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21逃避、戦闘、会話


 夏期講習という拷問に近い三時間は、図書室で借りた本が退屈を紛らわせてくれたお陰で苦に感じることはなかった。

 何事もなく放課後を迎えたのはいいのだが、合間の休み時間に花見川が学校に来た理由を問いただすことが出来なかったのは少しだけ心残りでもある。

 ててて、と帰り支度を整えた花見川が鞄をぶらぶら揺らしながら僕に駆け寄ってきた。

「トウちゃん、帰ろー」

「うん。ところでお昼はどうする?学食で食べてく?」

「……そーだね。と、桃里ちゃんいるし、家で食べようよ。学食はよそう」

「まあ確かにモモちゃん一人だとロクなもの食べないから、何か作ってあげなくちゃ」

 鞄の紐を肩にかけて立ち上がる。夏休みの貴重な半日を浪費し得たものがなにもないのは頂けないが学生なんてそんなものだ。文字を追い続け疲れた視力を取り戻そうと、目元をマッサージしていた僕のシャツが後ろに軽く引っ張られた。振り返ると案の定、席に座ったままの他クラスの女子が自身なさそうな上目遣いで見ていた。

「あの、」

「どうしたの?」

「さ、さようなら」

「……さよなら」

 キョドキョドとハムスターみたいな少女である。僕の返事を受けて、少しだけはにかむとそのまま花見川の方に視線をやった。

「は、花見川、さんも」

「え?私?あ、えーと、じゃ、じゃあまたね」

「うん。またね」

 別れの挨拶を告げた彼女は風のような速さで教室から出ていった。

 残された僕たち二人はキョトンとその背中を見送る。

「変わった人だね……」

「そうだな」

「でも良い人そう。お友達になりたいな」

「なればいいじゃないか」

「もう!なんでそう淡白なの!もう少しコメントしてくれたっていいんじゃないの?」

「ごめんごめん。お腹が減って気がたってるんだよ」

 疾風のごとく去っていった彼女に続くように僕たち二人も廊下に出た。ひとまず昇降口を目指す。花見川は先行していた僕に追いつくとわざわざ隣だって歩きだした。

「まってよぉ、トウちゃん」

 廊下は一時のラッシュで人が溢れている。夏期講習に参加していた人が一斉に帰宅するのだ。二十数名でも人ごみが苦手な僕は避けようと自然早歩きになっていたらしい。歩調を戻す。

「それで花見川、君はなんで夏期講習を受けたんだ?」

 ようやく本来の静けさを取り戻した廊下は、夏休みということを思い出させるような寂しさにつつまれていた。

「過ぎたことを言ったって変わらないよ。なーんにも問題なかったのだから、ひとまず安心なのだ」

「よくない。約束が違うじゃないか。君が外に出て危険な目にあっても僕は責任とれないよ。正直にわざわざ僕の学校に来た理由を教えてくれ」

「んぅぅむぅー。わかった。言えばいいんでしょ……」

 渋々といった様子で花見川は口を開いた。

「お告げの対象を、トウちゃんにしたの」

 足を止めて、彼女を見る。

 親に怒られる前の子どもみたいに、もじもじしていた。

「なんて?」

「明日トウちゃんはどうなりますかって」

「……それで予知の結果はどうだったの?」

 今更過ぎた事をあーだこーだ言っても変化しないと開き直っていたのに、急に反省しきった表情をされては文句が言えなくなってしまう。大体彼女も僕の事を思ってしてくれたことだ。自分の身だけ守れとは言ったが心配してくれた彼女の気持ちを無碍に扱うことはできない。

「学食で樒原と出会う」

「……またあいつか」

「うん。だから、学食には近寄らないよう家に、いやこのまま警察に行こうよ」

 確かに花見川と一緒じゃなければお昼を学食で済ませていただろう。昨日初めて会った時もそこだったというのに迂闊な判断である。つうかバカだ。

 花見川が一緒にいることによって助けられたということか。

「そうしようか。モモちゃんには悪いけどインスタントラーメンで我慢してもらおう」

「あっ、そうか。桃里ちゃんがいたんだった。う〜ん、このまま警察に行くと桃里ちゃんがかわいそうだし……」

 腕組みをして妹の心配をしてくれるのは有り難い。

「でもわざわざ学校にまで来なくても電話でもしてくれればよかったのに」

「電話だと繋がるかどうか不安だったし、一回夏期講習ってものが受けてみたかったからね」

「変わった考えをお持ちで」

「ほんとは朝に言うつもりだったんだけど寝坊しちゃって気がついたらトウちゃん家でてたんだもん。仕方なく追いかけたら追いぬいちゃってたけど」

「図書室に寄ってたんだ」

「まあそんなこんなで紆余曲折あったけど、学食にさえいかなきゃいいんだからこれで問題は解決でしょ。樒原さんとは学食で会うことになってたんだから」

「そのお告げなんだけど、続きとかはないの?例えば……」

 階段の踊場に設置された消火器にチラリと目をやってから尋ねた。

「樒原は学校に火を放つ、とか」

「テ、テロリストみたいに大規模だね」

「今のは冗談だよ。僕と樒原が学食で邂逅する、ということ以外には何かなかったの?」

「うん、特には。ほんとにその一文だけ。私のお告げには詳しい時とそうじゃないときのムラが激しいから……」

 視線を赤い消火器に落として花見川は呟いた。

「私のうちにもこういうのがあれば少しはマシになったかもしれないのに」

「……行こう。樒原となんか会いたくないからね」

 階段に足をかけ、一段さがる。二段目に足をかけた時、彼女が立ち止まったまま動いていないことに気がついた。

「どうしたの?」

「ちょっと教室に忘れものしちゃったみたい」

「何忘れたの?」

「携帯電話。多分机の中にいれっぱなしになってんだと思う」

 ポケットをまさぐったり鞄をを確かめたりしているけど、探し物は出てこなかったらしく、花見川は小さくため息をついてから言った。

「ごめんトウちゃん、ちょっと待ってて。取ってくるから」

「僕も行くよ」

「一人で大丈夫だよ」

「まあそう言うなって」

 彼女が歩きだすよりも先に教室に引き返すため足を進ませた。花見川はそれを見て、慌てたように僕の後について来た。


 戻って来た1―Aの教室は、人が一人もおらず、シンと静まり返っている。どうやら用なんかねぇよ、とみんな残された一日をエンジョイしに教室を飛び出したらしい。電気も消されている為、昼間なのに妙に薄暗い。太陽がちょうど天頂で直射日光が少ないからだろうか。

 花見川は自分が先ほどまで座っていた机まで駆け寄ると、腰をかがめて中を見た。

「あれ?無いや」

「無いや、じゃないだろ。他に心当たりはないの?」

「うーん、そうは言ってもなぁ」

 キョロキョロと見渡しながら、後頭部をかいている。教卓の前というアンラッキーな場所で授業を受けていた彼女が他に場所を移動していた記憶はない。

 しかたがないので僕も手伝おうと教室の中心辺りに立ち床を隅々まで見渡してみたが携帯は落ちていなかった。

 すこし焦ってきたらしくオロオロと教卓の裏まで見ている彼女に僕は自分の携帯を取り出してたずねてみた。

「コールしてみようか?あ、もしかして授業中だから電源切ってた?」

「そ、その手があったか!是非お願いするよトウちゃん。たしかメールの着信はマナーにしてたけど電話は何も操作してなかったハズだからさ」

「電話もしときなよ。言っておくけどウチの学校携帯持ち込み禁止だからね」

「私はまだ部外者だからいいけどトウちゃんも持ってきてるじゃん」

「揚げ足とりはよしてくれ」

 携帯画面をパチリと開き、昨日なんだかんだ手にいれた彼女の電話番号に決定キーを合わせた時だった。

 ふと、思いついた。そうだった。教師に無理やり席移動させられる前に彼女は、

「花見川、そこの席じゃなくて僕の――」

「今日は花見川むくげもいるじゃねぇか」

「!」

 僕や花見川のではない第三者の声。そして、会いたくもないくそ野郎の気配。

 声がしたドア付近を見ることが出来ず花見川のほうに視線を流した。

 彼女は、そいつの赤髪で彼の正体を把握したらしく怯えるように息を飲んでいた。

「よーぅ。昨日ぶりだな白江藤吾。そして初めまして、ああ二回目か。だけどこうして面と面を向かいあうのは初めましてだな花見川むくげ」

 気さくな挨拶を繰り出してきたけどそれに返事なんて出来るはずなく立ち竦んでいた。花見川は恐怖で目を潤ませている。「おいおい暗いぜ、お二人さん」

「樒原、どうしてお前がここにいるんだ?」

「ノスタルジックな気分になってぶらり高校によってみたら、知り合いにあったんで話かけてみる、ってわけ」

 こいつと僕は学食で会う予定だったはずだ。ここにいるということはコイツは教室に寄ってから学食に行く気だったのだろう。以外とマメな性格をしてやがる。運命が変わったとかロマンチックなことは考えたくないのだけど。

 まずいことになった。僕一人ならまだしも今は花見川がいる。

 逃げる?

 戦う?

 それとも、奴の話をきく?

 僕の脳内にRPGのコマンドのようなものがふつりと浮かんだ。




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