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勇者パーティーの精神鑑定を任された熟練カウンセラーの私、全員を「正常」と診断しましたが何か?  作者: 唯乃


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第四話

 魔王は倒れた。任務は完遂された。


 リンネはインクを補充しながら、この数日間の観察を振り返った。

 面談、同行、戦闘の観察。

 様々なデータが揃った。

 あとはそれを整理して、報告書にまとめるだけ。

 ペンを走らせていると、馬車が止まり、扉が開いた。


 勇者だった。


「ちょっといいか」


「もちろんです。どうぞ」


 勇者は馬車に乗り込んで、リンネの向かいに座った。狭い空間に、二人きりになった。


 リンネはペンを持ったまま待った。


「魔王を倒して、どうですか。達成感はありますか」


「ない。魔王は弱すぎた」


「そうですか。では今の気持ちを——」


「つまらない」


 勇者はそう言って、腰の剣に手をかけた。

 目の焦点が、一点に絞られていく。

 口元が緩んでいく。

 興味深い、とリンネは思った。


 どれくらい時間が経ったのか、リンネには分からなかった。


 気がついたとき、馬車の床に横たわっていた。

 体が動かなかった。視界の端に、赤い液体が広がっているのが見えた。羊皮紙が何枚か、同じ色に染まっていた。





 また扉が開いた。


 今度は聖女だった。


 無言で乗り込んできて、リンネの傍らに膝をついた。

 手のひらが胸の上に置かれた。光が広がった。

 体が戻っていく感覚があった。


 リンネは起き上がって、まず羊皮紙の状態を確認した。

 血で読めなくなった箇所が多かった。新しい紙を取り出して、続きを書いた。


【追記・一回目】

勇者、帰路において衝動行動を確認。魔王討伐後の刺激欠乏による代償行動と推察。聖女による回復を受け、現在は問題なし。


 聖女はまだ馬車の中にいた。リンネが顔を上げると、聖女と目が合った。

 頬が赤かった。目が細くなっていた。


「ありがとうございました」とリンネは言った。


 聖女は何も言わずに馬車を降りた。





 しばらくして、また扉が開いた。


 勇者だった。


「また来てしまった」


 勇者は言った。どこか困惑したような声だった。

「止めようとしたんだが、足が勝手に」


「大丈夫ですよ。どうぞ」


 衝動の制御が困難な状態。

 依存性の形成が疑われる。

 長期的なカウンセリングの必要性が——


 二回目が終わったとき、リンネは馬車の壁に背を預けて天井を見ていた。


 体は動いた。聖女がまた来て、また回復してくれたからだ。


 リンネは新しい羊皮紙を探した。

 もう残り少なかった。インクも減っていた。


【追記・二回目】

前回と同様の衝動行動。勇者本人も困惑している様子が見られた。自己認識はあるが制御が困難な状態。これは回復の見込みがある段階と考えられる。


 書き終えて、リンネは少し考えた。

 馬車の中が暗くなっていた。

 夜になったのかもしれない。

 城まであとどれくらいあるのだろう。

 御者はまだいるのだろうか。

 そういえば、馬車が動いている感覚がしばらくない。


 ふと、賢者の不在に思い当たる。

 外で何か、効率的な計算でもしているのだろうか。

 彼が扉を開けないのは、今のこの状況が彼の論理において『最適解』だからかもしれない。





 三回目が終わったあと、聖女は以前より長く馬車の中にいた。

 無言で、リンネの隣に座っていた。

 回復魔法を使い終えた後の、あの表情のまま。

 目が虚ろに輝いていた。

 どこか遠くを見ているような、あるいは何も見ていないような目だった。


「聖女様、大丈夫ですか」


 聖女はゆっくりとリンネを見た。それから、かすかに微笑んだ。

 そして、何も言わずに、馬車を降りた。


リンネはメモした。


【聖女・追記】

施術後の情緒状態に変化が見られる。回数を重ねるごとに反応が強くなっている印象。適応の加速と思われる。良好な兆候。





 何回目かは、もう数えていなかった。

 羊皮紙は全て使い果たしていた。

 リンネは馬車の壁板に直接、爪で文字を刻んでいた。

 インクの代わりに、手元にあるものを使った。色は赤かったが、書けないよりはましだった。


追記。

勇者の来訪頻度が上がっている。間隔が短くなっている。聖女の回復も安定している。むしろ以前より手際が良い。

問題なし。


 馬車の外は静かだった。虫の声も聞こえなかった。

 御者の気配はもうなかった。どこかへ行ったのかもしれない。リンネはそれも壁に刻んだ。


 御者不在。帰路の到着が遅れる可能性。


 王城への報告は遅延するかもしれないが、この期間を観察に充てることができる。有益かもしれない。





 扉が開いた。


 勇者だった。今回は何も言わなかった。目だけが、馬車の中を見た。


リンネは壁から手を離して、向き直った。


「どうぞ。お待ちしていました」





 夜が明けたのか、また暮れたのか、リンネにはもう分からなかった。


 馬車の中の壁は、三面が文字で埋まっていた。

 リンネは四面目に取りかかっていた。

 思考は明瞭だった。観察は続けられていた。


 ただ一つ、気になることがあった。


 リンネは壁にそれを刻んだ。


 問題があるとすれば、彼らではなく、私の常識の方なのかもしれない。


 刻み終えて、少し考えた。


 しかし、すぐに打ち消した。


 常識とは多数決だ。正常と異常を分けるのは数の論理に過ぎない。


 扉が開いた。

 リンネは向き直った。

 次のカウンセリングが、始まった。

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