第一話
王城に呼ばれたのは、春の終わりかけた午後のことだった。
リンネ・アウラは馬車の窓から城壁を眺めながら、依頼書を三度読み返した。内容は簡潔だった。「勇者パーティーの精神状態を診断し、必要に応じてカウンセリングを実施すること」それだけだ。
王立心理研究所に勤めて十二年になるが、こういった依頼は珍しくない。
戦地から帰還した兵士、長期任務の騎士団、王家の側近たち。
人は精神的負荷に晒され続けると、必ずどこかに歪みが生じる。勇者パーティーともなれば、その負荷は一般の騎士の比ではないだろう。
魔王討伐という使命の重さ、絶え間ない戦闘、死の隣で生き続けるプレッシャー。
鑑定結果が思わしくなかったとしても、それは当然のことだとリンネは思っていた。
問題は、解決すればいい。
それがリンネ・アウラという人間の基本的な世界観だった。
謁見の間に通されると、国王は玉座に座っていた。五十がらみの男で、目の下に深い隈がある。戦争の疲弊というより、何か別の疲弊に見えた。
「来てくれたか」
「はい。王立心理研究所のリンネ・アウラです。ご依頼の件、謹んで承ります」
「うむ」国王は短く言って、一瞬視線を泳がせた。
「前任者のことは聞いているか」
「辞職されたと」
「……逃げたのだよ」
リンネは眉をわずかに動かした。
「逃げた、ですか」
「着任して三日で。夜中に荷物をまとめて、何も言わずに。その後、一度だけ手紙が届いた。私には向いていませんでしたと、それだけ書いてあった」
リンネは脳内でその情報を整理した。
前任カウンセラーが任務を放棄した。
考えられる原因は複数ある。
適性の問題、精神的準備の不足、あるいは想定外の状況への対処能力の欠如。
前任者に問題があったのか、環境に問題があったのか、それはこれから確認すべきことだ。
「ご安心ください。私には十二年のキャリアがあります。どのようなケースも、理論と対話で対処できると考えています」
「そうか」
国王は何かを言いかけて、やめた。
そして立ち上がりながら付け加えた。
「できれば、生きて帰ってきてくれ」
リンネは一瞬、その言葉の意味を考えた。
激戦地への同行を求められたのだったか。いや、依頼書にはそのような記述はなかった。城内での面談という認識だが。
「……はい、もちろんです」
首をかしげながらも、リンネは礼をした。




