16質問、自殺、超能力
超能力と聞いて真っ先に思い浮かべるのがスプーン曲げだ。2日前の僕なら、そうだったのだが、今はスプーンではなくある少女だった。
人間は筋肉を使い物体を動かす。筋肉を使わず現象を発生させたらそれはもう立派な超能力だ。触れずに物を動かしたらサイコキネシスという特殊能力だし、声帯を使わず思いを伝えたらテレパシーだ。
そりゃ人間には秘められた力があるかもしれないけど、僕の生きてる世界にそんな非現実はこれ以上必要ない。僕の中でのSFは『サイエンスフィクション』ではなく『少し不思議』であり、そこのところは花見川で満タンになっている。
「超能力、ねぇ」
「疑ってんな。だから言いたくなかったんだ」
べらべら立て板に水で勝手に喋ったのはそっちの方だ。
僕が疑念に満ちた目をしていることに樒原は気が付いているらしい。
「ちっ。心外だ」
きれいに染め上がった髪の毛を手櫛でいじり、唇を尖らせた。苛立ちを表に出して僕に反省を促しているようだが、その行為の一つ一つが照れ隠しにしか見えなかった。
「それでどんな能力なの?」
聞いてほしそうなので、舌を動かしてみた。
「あー。俺に訊いてんの?」
「僕の前には君しかいないだろ」
にやりと笑ってから彼は続けた。
「能力っていうと、俺の“チカラ”がどんなのか知りたいんだな?」
うわぁ、この人わざわざ強調して訊いてきたよ。面倒くせぇ。
「そうだね」
「くっくっく、聞いて驚くなよ」
スッと息を吸ってから、彼は続けた。
「時間を止められるんだ」
「はぁ?」
よりにもよって凄まじい能力者だった。予知夢が視れるとか、次元が違う。
「ただし、俺も動けないけど」
数秒で付け加えられた補足説明は、なんとも言えないものだった。
「……意味あるの?それ?」
「ない。つうか嘘だ」
「嘘かよ」
時間を無駄にしたよ。
樒原の意味不明の嘘で場が和む、なんてことはなく、変わりに感じたのは静かな苛立ちだった。
「結局なんなのさ」
「なにってなにが」
「君は超能力者なんだろ?」
「いえす。物心ついた時から俺には人外の能力が備わっていてな」
「予知とか透視とかサイコメトリー、テレポート、千里眼。樒原のはどのタイプに分類されるんだ?」
わざとらしい含み笑いをしてから樒原は、白い歯を見せながら僕に言った。
「バトル物の漫画かなんか読んでてよ。思ったことないか?なんで敵はベラベラと自らの能力について解説してんだよ、と」
質問の答えになっていない。僕の苛立ちを助長するだけだった。
「あまり漫画を読まないからわからないな」
「漫画を読まない、だぁー?んじゃ何読んで育ったんだよ」
「別に読書しなくても生きていけるだろ」
新聞や専門書などは読めるのだがストーリーのついた小説や漫画は小さい頃から目を通すことが苦手だった。強制されれば読めないことないが、自ら進んで手を伸ばすなんてことはしたことがない。
「げぇー、信じられない野郎だ。てめぇどこの異星人だよ。日本人じゃねぇー」
「人より読む量が少ないだけで、読んだことがないってわけじゃないよ」
「うるせぇ。国語の教科書でも読んでろ」
なんか知らないが樒原から僕への好感度が今のでガタ落ちしたらしい。この人、見た目に似合わずオタクなのだろうか。
「たくっ、話を続けるぜ。ともかく俺が言いたいのは、敵に能力を明かせばパワーアップするってわけでもねぇのに、フィクションじゃおおっぴらに自分の手の平を見せすぎだってわけだ。マジシャンがマジックのタネを明かしてるようなもんだぞ。致命的だ」
樒原は演説するみたいに両手を広げ、表情をうつろにしていたが、言い終わるとコメントを求めるように僕をチラリと見た。
「だから?」
「そう簡単に手の内見せるか。俺は大々的に能力を明かさないって誓ってんだ」
「でも君と僕は敵対関係じゃないし、なにより僕はなんのチカラも持たない一般人だ。もともとのリングが違う」
口から出任せ、とまではいかないが、僕は全体的に目の前の男を信用しているわけではなかった。人間性自体は目の敵にするほどではないだろうが、こいつの捉えところのない煙のような不気味な雰囲気は好きになれない。
「協力関係でもねぇーだろ。さっきから話を聞いてると、お前はやけに花見川にこだわりを持っている気がする」
「そりゃまんざら知らない人ではないからね」
助けを求められて、無碍に扱うなんてこと出来るわけない。
「出会って数日もしてねぇだろ。それなのに不自然だ。俺が何したか知っているにも関わらず対峙して逃げ出さない、ってのがな。普通通り魔犯を目の前にして逃げ出さない奴はいないぜ」
「今だって駆け出したいさ。だけど足が震えて動かないんだ」
「パチこいてんじゃねぇぞ。元気いっぱい俺に向かって来てんじゃねぇか。正義のヒーローにでもなったつもりか」
「そんな大それた者、憧れを抱いたこともない」
「それならばなぜ花見川むくげに肩入れをする。ほぼ無関係の人間なのに」
意味なんて……。不自然を指摘されようが、僕の性格がこうなのだから、としか言いようがない。
「花見川に惚れでもしたか?顔は可愛いかったからな。あの子」
「そういう事にでもしといてくれ。僕は花見川を愛してるんだ」
「かっ、白々しい」
湿った空気に汗の玉が頬を伝って顎からアスファルトに落ちた。
何を緊張しているんだ僕は。樒原が何を言おうと、深読みしすぎだと笑ってやればいい。
「それより、僕の質問に答えたらどうだ?樒原」
「質問?ああ、俺の能力についてか。だからさっき言っただろ。俺はペラペラ手の内語る雑魚じゃねぇんだ」
右手のナイフが空を切った。いや、錯覚だ。思ったより勢いがついていたからそう思っただけだ。
「んぐッ」
僕の手から放たれたナイフは樒原のわき腹にあたり、地面に2、3回バウンドして転がった。
回転もなしに一直線に暗闇を引き裂いたナイフの刃にはもちろんカバーがかかったままだったが、投げた感覚は今も手に鈍く残留していた。
「っってぇ!なにしやがる!?」
初速を加えた僕の右手と、ナイフ自体の加速度は樒原のわき腹にダメージを与えたらしかった。当たり前だ。物が当たれば痛い。
「それ」
わかっていたが、僕は投げた。そして今、涼しい顔で地面に転がったナイフを指差している。
「取れなかったから僕の勝ちだね」
「……あのスピードは無効だろ」
「次からは気をつける、そういうことにしよう。たった今、そう決まった。だけどついさっきまでルールに含まれてなかったから、質問には答えてくれよ。そういうゲームだろ?」
「はっ。屁理屈だな」
鼻で笑いつつも樒原は楽しそうだ。なんだこの人、マゾが?
「お前が俺を無理やり説き伏せようとしてるのはわかったがてめぇの言い分は筋ってもんが通ってねぇ」
「君が常識をわきまえた人間だったらそう思えばいい」
「おーおー、言うようになったじゃねぇか。てめぇ自分の状況わかってんのか?ちょっと周りを見渡してみろよ」
人通りはゼロになっていた。道の真ん中でオレンジ色の街灯に照らされる僕と樒原以外に人はいない。
寂しい、と思う前に、目の前の彼のプロフィール欄を思い出し総毛立つ。通り魔犯の絶好のシチュエーションだ。
「二人きりだ」
「その通り。それを覚悟して俺をキレさせようってんなら、おめーは思ったより肝が座った野郎だ」
「ただ単に忘れてただけさ。逆上したのは僕の方で、猪突猛進のバカなんだ」
「くくっ。そういう過激なのは好きだ」
ニヒルな笑いを浮かべ樒原は言った。
「いけすかねぇ野郎かと思ってたらなかなかおもしれぇこと言うじゃねぇか。そのユーモアに免じて特別サービスで俺の負けにしといてやるよ」
なんだか知らないが勝った。喜びの万歳三唱を心の中でするとしよう。
「答えるのはさっきのでいいんだな?」
「ああ」
どうせハッタリかなにかだろ。そうは思うが彼がどんな事を考えているかは興味がある。
樒原は僕が頷いてからタメるなんてことせずにすぐに言葉を続けた。
「人が死ぬのがわかる」
超能力者は公表したがらない、というのは彼の持論だが。
「え?」
なんとも地味な能力だった。
「俺にはもうすぐ死ぬ人が分かるんだ。その人の周りに負のオーラっていうのが出ててな。それでなんとなくヤバい奴がわかるのよ」
猫など人の気配に敏感な生物が、寿命わずかの人を察知できると聞いたことがある。それと同じなのだろうか。
「なかなか興味深い力だけど、実生活では使いどころが無さそうだね。まさか死にかけの人にあなたもうすぐ死にますよ、なんて言えるはずないもんね」
「そーでもねぇーよ」
僕の言葉を遮る樒原は、少しだけ悲哀に満ちた瞳でなにかを憂うようにボソりと続けた。
「お前は日本の自殺率がどれくらいか知ってるか?」
「自殺率?」
急の発言で面をくらうが、ぽっと解答が浮かんだ。たしか
「3万人前後、だった気がする。ただし警察で自殺だと断定される必要があるから実際はもっと多いだろうね。解剖医も不足がちだから自殺と判断されないケースもあるんじゃない?」
「よくわからんが、日本は世界的に見て自殺大国らしい」
そんな大国になったところで嬉しくもなんともない。なんか話がずれて来ている気がする。
日本人はメンタルが弱いのかなんなのか知らないが、自殺率が他国から見てもけっこう高いのは確かであった。計算してみると年間交通事故で亡くなる人な五倍以上もが、自ら命をたつのだそうである。
自殺の理由として日本では一番に経済があげられる。自殺率では中高年のサラリーマン男性が一番多く、それが顕著に現れている。失業者と自殺率は相関関係にあるのだ。欧米では自殺率は老い先が短くなり生きる希望を失った老人のほうが高いのに、日本の閉塞された状況がありありとデータに記されている。
それはそうと、樒原は突然なにを言い出したのだろうか。
短い付き合いだが彼は愛国心溢れる若者でなく自分が楽しければそれでいい、という自由人っぽい性格だとおもっていたのだが。
認識不足か?
「突然どうしたんだ。君の能力についての説明じゃなかったけ?」
たしか今はその時間のはずだ。反則めいた手法で勝利をもぎ取った僕が言うのだから間違いない。
「ああ、だから能力の説明さ」
彼はそこで初めて気がついたみたいに僕が放り投げたままにしてアスファルトに転がったままだったナイフを拾おうと前屈みになった。
「俺は人がいつ死ぬかわかると言ったが、死に方によって見方がかわるんだ」
「見方?」
「ああ、もうすぐ死ぬ、っていう人間にはなんか、こう、モアモアと全身から煙が上がって見えるんだよ。俺の目には」
抽象的だが、言いたいことはわかった。聞けば聞くほど不思議な能力である。欲しいとは思わないけど。
「それに死にかけの人間しか煙が立っているわけでなく。病気で悪い箇所があればそこからも上がって見えるから意外と便利なんだぜ」
「定期検診いらずだね」
「ん、あー。そーだな」
樒原は初めて考えついたみたいに照れた顔でポリポリ頭をかいた。
「まっ、病死するやつはそれで大体わかるんだわ」
知ったところでどうすればいいんだよ、と僕は思った。
「ただ俺にも見えないもんがあってな。交通事故とか突発的な怪我の死亡事項はわかんねーんだわ」
彼の能力は未来予知、ではなく、透視にカテゴリーされるわけだ。
「それ以外はわかるんだ。たとえば憂鬱な気分とか気が塞ぎこんでる人の煙とかな。そして、」
いままでのは全て前フリだったらしい。彼はようやく本題をきりだした。
「その煙が激しくなった自殺する人なんかもな」
自殺…、さっきも彼から、きいた。タイミングがよくわからなかったけど、今ならわかる。
「……樒原、お前まさか」
「ああ」
「俺は通り魔じゃねぇ。自殺を手伝ってやってんだ」
それを聞いて僕はどうしたらいいのだろう。




