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ソレイユ

作者: 赤柴紫織子
掲載日:2012/10/24

0


 ハッピーエンドを迎えた先、幸せが続くとは誰が言った?


1


 屋根裏部屋の大きく、しかしひとつしかない窓のそばに椅子を持って行く。

 それから紅茶を入れたカップを片手に外を眺めるのが私の小さな楽しみだった。


 その日も窓のそばに座り、道を行き交う人々に上からぼんやりと目を向けていた。

 と、商人や町人に交じり腰に大きな剣を差した男が見えた。

 もしやと思いつつ追っていると、予想通りというのかこの下宿に入っていく。

 少し意外に思いながら立ち上がり、近くの机にカップを置いた。

 それから鏡を覗き、軽く身だしなみを整えてから下へ降りる。

「ソレイユ。いいところに」

 ちょうど呼びに行こうとしていたのか、ここの大家であるローランさんが手すりに手をかけて私を見上げていた。

「知り合いが見えたもので。では、私の客なんですね?」

「そうよ。早く行ってあげて、なんだか緊急みたいだから」

 肩をすくめて、玄関とそのまま繋がっている談話室を振り向かないままに親指で指した。

 頷いてその横を通りすぎる。

「……無理はしないでちょうだい」

「分かりましたよ」

「そんなこといって、いつもいつもあなたは」

「すいませんですー」

 小言が始まりそうなので早めに退散をしておいた。



 ソファに座ればいいのに、律義に立ったまま私を待っている人物がいた。


 『私を待っている』というのは自惚れとかではなく、睨まんばかりにこちら見ていれば誰だって嫌でも自分関係でなにかあると思うだろう。

「よう、フランチェスカ」

 何気ないように彼――アンドレ・リクワイセンは片手をあげて挨拶をしてきた。

 だが、焦燥感は隠しきれていない。感情を隠すことが苦手な男なのだ。

「用事はないか?これから教会に行ってアニェスにも会いたい」

「シスターに?いいけど、なにか起こったのか?」

「ああ、とびっきり大変なものが起きたんだよ。いっそ笑いたいぐらいにな」

 そういうアンドレの顔はまるで笑っていない。


「――ヴェリタが失踪した」



 一瞬なんのことだか分からなかった。その名前を記憶から掘り起こす。

 ああ。

 彼が慌てている意味がようやく理解できた。

 少しだけかすれた声で私が普段呼んでいる、彼を示す言葉を言う。

「…勇者が?」


2


 私たち――『勇者』『剣士』『修道女』『魔法使い』――四人はとある任務を国王から承った。


 すなわち、魔王の討伐を。


 この国は都市部は城壁、その外側である農村は防護魔法で囲まれているためにまだ安全だ。

 しかしその守られているエリアから一歩でも外に出ればそこは無法地帯となる。

 理由は簡単、魔物がいるからだ。


 だいたいの魔物はこちらから攻撃しないかぎり襲ってこない。

 が、中には人間が好物で見つけたらすぐむしゃむしゃとしてしまう食いしん坊さんがいるために油断ができない。

 それらの頂点に立つもの――魔物を仕切る王、つまり『魔王』というものがはるか北にいるらしい。

 らしい、というのは誰も接触はおろか見たことがないからだ。

 存在すらあやふやなものを倒しに行けというのはいかがなものかとは思う。

 だが、私たちには行くしか道はない。

 国王直々に任命されてしまえば、断ることすらできないのだ。諸事情で。

 ……いくつか、疑問に思うことがらはあるが。

 それは追々考えていくとしよう。


 ここの街では一番の大きさを誇る教会の前。


 たまたま道の掃除をしていた目的の人、アニェス・クラリリスに出会えた。

 顔を真っ赤にしながらアンドレは勇者失踪の説明をする。

 どうでもいい話だが彼はアニェスが好きらしい。推測ではあるけど、確心している。

「まぁ…。ヴェリタさんが」

 ざっと説明すると、彼女は胸の前で手袋を嵌めた手を組み、不安げな表情をした。

 私のようながさつに生きているため失われている女性らしさがあって眩しい。

 修道服を崩すことなくしっかり着ているので顔以外の肌の露出は一切ない。

 つい最近まで髪の色すら知らなかった。

「あの、お話、もう少し詳しく教えて頂きたいのですが…」

「その為に来たんだ。とりあえず、人があまり来ないところはないか?」

 先ほどよりぐっと声を潜め、辺りを警戒しながらアンドレさんは言った。

 これはかなり都合の悪い話だ。

  下手をすると混乱も起こしかねない話題である。

 あと二週間で魔王を討伐に行くはずの、国王に選ばれた勇者がいなくなったと知れたら。

 私の頭を痛ませることになるのは目に見えている。

 だからアンドレは人気の無いところを提案したのだろう。

 アニェスは頭を縦に振った。

「では良いところを知っていますので、そこで致しましょう」

「助かる」

 私も無言で頷いてアニェスの後ろを付いていく。


 教会の側のある修道院から少し離れたところに生け垣があり、人一人が屈めばどうにか入れそうな穴があった。

 彼女は「はしたないところをお見せして申し訳ありません」と言いながら四つん這いになり潜っていく。

 それに私が続き、最後にアンドレがやはり警戒するように辺りをざっと見回してから中に入った。


「……こんな空間が」

 たどり着いた先にはあと一人ぐらいは入れそうなスペースがあった。

 雑草が生えているので土だらけになる心配はないのが嬉しいところだ。

 草の倒れ方から見るに、何人か私たちの前にここに来た人がいるらしい。

「秘密の休み場なんです。神父さまには内緒でお願いしますね」

 私の表情に気づいたのかアニェスが説明をしてくれる。

 それから唇に人差し指を当て、しーっとする。可愛い。

 アンドレが横で俯いた。見れば耳まで真っ赤になっていた。ウブなやつだ。

 腕を少しつねり現実に引き戻してやる。

「あ痛!?お前なにしやがる!」

 悲鳴をあげた。痛みぐらいで情けない。

「筋肉馬鹿にも痛覚はあるのだろうかという単純な疑問から出た実験だ」

「魔王より先にお前を倒さないといけない気がしてきた」

 ギリギリと拳を固めるアンドレ。沸点が低いな。

 だがしかし、対策は既に打ってあるのだ。

「聖職者であるシスターの前でドンパチしたいならその喧嘩に乗ろう」

「ぐぬぬぬ……!」


 好きな子の前では手を出せまい。さすが私、汚い。

 歯をギリギリと噛み締めてとても悔しそうな顔をしてくる。

 勝った。実にすがすがしい気分だ。後が怖いけど。

「…あの。お話、進めません?」

 呆れた声でアニェスが言った。

 まったくだ、一体誰のせいで大事な時間が残りわずかになっていくんだか。

 どう考えても私だったな。

「そうだな……話を進めるぞ。俺は昨日、ヴェリタの家に行ったんだ」

「勇者の家……って、確か農村だから城壁の外か」

「ああ。あいつに剣の使い方を教えてるからよ、昨日もいつも通り訪ねたんだ」

 面倒見いいな。

 アンドレの普段いる場所からヴェリタの村まで城壁手続き含め徒歩二時間半はかかるはずだ。

「そしたら?」

「いなかったんだ。どうやらもう二日――今日を入れれば四日は帰ってきていないらしい」

「なにか事故にあってしまったのでしょうか…」

 アニェスは眉をひそめ、視線を落とす。

 彼女はシスターだ。生まれてからずっと、神に仕えてきたと言う。

 ゆえに彼女はまず人を疑わない。

 だが。

 だが私たちは違う。

「……剣士。勇者はどのような恰好で出かけたとかは聞いたか?」

「聞いたさ。護身用のナイフは持っていたが、それ以外は軽装だったそうだ」

「なるほど……ならいいんだ」

 そんな恰好ならば逃げてはいないと。

「お前の言いたいことは分かる。――俺も、ちらりと思った」

 曲がりなりにも何度か戦場に出た男だ。

 敵前逃亡する仲間を何度見てきてもおかしくない。

 ――ああ、曲がりなりにもは少し酷いか。彼の強さは本物だから。

 アンドレは続ける。

「だが、あいつがそんなことする野郎に見えない。馬鹿みたいに真っ直ぐなんだから」

「……だよな」

 ひねくれてる私としては、かなり苦手なタイプである。

 初対面で性格を矯正しようとしてきた人間はあれが最初で最後だ。

「えっと、話がよくわかりませんが…。真面目ですもんね、ヴェリタさんは」 以前、というより四人はじめての顔合わせの時に説明されたのだがヴェリタとアニェスは顔見知りだったようだ。

 なんでも彼は教会のミサに三回に一回は行っていたらしい。農村に住む信仰者としては熱心な部類だろう。

「そんな奴が何も言わずにいきなりいなくなると思うか?」

「いや、思わない」

「わたしも思えません……」

 近くで教会の鐘の音が聞こえた。

 午後二時をまわったらしい。

 鐘が鳴り終わっても再び口を開く者はいなかった。

 しばらく個人個人でじっと考えた後、私はアンドレを見た。

「で、剣士。お前はどうしたいと思うんだ?」

「だからな、ソレイユ。お前は人を名前で呼べよ…」

「つい癖で」

「はぁ…決まってんだろ、ヴェリタを探すんだ」

「探す?」

「当たり前だろ。勇者になっちまったわけだし、恨まれて誘拐とかもあり得るし」

「何かに巻き込まれたかもしれませんものね」

 アニェスも真剣な顔で同意する。

「……」

 私はいま、どんな表情をしているのだろうか。苦笑などしていないといいが。

 アンドレも考えが浅いよ。いや、わざと背けてるのかもしれない。


 ―――現地点でヴェリタ・マチローゼが生きている確証なんて、どこにもないのに。




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