27終点、始点、エピローグ
1ヶ月後。9月1日新学期。
夏休みはまたたくまに過ぎ去りあとに残ったのは連休明けの倦怠感と休日への未練だけである。クラスメートたちとの久しぶりの会話を交わし、僕はまだ眠気が残る目をこすりながら席についた。
橘が茶化すように「夏期講習ごくろうさん」と後ろを向いて言ってきたので「とても為になったよ」と生返事をしかえす。橘は結局予定していた韓国旅行は中止になった等々、愚痴愚痴と説明してくれたが、ハナから聞く気がない僕の耳には届かない。代わりにどっかの不細工なキーホルダーをくれたが、彼が僕に与えた様々なトラウマ(エロDVD)を考えればこの程度のものでは埋め合わせできないだろう。
教室に溢れるクラスメートたちは朝のHRまでもう時間は残されていないので一通り席についているが、まだ話足りないらしい一部の生徒は相変わらず立ち話に花を咲かせている。久しぶりの再会を喜ぶ気持ちは分かるが、もう何分もないから早く席についてくれないだろうか。
「ねぇ知ってる?」
隣の席に座る五十崎が僕にそう話かけてきた。
「なにが」
「転校生が来るんだって」
「へぇ。どこに?」
「そんなのウチのクラスに決まってるじゃない。じゃなきゃ話題に出さないわよ」
「言われてみればそうだなぁ」
ぷくぅ、とわざとらしく彼女は頬を膨らませた。
「でもさ、普通そういうのって夏休み前に言うもんじゃない?担任がサボったのかな」
「違うわ。なんか家庭の都合で急な転校になったんだって。夏休みの最初らへんに編入手続きを開始したらしいよ」
「家の都合以外に転校なんてあるのかよ」
「さあ。あ、でも高みを目指してレベルが上のとこにいくとか」
「ああ。なるほどね」
それにしても女子というのは不思議なネットワークでそういった噂を拾ってくるから凄い。五十崎柚も例外ではないようだ。
「あれ、反応薄いわね。もしかしてもうこの話知ってた?」
「いや別に。それよりさ、その転校生って男子、女子?」
「んー、確か女子だったと思う。あ、もしかして白江もそういうのに興味あるの?」
「何いってんのさ。男子なら友達になれるかもしれないだろ」
「その言い分じゃ女子とは友達になれないって言ってるみたいね。悲しいわ。私と白江に友情は存在しないだなんて」
「君が存在してると思うなら、あるんだろ」
「うわぁい、じゃ私と白江は友達同士ね。きひひ」
変な笑い声だったのでつられて僕も吹き出してしまった。
後ろをチラリと見た橘が「意味わかんねー会話してんなぁ」と皮肉を言ってきたが、その通りなので言い返すことが出来なかった。
「いつまで立ってるんだ。早く席につけ」
教室のドアを開け、担任がそう注意を促した。その声でようやく全員が席につく。
教壇に上がり先生は空席がないのを確かめてから大きな声で夏休み明けの挨拶を続けた。具体的に言えば、日焼けしたものがどうたらとか事故の報告がなく安心した、とか一時間もしたら脳から綺麗さっぱりなくなるようなどうでもいい話だ。
「さて、」
そんな短めの前置きを終わらせ、ありふれた接続詞を先生は用い、
「もう知ってる者もいると思うが、このクラスに新しい仲間が加わる」
小学生相手のような幼稚な言い回しで必要事項だけを端的に告げた。それに一部のおちゃらけた男子が「よっ!」と意味不明な合いの手を加える。
「夏期講習参加者の白江と三角は会ったと思うが、他の者は初対面だな」
「……」
隣の五十崎が「そうなの?」と目で尋ねてきたが、僕だって初耳である。
根拠不明な確信は、あった。
おかしいとは思っていたんだ。
完全に部外者な彼女がそう簡単に夏期講習に参加できるだなんて。
「じゃ、入って来てくれ。花見川むくげ さんだ」
教室の扉が再び開き、すっと小柄な少女が敷居をまたぐ。
今度はセーラー服でなく僕たちの高校の制服に身をつつんだ、丁度1ヶ月前に別れたばかりの女の子。
花見川……
驚きで言葉がでない。
いや、まさか、そんなバカな。いくら前住んでたところが火事に合ったからって転校を選択するなんて突拍子のないやつだ。
というか、
……同い年だったのか。小柄で童顔だし、年下の中学生だと思っていた。
先生の横に立った花見川は緊張した面もちで、自己紹介を述べた。
僕と不法投棄場であった時のような一方的なものでなく普通のあたりさわりのない内容のものだ。それが終わると花見川は横で黒板に彼女の名前を綴っていた先生をみた。
「ん、ああ。そうだな。んーと、じゃ、なにか花見川さんに質問がある人はいるか?」
「はい!」
先ほど合いの手をいれた男子がいの一番に手をあげ、許可をもらう前に喋りだしていた。
「彼氏はいますかっ?」
「あ、えーと」
いきなりのプライベートな質問とその答えが気になる生徒たちの視線の矢が彼女に襲いかかる。瞬きを数回してから、微笑んで続けた。
「いません。募集中です」
そのアルカイクスマイルに何人かの男子はきっと虜になっただろう。質問をした生徒は「イエス!」と叫んで小さくガッツポーズをとった。
「あー、うむ、他にまともな質問がある者はいないかー?」
一部を強調させた先生の呼びかけに答えるものはなく質問は打ち切りを迎えたらしい。先生は彼女の背中をトンと叩いて「それじゃ最後に一言」と彼女に命令した。
「はい、えっと、これからお世話になります。仲良くしてください、」
小さく息を吸ってから彼女は続けた。
「私の事はみなさん気さくに、花見川とでも」
そう言ってまた微笑む。
自意識過剰かもしれないけど、その笑みは僕だけに向けられていた、気がした。
「よかったじゃない、白江。可愛い女の子よ」
「うん。そうだね」
僕が漏らした息が隣の五十崎の耳に届いたらしい。
「それにしても変わった名字、花見川、だって。うふふ、なにか民族学的云われがありそうね」
「そんなん考えながら生きてるのって虚しくなんねーか?」
前の席の橘が振り返ることなく、ニタニタ笑いの五十崎に言った。
「全っ然!楽しいじゃない!!世の中は不思議な現象に満ちてるのよっ!それをつかみ取る一つのキーワードとして名前があるんじゃない」
「考えすぎだろ。名前が奇妙だと超能力や霊能力を会得する、ってのか?」
あながち間違っていないのが怖い。
「そうは言っていないわ。ただ、そうね、例えば座敷童に出会う確率はきっとゼロではないといいたいわけ。名前が珍しければ、そう言った不思議な現象を引き寄せるような気がしない?」
「わ、笑えない冗談はよせ。そ、そんなわけあるか。橘のようによくある名字でも、災難にあう時はあうんだぞ」
「なにをそんなに、ビビってるのよ?」
その後二人はわーわーと無駄な討論を軽く行っていたが、僕の耳がそれを捉えることなく、脳内は、転校してきた花見川の名前の意味とがミックスして細胞を埋め尽くしていた。
彼女の名前の意味する由来を、僕は知らない。
ただ、槿の花言葉は、尊敬、柔和、デリケートな美、そして『信念』。どうでもいいことだが、なんとなく見た辞典にはそう書いてあった。
そんなことより手をつけてもいない夏休みの日記(高校生らしくニュース記事についての考察を含めたレポート)をどうするか、考えるべきだろう。
そうだ、まだ時間は残っている。最終提出日は最初の授業だし、
夏はまだ終わっていないのだから。
と、いうわけで「サマースクール」全話投稿終了です。
春先に完成していたものを、ゆっく~り投稿して、タイトル通り「夏」に掲載完了したわけですが、……いかがでした?
こういうテイストでやるのは初めてだったので色々と支離滅裂なとこがあったとは思いますが、読み手の心を響かせることができたのなら、私としても「成功」した、と言えると思います。
「サマースクール」はこれで完結ですが、まだ書ききれてない部分があるので、機会があれば続き的なものをお届けできたらなぁ、と思っています。
……でも多分モチベーションが保てないので、あまり期待しないでください。
とにもかくにもここまで読んでくださってありがとうございました!




