この世界は非常な現実を俺に押しつけた
衝動に任せて短編を書きなぐってみました。突発的に思いついたのでどこか変な所があるかもしれません。
ケータイから騒がしい音が鳴り響いた。要はアラームだ。
容赦なく奥村の耳につんざき、無理矢理覚醒へと導いていく。
音を止めると、只今の時間が六時半だとわかった。当然だ、その時間にセットしたのだから。
着替えて居間に来ると、テーブルには皿があり、その上にはサンドウィッチが乗っかっておりラップがかけられていた。
辺りを見回しても誰もいない。今日も母親は仕事で忙しいのだろう。過労で倒れなければいいが。
奥村に父親はいない。母親が女手一つで育ててくれた。最初から父親がいないことには何の疑問も持っちゃいなかったが、つい先日、酔った母親が勢いで父親がいなくなった理由を吐露したときは驚いたものだ。
まさか原因が自分にあるとは思いもしなかった。母親が自分を身籠ったとき、父親は逃げるようにして去っていったという。
嘆息し、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。
ラップを取っ払ってサンドウィッチを頬張る。
あの真実を知ってから常々思う。どうしてこの世界は俺に非常な現実を押しつけるのだろうと。
朝のニュース番組では、最近の活躍ぶりが眩しい女性アイドルグループの特集だった。ユニット名は忘れた。
しかし彼女らは人間ではない。頭には獣の耳だとか尻尾が生えている。
決してキャラ作りのためにプロデューサーが用意いた小物を身につけている訳じゃない。全部『自前』なのだ。
彼女達は最近になって姿を現したモンスターなのだ。魔物娘なのだ。何で急に現れたのかは知っちゃこっちゃないのだが。
奥村が知っていた日常は完全に消え失せ、そこら辺に魔物娘が闊歩する世の中になってしまった。
サンドウィッチを食べ終わると、ラップはゴミ箱へポイして皿は流し台に置いておく。
鞄を持つと、奥村は学校に向かっていった。
どういうことだ? と奥村は首を捻っていた。
今日靴棚からヒラリと一通の便箋が舞い降りたのだ。それには堂々と『奥村くんへ』と、いかにも女の子が書きそうな丸っこい字が書かれていた。
驚いた奥村は慌ててその便箋を鞄に詰め込んで急いで教室に来たところだ。
すぐに便箋を開けると、一枚の手紙があった。その内容はこんなものだった。
『放課後、屋上まで来てください』
これは俗にいうラブレターというやつか。
初めて貰った奥村は心の中で舞い上がる。
だが、冷静になり一つの疑問点が浮かんだ。
なぜ差出人の名前が書かれていない?
これはもしや罠ではなかろうか。ラブレターで人を釣り、何も知らない被害者が加害者に罵られる悪質非道のイタズラじゃなかろうか。
うーむ、と唸っているうちに朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。
何事もなく授業が終わり放課後となった。
奥村はこのラブレターの真実を知るために屋上に向かうべきか否か迷っていた。もしイタズラだったら、それが一生のトラウマになって立ち直れなくなるだろう。それくらい奥村は打たれ弱い。
だが、どうしても気になった奥村は屋上に向かっていた。
屋上を解放している学校は珍しいだろう。だから鍵なんてかけていない。
恐る恐る屋上のドアを開ける。
少しだけドアを開けて外の様子を見ると、そこにはこちらに背を向けた女の子が一人いた。
思いきりドアを閉めた。ものすごい音が響いた。
奥村は状況を整理することに努めた。
屋上にいたのは女の子だった。いや待て、どうして女の子だと思ったんだ? 髪が長いからか? いやいや、髪が長い男子だっているだろう。そもそも服装は──思い出せない。
だいたい、本当に一人だったのか? 実は影で数人隠れているのではないか?
悩んでいるうちにドアが開いた。
ピョコっと顔だけが出てきた。
ぱっちりとした二重の目。赤みかかった黒く長い髪はとてもさらさらしていそうで、シャンプーのいい香りが奥村の鼻孔を擽る。整ったその顔はとても可愛らしく、正直とてもタイプだ。
「来てくれたんだね、ありがとっ」
女性とは思えない力で、奥村は屋上へ引っ張られた。
周囲を見渡せば、奥村とこの女の子以外誰もいなかった。これでイタズラという線は消えただろう。たぶん。
「あのね、奥村くん──」
顔を真っ赤にしてして言う女の子。これはいよいよ告白されるのではないか。
奥村の方が照れ臭くなって思わず俯いてしまった。
まず目に飛び込んで来たのはおっぱいだった。制服の上からでもわかるほどの巨乳だった。唾を飲み込んで更に目線は下にいく。
奥村の目が見開いた。
その女の子の下半身は人間のそれとは異なっていたからだ。
彼女は間違いなく『魔物娘』だ。
下半身は二本の脚ではなく一本の尻尾だったのだ。赤っぽい鱗と蛇腹がとぐろを巻いている。
蛇女──所謂ラミアと呼ばれる種族のモンスターだ。
「一目見たときから好きでした! 私と付き合ってくださいっ!」
一歩後退った。
何でよりにもよって魔物娘に告白されたのだろう。
やれやれ、この世界は非常な現実を押しつけるものだ。
そういえば魔物娘はやたら恋愛に積極的だと聞いたことがある。
でも何で無愛想で無口で陰でムッツリスケベと呼ばれる奥村に告白するのか理解できない。ある意味このラミアは勇者だろう。
しかし奥村の答えは決まっている。彼女の下半身を見てしまったそのときから。
「ご、ごごごごめんなひゃいっ!」
今すごく声が震えたうえに裏返ってしまった。
そう、奥村は他人と話すのがとても苦手な高校生なのだ。更に女子に対して免疫を持っていないため、女の子と一対一で話すだけでも緊張する。
それに彼女はラミア──魔物娘だ。今じゃ日常に定着しているが、奥村にとっては得体の知れない存在であることに変わりない。
ラミアの女の子の顔が絶望の色に染まっていく。
見てられずに、目を反らす──夕焼けがとても綺麗だった。
「どうして……?」
震えた声がラミアの女の子から漏れる。
「私あなたのために髪伸ばしたんだよあなたがお母さんとお話ししてたときに髪の長い女の子が好きって聞いてそれにおっぱいだって──奥村くんが巨乳な女の子が載ってるエッチな本やDVDで(ピー)してるの観たことあるからヤるなら私にシてほしくておっきくしたのに何で……?」
この娘はいったい何を言っている? 奥村が長髪で巨乳な女性が好みだとどこで知った? ていうか何で奥村の赤裸々なことを口走っている!?
「奥村くんは私と付き合うべきだよそうじゃないと幸せになんて絶対なれない付き合って付き合うしかないよ幸せになれないんだよ幸せになりたいでしょだったら私と付き合うべきだよ付き合ってくれるよね付・き・合・え・よ」
ラミアの女の子が何か色々喋っている間に一歩ずつ後退って、背中にドアノブが当たった瞬間素早く振り返ってドアを開けその場から逃げた。
──何だあの娘、スッゲー怖い!
家に着いてようやく身震いが治まる。
荒い呼吸を整えて、ケータイで唯一の友であるメリーちゃんに電話をかける。
『もしもし?』
透き通った女の声が聞こえた。
きっかけは間違い電話だった。急に電話がかかってきたが、ディスプレイに表示された電話番号に見覚えがなく、居留守を決め込んでいたのだが、いつまでも着信音が鳴り響くためしょうがなく出た相手がメリーちゃんだったのだ。これを機にメリーちゃんの方から友達になろうと持ちかけられ、今に至る。たまに相談し合うようになり、奥村にとっては数少ない心を許せる相手なのだ。ちなみにメリーちゃんというのは奥村が勝手につけた名前だ。
「もしもし、ねえ、メンヘラとヤンデレの違いって何だろう!?」
『はい?』
あまりにも混乱しすぎて本題とは違うことを言ってしまったようだ。
ちなみに奥村は電話越しならちゃんと話せる。例え女でも顔さえ見えなければ普通に話せる。メリーちゃんは顔すら見たことがないが。
『そもそもメンヘラとヤンデレって何?』
「いやごめん、そんなことはどうでもいいんだ。俺が言いたいのは、その──今日、今さっき告白されたんだ」
『良かったじゃない』
「良くない! 何ていうか、その娘異常なんだよ! その娘に喋った覚えもないのに俺の性癖が暴露されるし、魔物娘だし何だか怖いんだ!」
『ふ~ん。けどさ、奥村って女子にモテないでしょ?』
「うん。モテないどころか同性の友人もいない」
『どこまで残念なの? でも、そんなキミのことが好きだって言ってくれる女の子って超貴重じゃない』
「そうだけどさ……」
『よく考えてみなよ』
「うん」
奥村には彼女どころか友人さえいない。そんな寂しい男に声をかけ、あまつさえ恋人になってほしいと言ってきたのだ。
断った自分がすごくバカだ。
──まだ、いるかな?
奥村は学校に向かって走っていった。
外はすでに暗くなっていった。それでも奥村は一心不乱に走り続けた。
屋上へ続く階段をかけあがる。
勢い良くドアを開けると、ケータイの明かりで照らされたラミアの女の子がいた。
「ぜぇ、ぜぇ、あ、あああ、あのっ……ぜぇ、さっきは、と、取り乱した……ぜぇ、こ、こんな俺で良かったら、おおおお俺と付き合ってくらひゃいっ!!」
ラミアの女の子はケータイを落とし、一瞬驚いたような顔をした。だがすぐに満開の花ような笑顔をして、奥村に飛びかかった。
手放されたケータイが落ちる。
ディスプレイはまだ明るい。表示されていたのは着信履歴だった。その一番上には──。
『奥村くん』と表示されていた。
ところでヤンデレとメンヘラの違いって何なんでしょうね? 私にはわかりません。
それと、こんなものを読ませてしまって申し訳ありません。