ギルドと魔法使いの少女。9
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オークとの戦闘が終わったあとも、俺のモヤモヤは不思議と晴れなかった。一帯に充満している獣臭さと血生臭さのせいもあったのかもしれない。
「やりましたねっ」
「……ああ」
だから、純粋に嬉しそうにしながら近寄ってくるアイシャの顔を、俺は直視する事ができなかった。
――『難儀な性格だの』
ベリアルが呆れたようにそう呟いた。うるせーな。自分でもそう思うよ。
しかし、これじゃあっちの世界に居た時と変わらない。自分と違う人間を見ては何とも言えない気分になって、モヤモヤして、抱えきれなくなる。
――……そもそも、俺は、ここに来て変わったのか? まだ一週間くらいしか経っていないのに……。
何となく、勝手に『異世界に召喚されたから変わった』と錯覚してただけじゃないのか?
――なんで、変わったと思ったんだかな。
自嘲気味の声は、意識せずに思念としてベリアルに送っていた。
――『変わったさ。少なくともクロバ リオという人間の性質はな』
――それ、性格は変わってないって言いたいのか?
――『好きなように受け取ればいい』
確かに、性質そのものは変わったかもしれない。俺はこの世界で、少なくとも戦闘には特化してるんだろう。あくまで外から見た俺は、だけど。中身はベリアルにおんぶに抱っこだ。
でも、性格は変わっちゃいない。自分にないものを持ってる人間が、羨ましくて、眩しくて――――
「――なあ」
「? はい?」
気づけば、俺は口を開いていた。
「帰ったら、パーティーを解散しよう」
アイシャが、ぴたりと動きを止めたのが、視界の端に映った。顔を背けてるから表情は分からない。でも、戸惑っているようだ。
「え、あの」
「無事C級に上がれたんだ。もう組む相手に困ることもないだろ。別に、俺にこだわる必要はないんだし。大人数のパーティーに入れば俺と組んでるより得るものは多いだろ」
アイシャに何かを言わせる暇を与えず、俺は自分の意見だけをベラベラと並べ立てた。もちろん全部タテマエだ。本音はただ、一緒にいるとなぜだか自分が惨めに思えてくるからだ。理由なんて分からない。ただ眩しいんだ。
「い……嫌ですっ!」
予想外に強く反発されて、俺は驚いた。驚いた拍子にアイシャの顔を振り返る。
彼女は、ちょっとだけ涙目になっていた。
「私は嫌ですっ。リオンと組んでいたいですっ」
「……なんで? どうして俺にこだわるんだよ」
「そ、それは……っ」
言葉に詰まるアイシャ。しばらくモジモジしてたので、大人しく待つ。
「り、リオンはその、時々……というか普段は言い方がキツくて心に刺さることも多いですけど……でも、優しいです。私のことを無意識に気遣ってくれてたりして……だから、えっと……」
たどたどしく話していたアイシャは、それ以上言葉が続かなかった。というか、全然、まったく、理由になってねぇんだけど……。
――〈優しいし、気遣ってくれるし〉
何となく、この世界に来る前に呉羽に言われたセリフを思い出した。なんだって、あいつと同じ事を言うのかね……俺はそんなに優しくないっての……。
――『だが、まんざらでは無いのだろう?』
――…………別に。
「あー……。……はぁ」
俺は、思いっきりため息を吐き出す。なんだか、自分の今の言動が恥ずかしく思えてきたのだ。凄く、ガキっぽい。
嫌な事からは逃げる。相手の事情はお構いなし。んなのは流石に、ダサいか。
「嘘だよ」
「えっ?」
「今のは全部ウソだって言ってんの」
「えっ? えっ? な、なんで……?」
まったく言語になっていないが、まぁ、心情は何となくわかる。こいつはそういう奴だ。
「お前が俺といる理由が打算とか利用するためだったら別れようと思ってたんだよ。それで試しただけだ」
これこそ嘘だ。前言撤回するためのでっちあげ。フェイク。なのに、アイシャと来たら素直に「よかったぁ……」なんて言って座り込んでいる。
やっぱり、眩しすぎるほど素直で純粋で……苦手だ。でも、だからっていまさら突き放すのは、あんまりだと思い直した。
――『それに、こんな愛らしい娘を手放すのは惜しいしの?』
――何言ってんだよおまえは……。
呆れると同時になんだか恥ずかしくなってきた。
「ほら、さっさと帰ろうぜ。ここは獣臭いし血生臭い。さっさと帰ってシャワー浴びたいし」
「あっ、はいっ」
と元気よく返事したのはいいが、なぜか、アイシャはぺたりと座り込んだままだった。恥ずかしそうにはにかんでいる。……?
「あのぉ……」
「なんだよ?」
「お恥ずかしいんですけど、安心したら腰が抜けちゃって……」
♌ ♌ ♌
「……なるほど、それは災難でしたねぇ」
場所はギルド・受付。受付嬢さんが依頼書を見た瞬間「……倒しすぎじゃありません?」と呟いたので説明をいた結果、上のセリフが出てきた。
「ホントですよ。あんな近くに大量のオークが居るとか思いませんて」
苦い顔でそう言った俺に、受付嬢さんは俺以上に苦い顔で首を傾げた。
「そもそも、オークはゴブリンよりも知能が低くて、縄張り意識が強いんです。だから基本的に単独行動ですし、他のオークの縄張りの近くには寄ってこないんですけど……」
「そうなんですか? でも、六体くらい居ましたけど」
「そうなんですよねぇ。一体、二体なら分かるんですけど、六体っていうのは流石に」
「異常?」
「……です」
元気が取り柄(?)の受付嬢さんがここまで大人しく冷静に事態を分析しているという事は、つまりそれほどの異常事態と言う事だろう。オーク程度なら簡単に屠れる俺だからいいものの、普通の駆け出し冒険者だったらヤバかったんだろう。
「……ま! 気にしても仕方ないですね! 一応ギルド本部の方には報告しておきますけど、ただの天災的なものだったと思ってください!」
「はあ……」
それでいいのか。
「では報酬の方ですが、えーっと、ちょっと待っててくださいね!」
そう言って、受付嬢さんは奥へ引っ込んだ。
戻ってきた受付嬢さんは、大きめの麻袋を持ってきた。
「はい! こちら今回の報酬で銅貨百四十枚です!」
……はい?
「え、百四十……?」
「ええ、百四十枚です!」
「……多くないすか」
「そんなことありませよ? オーク一体で二十枚。討伐数は七なので、百四十枚です」
――おい、ベリアル。
――『なんだ?』
――この世界で、銅貨は十円、銀貨は百円相当なんじゃないのか!?
その計算だと銅貨十枚で銀貨一枚分になるんだが……。
――『ああすまん。我もあっちの世界に詳しい訳ではなくてな。計算違いをしていた。銅貨は十円相当だが、銀貨は千円相当、金貨は一万円相当だ。つまり、銅貨百枚で銀貨一枚だな』
――なんだ、そりゃ……。
しっかし、そう考えると、物価が安い上にものすごく稼ぐのが簡単な世界だな、異世界フリージア。
――『冒険者の給料が異常なだけだがな』
――へぇ。
んまとにかく。
「こんだけありゃ、ちょっと豪華な食事にありつけそうだな」
この世界に来てから一週間、平々凡々な食事しか食ってなかったからな。たまには豪勢なものが食いたいぜ。
「そうですね、昇格祝いにご馳走なんていいんじゃないですか?」
受付嬢さんも、にっこりと微笑んでくれた。
「ところで――」
微笑みながら、受付嬢さんが俺の頭部から三センチほど右に視線をスライドさせる。
「どうして、アイシャちゃんはおんぶされて顔を真っ赤にしてるんですか?」
「わ、私に触れないでください……っ」
「あー……ははは……。これには深いような深くないような訳が」
スタチアの森・深部からギルドまでずっとおんぶされっぱなしのアイシャは、街に入ってからは羞恥で顔を真っ赤にしていた。一向に腰が治らないらしい。
「まあ……仲がいいのは良いことだと思いますけど……」
流石の受付嬢さんも苦笑い気味だが、ま、気にしない気にしない。
俺はずっしりとした重みのある麻袋を受け取ってポケットに突っ込むと、「それじゃ」と一言告げてギルドを後にした。
宿屋の自室前でやっと腰が治ったアイシャが「しばらく街歩けません……」とか言っていた。恨むなら腰の治りが遅い自分を恨んでくれ。
ま、原因の一角は俺だけどね。
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シリアスなんて書けません。文才欲しい。
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