Curiosity killed the cat.Ⅳ
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まだお天道様が真上に上がりきる前に、俺たちはクァツル遺跡と思われる場所にたどり着いた。
レンガ造りの入口からは、奥の様子は全く見渡せない。地下に広がっているらしく、入口自体は小さかった。
「んー、どうする? 飯食ってから行くか?」
お昼には少し早いが、進行を始めてからじゃあ食うタイミングはなさそうだ。アイシャに意見を求める。
「私は、携帯食のササミがあるから大丈夫ですよ?」
「お前、ほんとササミ好きだね……」
好きなものなら一週間ぐらい食い続けられる人か、コイツ。まあ俺もそうだけど、流石に三食ササミは嫌だ。
でもまあ、移動しながら食えるって意味じゃ、ササミは重宝する。他の携帯食は缶詰とかで、歩きながら食えなからな。
「ま、んじゃ行くか」
「はい」
アイシャは大丈夫なそうなので、俺たちはさっさとクァツル遺跡、通称【屍人の迷宮】へと進行を始めた。
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クァツル遺跡がなぜ【屍人の迷宮】などと呼ばれているのか。その理由を、俺たちは進行開始から五分で理解した。
「ォォ……オォォオオ……!」
赤黒い色の、干からびて干物みたいになった体の、人型の魔物が、うめき声を上げながらヨロヨロと近寄ってくる。
その数、六体。
――これって、いわゆるゾンビってやつ?
――『ゾンビ……とは少し違うな。奴らは【屍人族】だ。人の屍に悪性の魔力である【瘴気】が宿り、生物を襲う魔物へと変じたのだ』
――屍体……にしちゃあ、数が多すぎじゃねえか!?
――『……うむ、確かに、これは多すぎだな』
流石のベリアルも、苦笑を通り越して呆れていた。これが焦りじゃないだけ、まだマシだぜ!
ここしばらくの経験で反省し、俺は魔物を見つけてもさらに周囲を探るようになっていた。その結果、目前の六体の他に、一、二、三……最低でも、倍はいる。
これ、やばくねぇ? 俺もだけど、シオンっつー冒険者、一人だよな?
――『ふむ。とにかく、まずは目の前のこやつらを仕留めるぞ。グールはゴブリンよりも丈夫で腕力も強いが、リオならば一、二発で倒せるはずだ』
――チッ……了解!
仕方ない。確かにこいつらを殺らないことには、先へも進めないんだ。
「おいアイシャ、サポート頼む!」
「あっ、わっ、わわ分かりましたたッ!」
アイシャは盛大に動揺してる。グールの見た目のグロさと、数に圧倒されてんだろう。仕方ない。
「よしッ」
短く気合を入れて、俺は駆け出す。まずは一番近いヤツの首に、抜きざまの一撃を食らわせる。
断末魔もなくグールの首が落ちる。グールの胴体が崩れ落ちたのを見て、心の中でガッツポーズ。屍人っつっても、首を落とせば殺れる!
近づいてきたグールの胴を横に真っ二つにした頃、ようやくアイシャが詠唱を開始した。動揺してる割に、魔力が安定している。
そういえばこの遺跡自体、なんだか魔力に満ちているようだ。そのおかげか?
――『むっ、まずい』
――あ? どうしたよベリアル。
後ろから掴みかかろうとしてきたやつを蹴飛ばしながら、ベリアルと思念会話を交わす。
――『あの魔法使い、ファイアーボールを放つ気だぞ』
――何か問題でも?
――『こんな空気の通らん遺跡で火事にでもなってみろ、蒸し焼きか酸欠だぞ!」
――げっ!
無意識にサッと周囲を探るが、布切れやらなにやら、燃えやすそうなものが多い。アイシャの魔法で何度か山火事(というか森火事?)を起こしそうになった経験もある。こりゃ、ヤバイ。
そこまで考えた瞬間、俺の口は動いていた。
「アイシャ! ストップ!」
「……えっ!?」
驚きながら、アイシャは詠唱を止めた。よしよし、ひとまず危機は回避だ。
「炎以外の魔法で頼む!」
「え、えぇ? でも……!」
「いいから!」
叫びながら、グールに斬りかかる。やや踏み込みが甘かったせいか、グールに刃を掴まれてしまった。力比べ……ってコイツ、マジで割と力強いし……!
押し込めも引き剥がしもできずに焦っている間に、グールがにじり寄ってくる。残り四体、うち一体がアイシャ、一体が俺と力比べをしていて、二体は俺へと向かってくる。オイオイ……。
その時、アイシャの詠唱が再び始まった。今回は、魔法の完成が早い。
魔力がアイシャの前で凝縮し、収縮し――――爆ぜた。
「――フラッシュ!」
声と同時に放たれたのは、強烈な閃光。辺り一帯をビカッ! と照らす。超眩しい。
「ォオオォォ……ゥゥ……ッ!」
「おっ?」
突然、俺の剣を掴んでいたグールが苦しみだした。それだけじゃない、他のグールもみな一様に、グォォ……とうめいている。
そして、ガクン、と動きを止めて、地面に倒れた。体から黒い霧がブシュウと吹き出して、消えた。
「な、なんだ……?」
――『光魔法だな。グールは闇属性の極地である【瘴気】で動いている。光には弱いのだろう』
――なるほど……。
「すげぇじゃん、アイシャ」
素直に感心して褒めると、微妙な表情をされた。
「いえ……あれは私が使える数少ない、しかも未完成の魔法ですし……」
「未完成?」
「はい。フラッシュは、本来【フラッシュライト】っていう魔法を習得するための通過地点なんです。あっ、フラッシュライトっていうのは、暗い場所を照らす、灯りの玉を創り出す魔法なんですけど」
「ふぅん」
つまり、さっきのビカッ、という強烈な光を球体に留める、ってことかな?
んで、それを習得するための前段階であるフラッシュ……までしかアイシャは習得できなかったと。
……ダメ魔法使い伝説に拍車がかかるな。
「まあでも、助かったのは確かだし、もうちょい自信持っていいんじゃねぇの?」
少なくとも、あの魔法はこの遺跡にいる間は役立ちそうだ。
――『おいリオ。グールどもが近づいてくるぞ』
――あーあーもう、お早いお出ましで。
「アイシャ、もっかい来るぞ。さっきの用意しとけ」
「あっ、はいっ」
剣を構える俺の目線の先に、再びグールの群れが現れ始めた。
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アイシャの魔法で火事が起こりそうになると、リオが燃えてる部分に本気の斬撃を食らわせて消火します。風圧とかなんかそんなので。
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