Curiosity killed the cat.Ⅲ
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暗い。何も見えないというほどではないけれど、目を凝らさなければ周囲が探れない程度には、暗かった。
それが異常に濃い曇天のせいであると気づくまでには、結構な時間がかかった。
――どこだ、ここ。
声に出してそういったつもりだったのに、なぜだが、思念となった。それに答えてくれる声は、ない。
そういえば、ベリアルは? 咄嗟に胸のあたりに手を当てようとして、体が自由に動かないことに気がついた。
『よう、【悪魔】。元気に殺ってるか?』
そんな声が聞こえてきて、俺は振り返った。視線の先には、爽やか、という言葉がよく似合う青年が立っていた。
青年の右手には、血で汚れた長剣が握られている。
『その名で呼ぶな、【刑死者】』
俺――だと思っていた人物から発せられた声は、明らかに、女性のものだった。低いしハスキーだが、女性の声に間違いない。
意味が分からず混乱していると、目の前で、青年が苦笑した。
『そっちはアルカナで呼んでくるじゃないか』
『ふん……』
俺と視線を共有している(?)女は、鼻を鳴らすと青年から視線を外した。グルリと周囲を見渡しながら、反対側に顔を向ける。
その間に映った光景に、俺は絶句していた。
あたり一面、死骸、死骸、死骸の山だった。死屍累々とは、まさにこのことだ。
死骸にも統一感がなかった。狼のような獣だったり、言葉では形容できない形の化物だったり、人型だったり――原型を留めず肉塊と化してるのもいた。というか、肉塊の方が数が多い。
それでも、臭いが漂ってこない。こんな血みどろの場所に立っているのに。
『哀れな怪物どもだ。上位存在には決して勝てないというのに……』
『仕方ないさ。こいつらにはそんな事を考える脳なんて無いんだから』
『魔結晶で動く異形ども、か』
まったくもって、会話の意味は理解できない。ただ、何となく、この惨状は俺と一体化しているこの女性と青年がやったらしい、というのは分かった。
青年が隣に立って、自嘲気味な表情で口を開いた。
『それを言ったら、俺たちだって、宝玉のおかげで生命体としての姿を維持できてるんだ。似たようなもんさ』
『奴らは生き物の姿を模した木偶だ。我らとは別物だよ』
『…………』
辛辣な女性の言葉を受けて、青年は黙り込んでしまった。ずっと平行線になりそうな話だと、俺は理解できていない頭なりに思った。
『そういえば、聞いたか? 【愚者】の話』
『いや……なんだ?』
『あいつ、あの計画を本気で実行に移そうとしてるらしいぞ』
『他のアルカナと融合するという、あれか? 名は体を表すとはいうが、流石に馬鹿すぎるな』
『なんでも、【死神】の奴が協力する気らしい。あんまり馬鹿なことを考えてなきゃいいんだけどな』
『保証はできんな、なにせ愚か者の名を冠しているのだから』
『天才だし、可能性の塊なんだけどなぁ』
『全くだ。軽率でドジなことを除けば、【世界】や【審判】と並ぶ実力者なのだがな』
『確かに』
本格的に話が理解不能だぞ、と思い始めた頃。
俺の視界が、急激にブラックアウトしていった。
♌ ♌ ♌
最初に感じたのは、暖かさだった。春の麗らかな日差しを彷彿とさせる柔らかな日光を意識した瞬間、俺はゆっくりと目を開いた。
「んん……っ」
上半身を起こして思いっきり伸びをする。
――『よく眠れたか?』
「あっ、おぅ?」
急に脳内に声が響いて、俺は一瞬混乱した。
――『なんだその間抜けな声は。寝ぼけているのか?』
――……あー、そっか。ベリアルを装備したまま寝たのか、俺。
思い出した思い出した。ここはテントで、俺は野宿していたのだった。
――『良い夢は見れたか?』
――んー……なんか、よく分かんない夢を見た気がする。
ベリアルに言われて、起きる直前まで見ていた夢を思い出そうと思ったのだが、残念ながらぼんやりしている。これは、思い出せないパターンだな。
――確か、フールだかプールだかがどうしたとか……。
――『……よく、分からんな』
――だよなぁー。
「あー、やめやめ!」
思い出せない夢の話をしていても仕方がない。心機一転立ち上――ったら頭をぶつけた。
「ぃっ……てぇ……」
――『馬鹿者』
短く罵倒された。るっせぇよ。
ちょっとヤサグレながらテントから這い出ると、同じタイミングでアイシャが出てきた。
「あ、リオンさん~おあよーございまふ」
「寝ぼけてんなぁ、お前」
呂律が回ってないというか、すっごいふにゃふにゃしている。かわいい。可愛いといっても、父が娘を愛でるような……そういうあれだ。本当だ。
――『何を弁明しているのだ』
――お前に聞かれた時のためにだよ、馬鹿。
つか、ちゃっかり聞いてんじゃねぇ。
――『バカとはなんだバカとは』とうるさいベリアルは無視する。
「朝食どーする?」
「わらしは携帯食料でいいれす」
「朝からササミを食うのか……」
まだ目が半開き……どころか開いてないアイシャが、目をコスコスしながら俺の隣にちょこんと座った。
「……ま、適当に作るか」
俺に料理スキルは無いんだけどなぁ。ササミでも茹でれば少しは美味しくなるかな?
その後、本当に適当に作った朝食(普通の出来栄えだった)で腹ごしらえをした俺たちは、再びクァツル遺跡を目指して出発した。
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特に書く事がない……。
アイシャは朝に弱い低血圧です。以上。
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