異世界とペンダント。3
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歩く事だいたい20分くらい。ひたすら木、木、木の森だった視界が、不意にパッと開けた。森の中に造られた街道的な場所に出たらしい。凸凹だが、それなりに往来のありそうな道に出た。
さっと左に視線を振ると、その先には大きなレンガの壁らしきものも見える。
「おっ?」
あれが、スタチアの街か。俺にとっての、始まりの街――
――『おい、待つのだ。ちょっと止まれ』
意気揚々と進もうとしていた俺を、ベリアルのそんな声が制した。
「なんだよ、どうしたんだ」
――『いや何、少し言い忘れていた事があったのでな』
そう言うと、ベリアルは俺にもう一度森の茂みに入るように指示してきた。疑問に思いつつ、素直に従っておく。
「それで? 忘れてたって?」
何だかこの世界に来てから疑問符ばかり浮かべている気がする。などと考えつつ、ベリアルの返答を待つ。
――『いやな、お前のその格好、この世界では少し目立つのだ』
「……あ」
なるほど、そういう事か。
俺の今の格好と言えば、あっちの世界の黒い学ランだ。こっちの世界じゃ、確かにこりゃ目立つだろうな。
「でも、どうしようもないだろ。街に入んなきゃ服も買えねーし、つか金持ってないし」
という俺の至極当然な意見を、ベリアルは鼻で笑いやがった。
――『ふっ、間抜けよ。我の存在を忘れてはおらんか?』
「ああ?」
なんか喧嘩売られたぞ。ペンダントに喧嘩売られたぞ?
――『喧嘩など売っておらんわ。お前の被害妄想じゃ』
「……あのさ、言おうと思ってたけど、お前って呼ぶの止めてくんねぇかな」
ベリアルがペンダントと言われるのを嫌がるように、俺だってお前呼ばわりはムカつくんだ。
「黒羽でも理央でもいいけどさ、名前で呼べよ」
――『む、そうか? ではリオと呼ばせてもらおう』
……やっぱり、コイツって偉そうだよな。まあ慣れるしかねぇか。
――『それでは早速だがリオよ、服を脱げ』
「……はい?」
何かとんでもない事をさらりと言われた気がする。気のせいだよな? まさかだっておまえ、ペンダントに脱衣を強要されるとか……
――『アホな思考を聞かせるでないわ。いいから脱げと言っている』
「いやお前、アホなこと言ってんのはお前だよ! 理由を述べろ理由を!」
――『安心せい。リオの裸体になど興味はない。そのままでは、装備を【造り】だせないのだろうよ』
…………はいぃ?
「装備を、つくるだって?」
恐る恐る確認すると、――『そうだ』と力強く肯定された。
――『リオが想像した装備をそのまま造り出し、装備させてやる。だから服を脱げ』
まあ、そういう事なら……仕方ないのか?
疑問は尽きない。尽きないが、仕方がないんで渋々従って、俺は上の服を脱ぎ捨てた。――『ほう、中々……』とかベリアルが漏らしたけど、気にしない気にしない。
具体的にどうすればいいのかは、何となく伝わってきた。ベリアルのイメージが俺に流れてきているのか。なるほど、一心同体ってのも便利だな。
頭の中で、装備をイメージする。と言ってもデザインセンスなんて俺には無いので、学ランをベースの形として適当に黒革のハーフコートをイメージする。暑いので半袖にしよう。
瞬間、俺の周りの空気が澄んだような、同時に密度が上がったような不思議な感覚に包まれた。
「…………!?」
驚く間に、俺の上半身を青い光が覆い、一際強く発光した。思わず眼を閉じる。
次に眼を開けた時、俺は俺がイメージした通りのレザージャケットを装備していた。
「おお……すげぇな……」
堪らず感嘆の声を漏らす。こりゃ凄い、買い物いらずだ。
感心する俺だったが、ベリアルは余韻に浸らせてくれる気はないみたいだ。
――『ほれ、下も同じように脱ぐのだ。早く』
何か、楽しんでねぇか? ……まあ……いいけどさ。
よく考えると、ベリアルの声は性別不詳なわけで、もしかしたら女かもしれない。そう考えるとちょっと躊躇したが、まあ、もう今更だ。大人しくズボンを脱ぐ。
今度も、学ランをベースにする。というかデザインはほぼそのままで、素材だけ動きやすそうなモノに変えたイメージを創り出す。
再び、周囲の空気が変わって、光と同時に俺は新しいズボンを装備していた。
これで俺は、白いインナーに黒のハーフコート(半袖)、そして黒いレザーパンツを装備しただけの青年へとなったわけだ。
「つか、脱いだ制服は――――あれ?」
どうすんだ、と言おうとして、気が付いた。いつの間にか制服が消えていた。
どこに行ったんだ? と思っていると、案外早く答えが返ってきた。
――『ああ、あの服ならばリオの装備を作り出す際の触媒にしたからな。もう魔力の残滓となったぞ』
「はあ!?」
つーかそれなら脱ぐ必要なかったじゃねーか!
――『ふふ、役得というものだ』
「……お前が女なのか男なのかで、今のセリフの意味がだいぶ変わるんだが」
――『なんだ、知りたいか?』
「いや! ……いい。なんか知るのが怖い」
謎は謎のまま、終わらせた方がいいこともあるのだ。たぶん。
――『さて、次は武器だな』
「武器? っていうか、もう触媒は無いんじゃ?」
――『リオよ、お前は我を侮りすぎだ。【せいふく】を触媒にしたのは廃棄の手間を省くため。普通に我の魔力だけで武器くらい作り出せるわ』
「あ、そう……」
怒られる意味は分からなかったけど、取り敢えず(面倒だから)スルーした。
――『そうだな、普通に長剣で良かろう』
「長剣? 俺、剣なんて竹刀すら握ったことねーぞ?」
――『先程も言ったが、それは我が技術を貸与してやるので問題ない』
なるほど。確かにそうか。
納得して、俺はイメージする作業に入った。どんな剣にしようか?
少し悩んで、細身の赤い模様が入った刃の剣をイメージした。俺にはこの程度のデザインが限界だ。
今度は俺の周囲ではなく、目の前の空気が凝縮し、破裂した感覚。パッと目を開くと、眼の前に鞘に収まった長剣が浮いていた。恐る恐る手に取ると、剣を浮かせていた光は勝手に収束した。
――『特別にホルスターも具現化しておいてやったぞ。ほれ、さっさと背負え』
言われて、背中に剣を吊るすホルスターが追加された事に気が付いた。というか、なんで背負うタイプなんだ。
――『我の趣味だ。格好よかろう』
趣味だそうだ。確かにカッコイイけどさ。
「ま、いいか」
剣を吊るして、軽く鞘から抜いてみる。シュラ……と澄んだ音を立てて5センチほど引き抜くと、まるでゲームの主人公にでもなった気分だ。高揚しつつキン――と音を立てて鞘に戻す。
「さて、そろそろ行くか?」
準備万端! と思ってベリアルに声を掛けたのだが、――『いやまだだ』と言われた。
「まだって?」
――『一応、手袋も装備しておけ』
「グローブ? なんでだ?」
まさかまたカッコつけか?
――『違うわ阿呆。滑り止めと、掌を保護するためだ。リオのその薄皮ではすぐにずり剥けてしまうぞ?』
ああ、なるほどな。確かに、そりゃ大変だ。
頷きながら、俺は軽く脳内でイメージを作る。三度目ともなると要領が掴めてきたな。すぐにイメージが固まる。
眼の前に現れたのは、指し抜きの黒いグローブ。手袋と言えばやっぱり指し抜きだろう。指先で細かい作業も出来るし。
ギュッ、とキツく嵌めて、今度こそ
「行くか」
そう言って、俺は一歩茂みから踏み出した。
――『……ああ! もう一つ言い忘れていた!』
ずるっ、と脱力。この野郎(じゃないかもしれないけど)、何度俺の旅立つ決意を挫けば気が済むんだ!?
――『そう言うな。これも大事な事だ』
そう言ってわははと笑うベリアル。正直、実体があったら殴ってやりたい気分だ。
「……で、大事って?」
仕方がないので渋々促す。俺としてはそろそろ早く異世界の街とやらを見たいんだがな。
そんな俺のイライラは、ベリアルの語った内容で緩和された。
――『今、リオは我と話す際に発声しているがな、それは止めた方がいいぞ。なにせ我の声はリオにしか聞こえていないからな』
「……マジ?」
それ、かなり大事な事じゃねーか! 具体的には、今後俺が変人と評価されるか否かを決める大事な話だった。
――『ふっふ。な? 大事な話であったろう?』
「いや、つーか最初に言えよ! ってああ、今の光景を見られたら俺は独りで怒鳴ってる変な奴なのか……!」
――『今は独り言をブツブツ言う変態だな』
「うっさい!」
一言多いんだよこのペンダント様は……。
「でも、それじゃあどうすりゃいいんだ?」
このままだと、宿の自室とかじゃなきゃベリアルと意思疎通が出来なくなるぞ。
――『なぁに、簡単な話だ。今だって、我とリオは言葉を発さなくとも意思疎通が出来ているだろう』
ベリアルの発言の意味を頭の中で反芻して、あっと閃いた。そうか……俺とベリアルは今、一心同体。頭で浮べた考えは、相手にも伝わる。だから――
――頭の中で強く念じれば、伝わる、って事か。
――『そういう事だ』
感覚としては、頭の中で独り言をするイメージ。どの程度強く念じれば伝わるのかとか、細かい部分はまだ分からないが、それは慣れるしかないだろう。
「よし……」
――行くか、ベリアル。
――『うむ』
こうして、出鼻をくじかれた感はあるが、俺はようやくここフリージアの世界で【始まりの街】とも呼ばれるスタチアへと、足を踏み入れた。
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週一、ニペースと言いつつ四回目の更新ですが、週一、ニというのはそう言っておけばあんまりプレッシャーないな、という感じで書いた「タテマエ」みたいなもんです。
実際には更新ペースは気分次第で変わりますが、「最低でも」一週間に一回は更新しようと思います。頑張ります。
……本格始動、できませんでした。次から本当に本格始動します。(負い目があるほど口達者になるという、あれですね)
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