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勇者パーティーの精神鑑定を任された熟練カウンセラーの私、全員を「正常」と診断しましたが何か?  作者: 唯乃


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第二話

 面談室として用意されたのは、城の東翼にある小部屋だった。

 窓の外には訓練場が見え、騎士たちが剣を交える音が遠く聞こえた。


 リンネは机の上に記録用の羊皮紙を広げ、インクの入った小瓶を並べ、椅子の向きを確認した。

 環境を整えることは面談の基本だ。


 勇者が現れたのは、約束の時刻ちょうどだった。

 二十代前半、だろうか。思ったよりずっと若い。

 整った顔立ちで、体格は中程度、しかし筋肉のつき方は均一ではなく、特定の動作を繰り返した人間特有のアンバランスさがある。

 剣を振ることに特化した体だとリンネは判断した。

 目は明るい茶色で、どこか遠くを見ているような焦点のなさがある。


「どうぞ、お座りください」

「今日はお時間をいただいてありがとうございます。私はリンネ・アウラ、王立心理研究所のカウンセラーです。お気軽に話していただければ」


 勇者は椅子に座った。

 背筋が妙に真っ直ぐだった。常に何かに備えている体の緊張。さすが 歴代でもトップクラスと評される勇者だ。隙がない。


「別に俺は来たくて来たわけじゃない。王様に言われたから来た」


「それで構いません。今日は、日頃のお気持ちについて少しお聞きしたいと思います。特に、戦闘における精神的な負荷について」


「負荷」


 勇者はその言葉を繰り返した。何か奇妙なものを口の中で転がすように。


「負荷、か」


 しばらく沈黙があった。リンネは急かさなかった。沈黙は情報だ。


「魔物を倒すと、気分がよくなる」


勇者はやがて言った。


「それはどのような意味でしょうか。達成感、というような」


「違う」


 勇者は即座に否定した。


「達成感じゃない。もっと……直接的な何かだ。剣を刺した瞬間に、体の中で何かがほぐれる感じがする。ちょうど良くなる、みたいな」


 リンネはペンを走らせた。戦闘による快感反応。アドレナリン系の可能性。


「戦闘がないときは、どうですか」


「落ち着かない」


 勇者は窓の外の訓練場を見た。


「手が動きたがる。体が何かを求めている感じがずっとある。眠れないこともある」


「それは旅の疲れからくる睡眠障害かもしれませんね」


「そうかもな」


 勇者は再び沈黙した。それから、ゆっくりとリンネの方を向いた。


「一つ聞いていいか」


「もちろんです」


「魔物じゃなくて、人間を殺したら、どうなると思う?」


 リンネは手を止めた。

 しかし表情は変えなかった。これは想定内の発言だ。

 戦闘経験が豊富な者にとって、「対象」の境界が曖昧になることはある。

 衝動の転移、あるいは概念の拡張。

 病的というより、職業的な思考の歪みだ。


「それはおそらく、衝動の転移と呼ばれる現象です」


 リンネは穏やかに言った。


「長期にわたって特定の行動を繰り返すと、その行動への欲求が他の対象に拡張されることがあります。魔王討伐という使命のプレッシャーが、そういった思考を生んでいる可能性があります」


「なるほど」


勇者は納得したように頷いた。


「転移、か」


「ただし、思考と行動は別物です。そういった考えが浮かぶこと自体は、珍しいことではありません」


「そうか」


勇者は立ち上がった。


「じゃあ、また来る」


面談を終えてリンネは診断メモを整理した。


【勇者】

・戦闘行為に対する強化された快感反応(職業的ストレス反応と考えられる)

・休息期における不安感(過負荷による自律神経の乱れ)

・軽度の攻撃衝動(長期戦闘任務に見られる一般的な症状)

・総合評価:経過観察が望ましいが、現時点では任務継続に支障なし





 聖女は面談室に入ってくるとき、ドアに軽く手を触れて止まった。

 ためらいの動作だった。それから中に入って、リンネの向かいに静かに座った。


 年齢は勇者と同じくらいか、少し上に見えた。顔色が優れない。

 肌がわずかに透き通って見えるのは、光の加減かもしれないし、そうでないかもしれない。

目の下の隈は王と同じ種類だが、もっと深い。


「いつもありがとうございます、聖女様。体のご調子はいかがですか」


「普通です」


 聖女は小さく笑った。笑顔は美しかったが、目が笑っていなかった。


「少し、疲れているかもしれませんが」


「今日は、魔法の使用についてお聞きしたいと思います。回復魔法を使用される際に、何か気になることはありますか」


 聖女は少しだけ間を置いた。


「使うと、吐き気がします」


「それは魔力の消費による体への負担でしょうか」


「違います」


 聖女は静かに言った。


「魔力とは別の感覚です。使った直後に、どこかが、痛くなる」


 リンネはペンを持った。


「体のどこが、ですか」


「色々です」


 聖女は少し考えた。


「先日は、仲間の矢傷を回復したとき、右脇腹が痛くなりました。そのあと、少し吐きました。でも、傷は治りました」


 リンネの頭の中で、一つの仮説が組み上がった。共感性の高い施術者が、相手の苦痛を心理的・生理的に部分的に引き受けてしまうケースは、医療従事者にも見られる。

 共感疲労、あるいはより深い身体化の反応。


「それは大変でしたね。それについて、誰かに話したことはありますか」


「いいえ」


 聖女は首を振った。


「言っても、どうにもなりませんから」


「つらいと感じますか、その痛みを」


「つらい、というよりは」


 聖女はしばらく黙った。


「最初はつらかったです。でも最近は……慣れてきました」


「それは良かった。適応できているということですね」


 聖女は何も言わなかった。ただ、窓の外を見た。

 その横顔から何を読み取ればいいのか、リンネには見当がつかなかった。


「使命感、みたいなものはありますか」


「あります」


 聖女はすぐに言った。


「みんなが傷つくたびに、私が治さないといけない。それは正しいことだと思っています」


「素晴らしいことです」


 聖女は笑った。さっきと同じ笑顔だった。


【聖女】

・回復魔法使用に伴う身体的反応(高度な共感性と職業倫理から来る心身相関反応と推察)

・自己犠牲的傾向(使命感の強さによるもの。修道的職業における典型的な心理パターン)

・症状への適応(慣れ)が確認されており、心理的消耗は現時点で管理範囲内

・総合評価:定期的な休息の推奨が望ましいが、任務継続に問題なし





 賢者は書物を抱えて現れた。

 三冊、四冊、いや、五冊か。

 腕の中で不安定に積み重なった本を机の端に置いて、勢いよく椅子に座った。


 印象は若者というより、年齢不詳だった。四十代にも二十代にも見えた。

 眼鏡の奥の目が鋭く、どこか体温のない光を持っていた。


「カウンセラーか。精神状態を確認するんだろう。手短にやろう。私は忙しい」


「ありがとうございます。では率直にお聞きします。現在の研究について、教えていただけますか」


「戦争をなくす方法だ」


リンネは頷いた。


「崇高な研究ですね」


「崇高かどうかは知らないが、論理的には正しい」


賢者は机の上に置いた本のうちの一冊を開いた。


「戦争の原因を根本的に排除する方法を研究している。資源の争い、領土の問題、イデオロギーの衝突。あらゆる戦争の根源は、突き詰めると一つになる」


「それは何ですか」


「人間だ」


リンネはペンを持ったまま少し間を置いた。


「……と言いますと」


「人間がいなければ、人間同士の戦争は起きない」


 賢者は極めて淡々と言った。感情の起伏が見当たらなかった。


「人類を絶滅させれば、戦争の問題は完全に、そして永続的に解決される。論理的に反証不可能な結論だ」


 リンネはゆっくりと息を吐いた。極端な思考実験。

 哲学や論理学において、こういった仮説は決して珍しくない。

 トロッコ問題に代表されるような、感情を排した純粋な論理の演習。

 賢者という職業柄、そういった思考が発達しているのだろう。


「それは、思考実験として、という意味でしょうか」


「思考実験ではない」


 賢者は机の上のノートを開いてリンネに向けた。


「計画だ」


 ページを埋め尽くすように数式と図式が書き込まれていた。


 Plan A、Plan B、Plan C……


 リンネはページをめくらせてもらいながら、番号を確認した。

 ページが足りなくなったのか、ノートは付箋だらけで膨らんでいた。

 番号は最終的に、527まで続いていた。


「五百二十七通りのプランがあるんですね」


「現時点では。随時更新している」


「……これは、実行を検討している計画ですか」


「効率的なものから順に検討している。現在はPlan Bを精査中だ。ただし魔王が滅んだ後の話になる。今は魔王討伐が優先される」


 リンネは記録をとり続けた。

 合理主義の極端な発展。感情的フィルターの希薄化。

 ただし、賢者はあくまで「魔王討伐後」を前提にしており、現在の行動に直接的な危険性はない。

 長年の研究者に見られる、現実から距離を置いた理論的思考の過剰発展と捉えるのが適切だろう。


「感情的に、その結論に対して何か感じることはありますか」


「ない」


賢者はノートを閉じた。


「感情は判断を歪める。排除している」


「感情を排除することで、日常生活に支障はありますか」


「ない。合理的に判断できるようになる」


「なるほど」


リンネは頷いた。


「ご自身の研究に、誇りを感じますか」


賢者はしばらく考えた。


「誇りという言葉が適切かどうか分からないが、正しいと思っている」


【賢者】

・高度に発達した合理主義的思考(論理的職業における典型的な傾向)

・感情の意図的抑制(自己制御能力の発達と解釈できる)

・極端な思考実験への傾倒(知的好奇心の表れ。実行可能性への現実的検討は現段階では行われていないと判断)

・総合評価:感情的サポートを適宜提供することが望ましいが、任務継続に問題なし



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