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1初夏、邂逅、スクラップ


 心機一転頑張っていきたいとおもいます。

 今回しか前書きを書かないと思うので、何か良いことを言いたいとは思うんですが…、何も浮かばない。

 まあ、いつものことですよね……。

 とにもかくにも、どうぞ宜しくお願いします。





鳥が空を飛ぶ。その姿をイメージをする時、曇り空を思い描く人はあまりいない。殆どの人が抜けるような青空を想像するだろう。


空はなぜ青いのか、という質問に屈折率を引き合いにだすのは間違っている、ロマンチックな返答を期待する人はそう言うが、それ以外の回答があるなら教えてほしいし、なにより前提が間違っていると、僕は思う。

空は青だけでなく、いろんな色に満ち溢れている。

 黄金色から始まった空は様々な色をへて、夜の色へと染められていく。一日だけで多くの彩りを見ることができるのだ。質問自体が別次元に存在する2つを比べることなんて出来るわけがない。

 そんな多彩な世界で僕が今望むのは輝く太陽の光を遮断してくれる白い雲の存在だった。



 うだるような暑さとはよく言ったものだが、今日はまさしくそんな気温だった。炎天下の三文字が僕を照り焼きにせんとつつみこんでいる。

 朦朧としだした意識を繋ぎとめるよう、ぬるくなったスポーツドリンクに口につけた。爽快感はなく、口内に独特の風味を残すだけだ。滝のような汗がシャツをピタリとくっつけ、えも言われぬ気持ち悪さを演出していた。

 重たくなった足を引きずって一歩一歩を確実に前に進ませる。鬱陶しくもジージー鳴き声を上げるセミだけが、僕の世界の他者だった。辺りに人の気配はない、好都合だ。


 僕は今、最悪な気分のまま、近所の小学校を見守るように存在する山道を登っていた。母校をチラリと横目に見ながら、息を切らせて歩き続ける。

 山、というよりは丘という表記の方が正しいのだろう。在校時、この丘には生徒は近づいてはいけないという校則が存在していた。

 自然と触れさせる恰好のスポットだというのに、教師がそう取り決めたのには理由がある。

 丘陵の山林を抜けた場所に、巨大な不法投棄場があるのだ。県外からも持ち寄られ、見る見るうちに膨れ上がった非合法のゴミ捨て場は今や立派に市が抱える大きな問題に成長していた。

 中学生の時、ボランティアと称してよく山林のゴミ拾いをさせられたもんだが、それでもそこがなくなることはなかった。中学校ごときが扱える問題ではなかったってのもあるし、業者を呼んで処理してもらってもすぐに元の状態に戻ってしまうからである。

 地元民としては頭を悩ませるべき問題なのだろうけど、今はその存在が有り難った。

 物を内緒で捨てに行くからである。

 ちらりと視線を僕の歩みにあわせ振り子のように揺れる紙袋に落とす。

 手にもったパンパンの紙袋。僕が軽い遊山するはめになったのは全てこいつのせいなのだ。


 ようやく不法投棄場についた。視界に広がるゴミの山、憎むべき存在のはずなのに、感謝の念が巻き起こるのは本来ならばあってはならぬことだろう。

 小さいものから大きいものまで、色々な物に溢れている。

 粗大ゴミの不法投棄は費用がかからなくて家計には助かることだろう。この辺まではうまいこと車であがれるし、これだけ物が溢れていれば自分のは紛れてわからなくなる。セコい人たちだ。

 まあ僕は人の事言えないのだけど。

 とりあえずここまで来たら一安心だ。真夏はちょっとの運動で汗が吹き出すから、少し休憩することにしよう。僕の目的地はこの先もう少し行ったところにある古い掘っ建て小屋だ。この不法投棄場は通過点にすぎない。

 足元に紙袋をドシンと落とし、安堵の息をつく。ちょうど日陰になっている位置なので、心地よい自然のクーラーを全身に浴びることができる。そよそよとはりついた髪をやさしく風が乾かしてくれた。

 ようやくこの厄介ごととお別れできる。そう思うと無意識に頬が綻び、悩みの種だった紙袋を見ても沈鬱な気分にはならない。


「そこで何してるのかな?」


 ギクリ、とした。

 どこからかまだ幼さが残る声がしたのだ。慌てて辺りを見渡すけれど声の主は見当たらない。

 気のせいか?

 人の気配はなく、蝉の鳴き声しかしない。長く休みを取りすぎて耳がおかしくなったのだろうか。ともかく、この場を去ろう。

 無理やりそう決めつけると、幻聴が聞こえはじめた自分の意識を保つため、少し強めに頬を一回叩き、寄りかかっていた木から背中を放した。足元にある紙袋の紐を取ろうと腰をかがめた時、はっきりと物音がしたので顔だけあげてみる。幻聴ではなかった。

 女の子が積まれたタイヤの横からひょっこりと顔をだし、ぴょんぴょんとゴミを避けながら僕に近づいて来ていたのだ。天狗のような身のこなしで着々と僕に近づいてくる。

 なんてこった。

 僕は額を軽く抑え、一瞬にして目の前まできた彼女に視線を合わせた。

 ポニーテールの女の子が立っていた。小さな輪郭を際立たせるようにセミロングの髪を後ろで結った、身長はそれほど高くなく、おそらく中学生くらいの少女。小柄ながらフットワークは随分軽そうだった。活発という二文字がお似合いである。

「こんなところで何してるの、あなた?」

 表情は柔和だけど、声は固い。僕より頭一つぶん低い女の子だというのに、物腰は随分大人びていた。

「不法投棄」

「え、……」

 正直なその漢字四文字にボタンのようにばっちりと円く開いた愛嬌のある瞳が曇る。柳眉を逆立てキツい口調で彼女は声を荒げた。

「その行為がどれだけ街の人の負担になってるかわかってるのかな?」

「それはもう。塵も積もればなんとやらだからね」

 そもそも僕が街の人だし、学外体験でゴミ拾いを経験したのだ。袋何十個ぶんと高く積まれた山を今もありありと思い出すことができる。

「わかってるなら、やめた方がいいんじゃない。迷惑だし、持って帰ったら?」

 正直な回答に困ったように眉間にシワをよせながら、一端の新任教師のような口調で僕に命令する。

「んー、一つ真実を言わせてもらえばこれは僕のゴミじゃないんだ」

「んじゃ、なんなの?」

「言っても信じてもらえないだろうけど、」足元の紙袋を指差して、現行犯は言い訳を開始する。いや、僕の場合は本当の話だ。一応言っておきたかった。

「知り合いに無理やり渡されたんだ。迷惑なことに」

「っもう、だったらその人をここに連れて来て。私が説教してあげるから」

「そうしたいのは山々なんだけど、生憎彼は旅行中なんだよ」

 僕にこれを渡すだけ渡した真犯人、橘は今頃韓国でキムチでも食っているだろう。夏休みに入ってすぐに家族旅行だから羨ましくはある。

「なんだか胡散臭い言い訳」

「言い訳だろうとなんだろうと、事実なんだ。地元民として心が痛むけど、僕にだって事情がある」

「それは違うよ。関係ない」

 呟くと、彼女は地面の紙袋を爪先で軽く蹴飛ばした。僕を焚き付けるつもりで、小突くつもりだったのだろうが、存外力がかかっていたらしい。紙袋はバタンと倒れ、中身が勢いよく滑り出した。

「な、ぇ?」

 目も塞ぎたくなるような状況になってしまった。


 アダルトDVDだった。

 どキツいピンクのパッケージがこげ茶色した地面に彩りを加える。もちろん紙袋全てがDVDというわけではないが、中身は全て18歳未満お断りの雑誌などなのだ。

 彼女の瞳孔は大きく散開、口はわなわなと見るからに戸惑っている。震える人差し指で、その惨状を指差しながら何か言おうとしているけれど、言葉を纏められず、「ひゅ、ひゅ」間抜けな空気が漏れる音がするだけだった。乙女には早過ぎる世界だ。

「物は大切に扱おう……」

 そのままにしておくわけにもいかず僕は取り繕うようにしゃがみこんで、散らばったマニアックな性癖をお持ちの皆様には大好評のブツを集めはじめる。橘の平和なツラをぶん殴ってやりたい。

「あ、ぇ、ご、ごめんなさい!」

 何故か彼女は顔を真っ赤にさせて謝罪を口にした。ひとえにDVDの効力だろうか。しかもこれ、熟女オンリーなのだ。なんだか泣きたくなってきた。

 橘が僕にこれを託したのは昨日の朝のこと。なんでも付き合っているカノジョに見つかってしまったのだそうだ。「私というものがありながらなんでこんな物っ!」と処分を言い渡された橘は捨てるのは忍びないと無理やり僕の家に痴話喧嘩の原因となったアダルトDVDを置いていったのだ。なにが「お前もこういうのに興味をもつ歳だろ?」だ。

 とにかく僕には大迷惑な話だった。捨てるにも地域指定のルールがあるし、売るのもどうにも恥ずかしい。突き返そうにも橘はいまは遠く、途方に暮れた僕が思いついたのが、不法投棄という最後の手段だったのだ。

 もちろん良心の呵責はあるが、緊急避難というやつだ。名も知らぬ少女に知られてしまった時点で、天罰が下ったみたいだけど。

「それじゃあ、いいかな。僕もなにかと忙しいんだ」

 袋に再度恥辱の物を回収し終わり、腰を伸ばして汗を拭う。立ち眩みに似た疲労感が僕の頭を揺さぶった。そう、僕は確かに忙しい。

 一学期に自主休校を連発してしまったので、今日から始まる夏期講習に強制的に参加するという条件で、ギリギリ単位を取らせていただいたのだ。今だって学校帰りなのである。

 その上家族は今朝から僕一人を置いて実家に帰省中。数日限定の一人暮らしにワクワクを積もらせるより、家事をやらなくちゃいけない憂鬱の方が遥かにデカく、溜め息はついてもつき足りない。


 気のせいかさっきより重くなった紙袋を手に持ち、早足でその場を去ろうとした。目的地はこの先の掘っ建て小屋。通称エロ本小屋である。

 噂にはなっていた。暗黒街(不法投棄場の別称)を抜けた先、エロ本に溢れた掘っ建て小屋がある、と。当時の幼気な小学生男子の僕たちはエロに若干の興味はあるものの表だって行動をうつすことなく、女子と遊んだものがいれば「○○エロー」と囃したてるバカガキだった。よって、噂の真意を確かめようとはせず、大人しく校則に従って健全な遊びに明け暮れたものである。

 中学校に上がって状況はターニングポイントを迎えるする。他の区から来た少しマセた友達ができたことにより僕たちの視野は大きく広がったのだ。そいつはやけにエロ知識に詳しく、どこの学校にでもいる思春期少年だった。そして例にもれず、手ごまねく僕たちに勇敢に「エロ本小屋に行こうぜ!」と提案したのだ。5人くらいで今の僕と同じように山を登り小屋を見つけ出し、中に入って目を円くした。噂は本当だったのだ。

 それ以来足を運ぶことがなかったソコに再び行くことになるとは思わなかったが、木を隠すなら森の中、エロDVD隠すならエロ本の中、という標語に従ってここまではるばるやってきたのだ。

 長い回想になった。

 僕の痴態を目撃した彼女と目を合わせないように、あの時を回想しながら奥へと歩みを進める。彼女だって、いきなり現れた変質者(誤解だけど)とお日様の下、立ち話を交わしたくはないだろう。


「待って!」

 なので呼び止められる意味が分からなかった。

 彼女は先ほどと同じように鈴を転がしたような声で僕の背中に呼びかけて、距離を埋め合わせるようにそっと僕に近づいてきていた。

 息を吐き出しながら、振り向く。太陽に照らされ栗色になった髪を揺らしながら、女の子はブツブツと呟きながら僕の正面に立った。

「最悪な出会い方」彼女の呟きにそんな単語が聞き取れたけど、それには首を縦にふって同意せざるをえない。

「えっと、何?」

 呼び止められたはいいが次の言葉がいつまで経っても来ないので、たまらず僕は尋ねた。

「あっ、ごめん。ついつい自分の世界に入っちゃてたよ」

「はあ」

 あっけらかんと破顔一笑して彼女は続けた。


「私を助けてくれないかな?」

「…え?」

「あなたなら出来るはずだから」


 どこかでカラスが鳴いたけど、元気にいっぱいのセミの声にかき消されている。

 いきなりの発言に脳は真っ白。だけど残った回路で鼓膜に確かめてみるが、彼女の発言を裏付けをするだけだった。

 初対面の人に助けを求めた少女は別段逼迫した感じではない欣々然とした笑顔を浮かべて僕にお願いをしてきたのだ。

 やっぱり理解不能だった。




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