異世界とペンダント。
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『その小鳥さん、うめてあげるの?』
『ああ』
『りお君、やさしーんだ』
『そんなことないよ』
……何だ? これは?
セピア色の風景の中で、小さな子供が二人、並んで土いじりをしていた。いや、土いじりをしているのは男の子の方だけで、女の子の方はそれを眺めているだけだった。
『ただ、何となく気になるからまいそーしてやるだけだ』
……ああ、思い出した。この口の悪い、ちょっと難しい言葉を使いたがるお子様は、俺だ。俺の、幼少期。
じゃあ、この隣の少女は?
『まいそー? ってなぁに?』
『しんじゃった人とかどうぶつをうめること』
『へぇー、くわしいねぇ』
そう言って感心する女の子は、明るい、茶色の髪をしていた。小さい頃の俺が小鳥を埋めるのを見ているこの女の子は、きっと、これを口実に俺に話しかけたかったのだろう。何となく、そんな気がした。
それにしても、これは何だ? どうして俺は、昔の――ほとんど覚えてなんかいない記憶を思い出してるんだ?
『ねえ、わたしすずむら くれはっていうの。りお君のみょーじは?』
『……くろば』
『くろば りお君かー。なんかくれはとくろばってにてるねーっ』
『べつに、にてないとおもうけど……』
ああ、この茶髪の幼女は、呉羽なのか。そう言えば、保育園が同じだとか言っていたな。というかこの頃から呉羽と黒羽が似てるって言ってたのか。
言われてみれば、確かに面影がある。話し方も何となく似ているし。
そんな事を考えている間に、『おれ』が小鳥の埋葬を終える。最後にぽんぽんと少し盛り上がった地面を叩いた『おれ』は、静かに手を合わせてから立ち上がった。
『なあ……くれは。なにか書くものとかもってない?』
『かくもの? どうして?』
『だって、ここに小鳥のはか、って書いとかないと、しらないやつがふんじゃうかもしれないだろ』
『おれ』の発言に、俺はちょっと驚いた。昔の俺って、こんなに心優しい少年だったんだな。
『そっか。うん、じゃあせんせいにかくものもらってくるね!』
そう言って走り出そうとした呉羽が、立ち止まって、『おれ』の方へと振り返った。
『ねえりお君』
『ん?』
『わたし……りお君のそういうやさしーところ、だいすきっ』
優しいところ――
――その台詞を聞いた瞬間、セピア色の景色が急激に遠のいていった。
♌ ♌ ♌
「――――…………はっ!?」
急激な落下感に襲われて、俺はハッと眼を見開いた。眼を開くまでに感じていた落下感というか浮遊感のせいか、少し視界が揺らぐ。
右腕、左腕……ある。指先まで動く。足もあるし、当然だが頭もある。五体満足。それは確かだ。
自分の体に異常がないかを点検し終えた俺は、何となく違和感を覚えた。咄嗟に足元を見たのだが、視線の先は……芝生?
いや、それ以前に、地面に立っている?
……頭が混乱してきた。
思い出せ、俺。何があった? 何が起きた?
思い出せ――
そう、俺は、いつも通りの平凡な一日を過ごし、その帰り道で鈴村 呉羽に出会った。なぜだか帰らせてくれない呉羽に辟易してたら、そう、りっちゃんさんが登場した。
んで、他愛もない話をしていた時に、呉羽の絵画コンクール金賞の話が出て、そして――
――そして俺は、死を決意した。
そうだ、思い出してきた。人間、自殺を決意する理由なんてあんな下らないものなんだな。
……いや、今はそれは置いておこう。
そして、俺は夕方だか夜だかの学校の屋上へ行って、フェンスを超えて、それで……。
そこから、記憶が曖昧になる。
確か、そう、変な声が聞こえてきたんだ。それで、俺は結局…………足を踏み出したのか? それとも、踏み出してないのか? 何だか、頭に靄が掛かって曖昧だ……。
うん、まあ、それはいいとしよう。良くないが、今はそれよりも大事なことがある。
というか、これは、どういうことなのだろうか。俺は、怖くて顔を上げることができないでいた。余計なものが視野の範囲に入ってこないように自分のつま先だけを見ながら、俺は冷や汗をかいていた。
つか、下を見ていても嫌でも入ってくるんだけど。
しかも、周り、めちゃくちゃ明るいし。
「…………よしっ!」
覚悟を決めた。怖いけど、怖いけど顔を上げてみなくちゃ始まらない……!
俺は、勢い良く正面を向いた。
そして、絶句した。
「……どこだよ、ここ……?」
眼の前に広がる光景は、見渡す限り――――森、だった。
――……何が、起きたんだ!?
俺の頭は混乱していた。生い茂る草花にそそり立つ巨木たち。鮮やかな青色の蝶々や極彩色の鳥が空を飛び、遠くからは「クァーケッケケッ」という聞いたことのない鳥(?)の鳴き声が聞こえてくる。ここは倒木しているからか少し拓けた、小さな広場のようになっていた……って。
違う! 冷静に風景を分析してる場合じゃない!
考えろ。どうしてこうなったのか。俺は、確かに自殺しようとしていたはずだ。記憶はハッキリしないが、足を踏み出して屋上から落ちていった気がする。
なら、どうして、こんな見覚えのない場所で目が覚めたんだ?
というか、目が覚めたというのがまずおかしくはないか。見知らぬ場所に立って寝ていた? そんなバカな!?
何か手掛かりがあるとすれば――あの、謎の『声』。
果たして誰の声なのか、そもそも本当に聞いたのかすら分からないが……。というか、何か、妄想だった気がしてきた。冷静に考えれば、誰もいないのに声が聞こえてくるなんて……
『有り得ないことではないぞ』
「…………っ!?」
この声!?
『ふふっ。驚いているな。まあ無理もない。お前の世界では、私のような存在は物語の中だけだろうからな』
女なのか、男なのか、それすらも分からない声。不遜で偉そうな口調のその声は、エコーが掛かっているようで、どこから聞こえているのかすぐに分からなかった。
「……ッ、どこに居るんだよ!」
気付いた時には叫んでいた。思ったよりも自分に余裕がないことに驚く。
『ここだ、ここ』
声と同時に、ズボンのポケットが微振動して、俺は一瞬飛び上がりそうになった。心臓に悪い!
つか、まさか……?
「…………」
恐る恐る手を突っ込むと、何か、硬いものに触れる。ゴツゴツしてて、所々尖ってる? 疑問に思いながら握って引っ張り出す時に、チャラ……と鉄っぽい音が鳴った。
ビビりながら思い切って目の前まで引っ張り出すと、それは――
「――ぺ、ペンダント?」
楕円形の、深い紫の宝石が嵌った銀細工のペンダント。紫の宝石と言えばアメジストくらいしか知らないが、何だか、コイツはそんなのとは全く別のモノな気がした。まあ、本物の宝石なんて見たことないから何とも言えないけど。
しかし、どうしてペンダントが俺のポケットに? というか、結局あの声は一体――?
そう考えながらペンダントをジロジロと見ていると。
『おい、そんなに凝視するな。恥ずかしいだろう』
「うわっ!?」
ペンダントが喋った!?
『というか、我は唯のペンダントなどではないわ!』
そりゃ、喋るペンダントは普通じゃねーけど……。
っていやいや、そうじゃねーだろ。
「あ、アンタ誰っつーか、何なんだ? というかここはどこなんだよ!」
この声、あの時の声と同じだ。確証はないけど、無条件に俺はそう確信していた。
はやる気持ちで問い詰める俺に対して、ペンダントは諭すような声を出した。
『まあ落ち着け。まずは、我を装備するのだ』
「は、そ、装備?」
『そうだ。早くしろ』
急にそう言われても、どうすればいいんだ?
迷いつつ、取り敢えず、首に掛けてみる。
――『うむ、やはりこの方が話しやすい』
「うわっ!?」
なんだ、この感じ……頭の中に、直接声が響いてきてる、のか?
――『そうだ。そして、今、我はお前と一心同体の状態となっている』
「一心同体……いや、というか、なんで思考を!?」
――『言っただろう。一心同体だ、と。意識や思考も、ある程度共有されているのだ』
なんだって? そんなプライバシーの欠片もない……いやいや、問題はそこじゃない。
というか、一度に色んな理解不能な事が起きて混乱してる。少し落ち着け。深呼吸、深呼吸……
「……すぅー、はぁー」
……よし、落ち着いた。
「おい、ペンダント」
――『なんだ? というか、我をそんな呼び方するでない』
「うるせぇ。いいから聴け」
ペンダントが黙る。意識を共有って割には相手の考えとかは何も伝わってこないが、まあ、それも含めて――
「取り敢えず、最初から全部、説明しろ」
口調が強気なのは、自分を鼓舞するため。よく分からない状況、よく分からない相手、そんなモノに、下手で行くなんて俺の性じゃねぇんだよ。
――『ふ、ふ、ふ。その気性、ますます気に入ったぞ』
またしても勝手に俺の思考を読んだペンダントが、愉快そうに笑った。
――『良かろう。初めから説明してやる。順当に、な』
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何か気の利いたあとがきとか書けたら書きたいです。
感想とか質問とか指摘とかは、常にウェルカムです。
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