異世界とペンダント。2
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――『異世界。この世界は、お前の居た世界から見ればそういう立ち位置にある』
そう切り出したペンダントの語った内容は、正直、信じられないものだった。
異世界フリージア。自然豊かで様々な、本当に多種多様な種族・種類の生物が暮らす世界。
大小様々な国が各地に点在し、それらは聖王国と呼ばれる大国と、その聖王国で特に力のある【ギルド】、【騎士団】、そして【魔法師団】なる組織に実質的に統治されているらしい。
高校の世界史で習ったポリスがどうとかみたいな関係性のようだが、この世界では国同士での争いはほとんど無いらしい。
その理由が、共通の敵である【魔物】の存在。
フリージアの世界ではいわゆる人類とか動物といった生命体は光明の神フロワールが創り出した存在で、天敵である魔物は暗黒の神ダライモスが創り出した存在である。……という神話があるのだそうだ。
その神話に出てくる神様をフリージアの世界の人間たちは無条件に信仰していて、だから魔物という共通の敵がいる以上、人間同士での争いは行わない、という事だ。
――『とまあ、お前がやって来た世界についての説明は、一旦ここで止めておこうか。残りは追い追い説明しよう』
「いや、まあ……」
正直、この時点でかなり理解不能なんですが。
何、なんだって? 俺が今いるここは異世界で? 俺が立っている大地はフリージアとかいう世界で? つまりは俺は、異世界に召喚でもされたってか?
「……意味が分からん」
――『分からんでも何でも、取り敢えずは納得しろ。そうでなければ話を進められん』
そう言われて、不承不承に頷く。果たしてペンダントであるコイツに俺の動作が見えているのか、という疑問はあるが、まあたぶん伝わっているだろう。なにせ、俺とコイツは『一心同体』らしいからな。
かなり一方通行な気もするが。
俺は今、倒木の上に腰掛けてペンダントが(頭の中に)語ってくる話を聞いている。なぜ俺は死んでいないのか、なぜ俺が見知らぬ場所に立っていたのか。その疑問に答えてもらうために。
そうしてペンダントが話し出したのが、今の、フリージアという世界の説明だった。いきなりフルスロットルで理解の範疇を超えていたが、ペンダントにも言われたとおり話が進まないので強引に納得した事にする。
「それで? 俺はなんで、その、フリージアとかいう世界に居るんだ」
――『いい質問だ。それはな、お前の才能が失われるには惜しかったからだ』
「……なんだって?」
一瞬、意味を理解できなかった。俺の才能が失われるには惜しかった? どういう事だ?
困惑する俺の内心を悟って、ペンダントが痛快だとでも言いたげに声を上げて笑う。
――『ははは。戸惑っているな。そうだろうよ。お前は、自分の非才に絶望して死を選んだのだから』
ずばり的中されて、余計に戸惑う。コイツは、一体どこまで知っているんだ? 一体、いつから俺を見ていたんだ?
いや、そもそも、
「矛盾してるじゃないか。俺は非才人だぜ? なのに才能だなんて」
そう、矛盾している。コイツは俺のどこに才能を見たって言うんだ。俺の非才っぷりは、俺自身が一番、よく知ってるんだ。
だが、ペンダントの声はハッキリと、俺の主張を否定した。
――『違うな。お前には才能がある。お前を非才人としているのは、何よりもお前自身さ。お前のその、器用貧乏を逃げの大義名分にした、お前の性格がな』
「……それは」
素直にそうか、と、頷く事は出来なかった。要するに俺の努力不足だと、このペンダントはそう言いたいらしい。……否定は出来ないが、俺だって、努力をしてこなかったわけじゃない。そんなにバッサリと一言で切り捨てられて納得できるほど、怠惰に生きてきたつもりは――
――いや、高校に入ってからは、確かにそうかもな。
何だか自分でも分からなくなってきて、俺はなんとも返事を返せなかった。
――『ふ、まあいいさ。以前の事などどうでもいいのだ。要は、これからだよ少年』
偉そうに慰めてくる(?)ペンダントの発言に少しイラッとする。コイツは何様だ。というか、ホントにこの喋るペンダントは何なんだ?
「なあ、結局お前は何なんだよ? さらっと流してたけどさ」
――『うむ、そうだな。我もそろそろペンダントと形容されるのが腹立たしくなってきておったし、ここらで自己紹介としようか』
やはり偉そうだ。つか、さっきからしれっとこっちの思考を読むのをやめて欲しい。下手な事を考えられないじゃないか。
そんな事を考えているのが伝わってるのかいないのか、とにかく、ペンダントは一際偉そうに、(胸ないけど)胸を張って、
――『我の名は【ベリアル】。この世界で言うところの、神に相当する存在だ』
ベリアル……なるほど、それがこのペンダントから聞こえる声の名前か。
「って、神? 神ってゴッドの神か?」
――『如何にも! どうだ、驚いたか?』
「え、いや」
驚いたというより、疑問の方がでかかった。
なんで神様がペンダントに?
――『……よくぞ聞いてくれた!』
「いや、なんも言ってねーけど」
つか勝手に人の心を読むなっての。
そんな声も無視して、ペンダント――改めベリアルは、哀愁漂う声で語りだしてしまった。
――『実はな、我も昔はキチンとした姿を持っていたのだ。だが、とある事情でこの宝玉へと封じられてしまって、ある目的を達成せん限りは元の姿に戻れんのだ……』
「ふーん」
何か、ゲームとかでありそうな設定だな。とか俺はどうでもいい事を考えていた。
――『おいこら。もう少し興味を持たんか』
怒られてしまった。しかし、そう言われても月並みな話しすぎていまいち興味が湧かないんだよな。
――『なんだとっ!? お前は、なんと非道な人間なのだっ』
「うるせーな。どうせあれだろ? そのある目的とやらを達成するのを、俺に手伝えって言うんだろう?」
ズバリそう言ってやると、ペンダントからベリアルの動揺が伝わってきた。なんと分かりやすい。
――『う、うむ。まあそうだが……何だ、やけに落ち着いておるな』
「そうでもねぇよ? まあ、段々と頭の理解が追いついては来たけどさ」
つまりは、こういう事だろう。
このペンダント、というか紫の宝玉に封じられているという【ベリアル】なる神様は、自身の封印を解くための【ある目的】を達成する駒として、なんでか知らんが才能があると見込んだ俺を、この世界に召喚した。これがこれまでの概要。
そしてこれから、俺はきっとベリアルのある目的を達成するためになんやかんやとさせられるのだろう。
「……だろ?」
どうせ心を読んでいるのだろう、と思って、言葉を省いてそう尋ねる。
――『うむ、その通り。状況把握が早いな。それも才能ではないか?』
「茶化すなよ」
そんな事はどうでもいいんだ。
そう、状況が理解できてきて、俺は、そんな些細な事はどうでも良くなってきていた。
この状況は、とっても非日常的だ。そして、凄く特別だ。
あるいはこれは、俺が望んでいたものだったのかもしれない。
退屈な日常からの脱却。己の才能によるものじゃあないけど、これはこれで、いいかもしれない。
だから、俺には迷うという選択肢はなかった。
「いいさ、手伝ってやるよベリアル。――その代わり」
この先は、言わなくても分かるだろう?
――『……ふ、ふはははは!』
堰を切ったように、突然ベリアルが大声で笑い出す。その声は軽快というより、邪悪。まるで魔王のような、不遜で邪悪な大笑いが俺の脳内に直接響いていた。
――『良かろう。我が貴様を生かし、召喚したのはその才覚を見込んでの事。貴様の才、死なすには惜しい。だから我がお前を、お前のその才を利用してやる! だから、貴様も我を利用するがいい!』
ベリアルの声はドンドンと俺の中で大きく、膨れ上がっていく、まるで頭の中にスピーカーでも埋まっているみたいだ。
なぜだか、それが心地いい。
――『我が貴様に、【センス】を貸してやる!』
♌ ♌ ♌
――『この世界で重要視される力は、大きく二つ。それが【センス】と【魔法】だ』
「魔法は分かるけど、そのセンスってのは?」
――『簡単に言えば才能。他にも技術や個性などという意味でも使われるな』
才能、技術、個性――。和訳としては意味が結構違うな。あっちの世界じゃむしろ感性という意味で使われる事が多かった。
――『お前、あちらの世界では【げーむ】を嗜む方だったか?』
「は? ゲーム? ……まあ、やってたけど」
――『その【げーむ】の中でも【あーるぴーじー】というジャンルの、スキルやアビリティと呼ばれる代物と同等だと考えてくれればよい』
「ああ、なるほど」
中々分かりやすい。しかし、ベリアルの口からゲームだのRPGだのって単語が聞こえてくるのは凄い違和感だな。ゲームの中のキャラが、自分をゲームのキャラだと理解して話しているみたいだ。
――『例えば、剣を扱う技術、弓を扱う技術。魔法を操る才能や魔法を取得する才能。他にも個人が保有する特殊能力など、それらを総称して、【センス】、と呼ぶのだ』
「オッケー、理解した。んじゃ、センスを貸してやる、ってのはどういう意味なんだよ」
訊ねると、ベリアルは不敵にくっくっく、と喉を鳴らした。
――『我は仮りにも神だぞ? 簡単な話だ、我の魔力でお前にセンスを与えてやる、そういう意味さ』
「な、なんだそりゃ? んなこと出来んのかよ」
――『造作もないわ。つまりお前はこの先この世界で、望んだ力を望んだ時に得られるという訳だな』
な、なんだよそのチート能力は!? これがオンラインゲームだったら即刻BANされてるレベルだぞ!?
「つか、そんな力があるなら俺いらないんじゃねーのか?」
俺の存在意義が分からん。駒が必要だとしても、それを異世界から召喚するってのも分かんねーし。
――『うむ……まあ……』
だが、ベリアルは少し言葉を濁した。気になったが、詮索するのは何だか気が引けて、俺はそれ以上ツッコまないことにした。
その思考を読んだらしく、ベリアルは陽気に
――『よし! ではそろそろ行動を開始しようか!』
と仕切り出した。……が、
「いや、ちょっと待ってくれ」
俺にはまだ、はっきりさせなくちゃいけない事が残ってる。これはどうでもいい、しかし大事な事なんだ。
――『なんだ? まだ、何か質問でもあるのか?』
「ああ」
それは――
「――俺が見ている景色は、聴いてる声は、本当に現実なのか? 俺は、正直まだ、しっかりと納得は出来てない」
非日常は俺が望んでいたものだ。だからこそ、死にかけている俺が見ている夢や幻想の類ではないのか? という疑問が、さっきから心の端にチラついてるんだ。
それをベリアルに確認したところで、仮に夢ならベリアルは夢の一部ということだし、意味はないかもしれない。でも、尋ねるのを我慢できなかった。
――『………………』
暫くベリアルは沈黙していた。
そして、コイツが返してきた答えは、少し予想外のものだった。
――『この世界フリージアにはな、こんな諺がある。【己の眼で見て耳で聞いたなら、それはすなわち真実である】』
「どういう意味だ?」
――『自分の意識がはっきりしている時に遭遇した出来事は、どんなに非現実的でも本当の出来事なのだ、という意味さ。だから、お前も自分の眼と、耳を信じろ。お前は今この世界の風景を見ているし、我の声を聞いている。だったらそれが答えなのさ』
【己の眼で見て耳で聞いたなら、それはすなわち真実である】――か。
なるほど、確かにそうかもしれない。
俺は、異世界フリージアに召喚された。その事実は変わらない。例えこれが俺の夢幻でも、その事実は“俺の中では”本当の事なのだ。
「ベリアル」
――『うん? なんだ?』
「これからどこに行けばいいのか、教えてくれ」
だったら、俺は暫くこのペンダントに振り回されてやろう。元々そう決めてたんだ。いまさら現実かどうかを疑うなんて、野暮ってもんだったな。
――『……うむ。では、ここから北にある【スタチアの街】に向かうぞ。道順は我がナビしてやる』
「オッケー」
俺は倒木から立ち上がって、ペンダントのナビゲートを頼りに、異世界の大地を進み始めた。
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本格始動。
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