風鈴が揺れる晩夏、とある教師に届いた年賀状【ゆめのおちかた短編】【なろうラジオ大賞7応募作品】
残暑が続く晩夏、校舎の割れた窓ガラスに飾った風鈴が揺れて来客の訪れを知らせた。
白い鳩の背中にはアルミの筒が取り付けられ、学校の主でもある白衣を着た男は二日酔いで意識がぼやける中、やや乱暴に筒から手紙を取り出す。
手紙は年賀状だった。随分と季節外れだが、どうやらかつての教え子が自分に宛てて出したものの様だ。
この年賀状を書いたのは正月なのだろう。
しかし今は骨組みだけになった体育館に向日葵が咲き誇り、校庭の朽ち果てた戦車の砲塔の上では三毛猫がのんびりとあくびをしていた。
『新年あけましておめでとうございます』
『先生は終末をいかがお過ごしでしょうか』
『これは皆できゃあまぐる坂を自転車で上った時の写真です』
『長崎県民として世界が終わる前に一度は上ってみたいと思いましたが』
『圧倒的なラスボス感を目の当たりにしてすぐに後悔しました』
『車が一台も通っていない女神大橋を走るのは楽しかったです』
『相変わらず馬鹿馬鹿しく終末を満喫しています』
『お酒を飲み過ぎない様、お体ご自愛下さい』
年賀状には写真が添えられ、教え子達が仲間と共に青春を謳歌している様子が伝わってきた。
実に若者らしい夢と希望にあふれる写真だ。
ビルの残骸の向こう側に見える陽炎は輝いていた在りし日々を映し出す。
しかしそれは形になる事なく、静かに消えていった。
今更こんなものを見ても虚しくなるだけだ。
白衣の男はそれ以上考えるのをやめ、化学準備室に戻って飲みかけの生ぬるい缶ビールの残りを飲み干した。
また自分だけが生き残ってしまった。
永遠に虚無が続くこの世界には絶望も希望も存在しない。
自分には想い出と安酒さえあればいい。
酔い潰れるまで酒を飲み、目を閉じればいつでもあの優しい世界に戻る事が出来るのだから。
手紙を届けた鳩は男がソファーで横になったのを見届けた後、翼を広げて果てしない蒼穹へと飛び去って行く。
ああそうか、あいつらはこんなダメ親父を見捨てないでいてくれたのか。
その事に気付いた男は安らかに眠りにつき、優しい夢の世界へ旅立った。
これがただの妄想だとしても、それでも構わなかった。
風に揺れた風鈴は微かに音を響かせ、それっきり音を奏でる事はなかった。




