の瞳孔が異常に目立つ。これは自分の眼で見て初めて分かったことだが、何となく想像はついてた。想像以上にキモイけど。
「(それじゃあ、このまま奇襲して一気に倒しましょう!)」
あくまで小声で、フローラルが意気込んでいた。が、
「(何言ってんだ)」
「(え?)」
「それじゃあ、詰まんねーだろ?」
言いながら、俺は勢い良く立ち上がって茂みから飛び出した。後ろで「えっ、ええぇー!?」とフローラルが叫んでいた。
「ギィッ!?」
俺たちが立てた物音と声に反応してゴブリンが素早く振り返る。しかし、本当に気持ち悪い……じゃなくて。
――ご丁寧に二匹でいるとは、ご都合主義だなぁおい。
――『というよりも、ギルドがこの世界の都合に合わせているのだがな』
――どーいう意味?
ゴブリンと相対しながら、俺は思念でベリアルと会話を交わす。右手で背中に吊るした剣の柄を掴み、思いっきり引き抜く。ギャリィィーン……と気持ちのいい音が森に響いた。やぁー、ゾクゾクするな!
――『ゴブリンは通常、集団で動く。それを見越しての、〈二匹以上〉という訳さ』
「なぁるほど……」
興奮のあまり思念でなく普通に発声してしまったが、まあ問題なかろう。こんな低能そうなゴブリンに人語か理解できるとは――
「ケッ、人ダゼ、オイ!」
――……思わなかったな。
「り、リオン! なんで飛び出しちゃうんですかぁ……ッ」
遅れて追いついてきたフローラルが、責めるような調子でそう言った。文句言うな、俺の依頼だ。
まるであっちの世界のゴロツキみたいな態度だったゴブリン共は、フローラルを見た瞬間、色めき立った。
「オイ、女ダゼッ! シカモ上玉ダァ!」
「ヒヒッ、美味ソウダナッ」
うっわ、下品。とんでもなく下卑た笑みをゴブリン共は浮かべているんだが、元がかなり醜悪なだけに酷く不快な気分になった。
その下品な言葉の矛先であるフローラルは、
「ひぃっ、だ、だからゴブリンは嫌いなんですよぉ!」
と半泣きだった。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。まぁ、確かに女性の敵っぽい生物だよな。ゴブリン。
「さぁて、顔見せも終わったし……そろそろ行くぜ」
ぶっちゃけ自分がどれだけ動けるかは知らんけど、そこはほら、
――頼りにしてるぜ? ベリアルさんよ。
――『安心して思いっきりいけ、リオ』
こっちにゃ自称とはいえ神様がついてるんだ、負ける気がしないね。
ベリアルの思念から数瞬後、一瞬だけ目の前が青く染まった。次の瞬間には、なんだか俺の体が軽くなった感覚。
――『体術と剣術の天性を貸してやったぞ』
――オッケー……!
準備万端!
「え、あ、もう戦うんですか!?」
「いまさら何言ってんだ? それにほら――」
本当にいまさら怖じ気付いてるフローラルを叱咤しつつ、俺は向こうを指差す。
「あちらさんも、ヤる気満々みたいだぜ?」
指差す先で、ゴブリンが、猛っていた。
「オンナ、女ハ剥イテ〇〇〇ヲ〇〇〇ニブチ込ンデ〇〇〇シテヤル!」
「オレガ先ダ!」
うーわぁ、禁止用語をサラっと。放送できねーぞおい。
「ひぃぃ……っ! ゴブリンはこれだから嫌いです……っ!!」
「もうそれ言ったから」
まぁ、嫌いだろうがなんだろうが、倒してくれりゃあ何でもいいけどね。
「俺は左手前の奴を殺る! お前は右だっ!」
叫びながら俺は駆け出した。真剣どころか木刀も握った事はないし剣術どころか剣道の経験すら無いが、半ば自動で俺の体は動いていた。剣を大きく後ろに引き絞りながら、俺は低空ダッシュで一気に間合いを詰めた。
「…………シッ!」
大きく左足で踏み込みながら、俺は引き絞っている腕に溜まった力を思いっきり開放。まるで弓を放つように、長剣の白刃が鋭い円弧を描きながらゴブリンの不細工な顔面めがけて走る。
「……ギィッ!」
「なっ……!?」
俺の渾身の一撃は、ゴブリンが素早く左に跳んだ事で空振った。ボォン、と空気を切り裂く音が虚しかった。
――チッ。
初撃で決めるつもりだったが、仕方ない次だ次。自分で自分を擁護しつつ、俺はチラリとフローラルの方を確認した。
彼女は目を閉じ、ゆったりと両手で目の前の空気を包むような格好で立っていた。何となくフローラルの周囲の空気が張り詰めて見える。
詠唱中のフローラルへ向かってゴブリンが走っているが、たぶん魔法の発動の方が早い。どんどんフローラルの両手で包まれた空気が張り詰め、膨張し――――
――――ボフン、とその場で破裂した。
「ひゃっ!?」
間抜けな声を上げるフローラル。ありゃあ……
――『詠唱失敗したの』
――ああ、詠唱失敗したな。
確かに、ダメ魔法使いだ。それもとっておき。
そんな暫定相棒の間抜けな姿に呆れていたせいで、俺は油断をしていた。
「余所見ナンテ余裕ダナァ!」
「…………っ!」
しまった!?
気がついて振り返ろうとした瞬間には、もうゴブリンは大きく飛び上がりながら棍棒を振りかぶっていた。剣の防御は間に合わない……!
咄嗟に、俺は左腕で頭を庇った。直後、ゴンッという鈍い音と、左腕に衝撃。
「痛っ………………たくない?」
衝撃は衝撃でも、軽い衝撃だった。
「ナニィ!?」
驚愕するゴブリン。そりゃあそうだ。防御したとはいえ、今のは確実にクリーンヒットだった。俺自身も驚いている。
そこに、ベリアルの思念。
――『言っただろう、半人半魔の体は全ステータス特化。防御力も並みではないさ』
――……なるほどッ!
「――……らァッ!」
思念の叫びと同時に気合を入れて左腕を振り抜く。「ギィッ!?」と間抜けな声を上げて、棍棒を弾かれたゴブリンが空中で体勢を崩した。……隙だらけだ、間抜け。
俺は全力で、右手の長剣を横に薙ぐ。ビュアッと大気を裂いた刃が、ゴブリンの痩身をあっさりと上下に両断した。枯れ木をまっぷたつにしたような、変な感触だった。
「……ギィ……ぁっ……っ!」
断末魔を上げる間もなく、ゴブリンが体を空中で硬直させ……小さな光の爆発を起こして爆散。後には、小さな光の残滓が漂っているだけだった。
「……ふぅ」
――『初の戦闘にしては上々だな。さすが器用貧乏』
――褒めてんのかそれ。
――『さぁな。我に噛み付くより先にアチラをどうにかしてやったらどうだ?』
声と同時に右の髪を引っ張られたような感覚があり、抵抗せずに右を向く。その先では、
「ひぃぃ……こ、来ないでぇぇー!」
「ヒッヒッヒ! 待テ、オンナァ!」
「…………あー」
何やら楽しそうに鬼ごっこをしているゴブリンとフローラルの姿があった。
――『楽しそうかの、あれ』
――少なくともゴブリンは楽しそうだぜ。もう一人は泣いてるけど。
そのあと、走りながら何度も詠唱失敗したフローラルが六回目にしてようやく放った火球でゴブリンを焼き払い、依頼は無事に達成された。
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