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思いをつなぐ文字

作者: 春咲菜花

春夏秋冬。

それぞれの美しい景色を見て喜ぶ人々。

私はそんな人達が憎い。

すごく憎い。

どうしてみんな幸せそうなのに、私はこんなに不幸なの?

もう嫌だ。


◇◆◇


「天音、調子はどう?」

「……」

「今日は綺麗なお花を買って来たの」

「……」

「ほら見て。綺麗でしょう?」

「……」


お母さんが病室にやって来た。

その手には色とりどりの花束があった。

お母さんはベッドの横の花瓶を手に取って洗面所に向かった。

花瓶に入った花束は綺麗だ。

花瓶を置いたお母さんは椅子に座った。


「天音、もう春よ。ほら、桜が綺麗」

「……」

「ねぇ、天音。どうして何も言ってくれないの?」

「……」


何も言わないんじゃない。

何も言えないんだ。

私はストレスで言葉を話せなくなってしまった。

心因性失声と呼ばれているらしい。


「お母さんが丈夫な体に産んであげられなかったからなの?」


お母さんは悲しそうな顔をして言った。

お母さんを責めてるわけじゃない。

私は幼い頃から病気を患っている。

五歳までは普通の子だった。

なのに、私は病気になった。

みんなは「絶対治る!」「大丈夫だよ!」って言ってくれるけど、簡単に治るわけない。

だって五歳で入院してから、もう七年経ってるもん。

七年も経っててまだ治らないものが治るはずない。

私、もう十二歳だよ?

相部屋で仲良くなった子はみんな笑顔で退院して行く。

ずっと羨ましかった。


――コンコンコン。


「どうぞ」


お母さんが返事をした。

入って来たのは看護師さんと見知らぬ男の子とそのお母さん。

ああ、また新しい子か。


「瀬崎さん、この子は今日から隣のベッドで過ごす安斎さんです」


男の子は前に出て来て笑った。


「安斎咲夜です。よろしく」

「……」


咲夜という人は何も言わない私を見て首を傾げた。

初めての人は大体こういう反応をする。

その反応を見てお母さんは慌てて口を開いた。


「瀬崎天音です。ごめんなさいね、天音は言葉を話せなくて。ほら、天音スケッチブック買って来たやつ」


お母さんは真新しいスケッチブックを私に渡した。

私はそこに一言だけ書いて、咲夜くんに見せた。


『よろしく』


咲夜くんは笑顔で「よろしく」と返した。

お母さんは椅子から立ち上がって私を見た。


「天音、私はもう行くわね。すみません安斎さん、これから仕事なので」

「いえいえ、頑張ってくださいね」


咲夜くんのお母さんは微笑んで私のお母さんを見送った。

咲夜くんは私のそばに来た。


「あまねちゃん……?」

『天音でいいよ』

「へぇ、天音ってそういう字を書くんだ。俺は花が咲くの咲くに夜だよ。あと俺も呼び捨てでいいよ」

『分かった』


咲夜はずっとニコニコしてる。

表情の変わらない私を相手にして気分を悪くしないなんて、変な人。

咲夜のお母さんは私のスケッチブックを見て目を見開いた。


「字が綺麗ね。バランスもいいしすごいね」

「……」

「あっ、ごめんなさい。私、書写の先生をやってるものだから感心しちゃって」


照れたように言う咲夜のお母さんは若い。

私のお母さんの五つくらい下かな。


「天音ちゃん、改めて咲夜と仲良くしてね」

『分かりました』


私は咲夜のお母さんに微笑みかけた。

咲夜のお母さんはしばらくしてから帰って行った。


「はぁ、やっと行ったか。お前の前では演じる気はないから言うわ。俺は母さんの前ではいい子ちゃんを演じてる。面倒だからな」


さっきの態度から咲夜は豹変した。

優しそうだけど胡散臭かった笑顔は、冷たい目をした無表情になっていた。


『へぇ、奇遇だね。私も同じようなものだよ』


私は笑って見せた。

咲夜は頬をひきつらせて「そうか」と言った。


◇◆◇


――半年後


それから私達は会話をするほどの関係ではあるものの、それほど仲がいいわけじゃない。

私達は自分達の病気について話していた。

私達は今で、半年も同じ部屋にいるのに、お互いの病気について話してこなかった。

話の流れでそうなってしまったんだ。

私は病名を書いてそれを咲夜に見せた。


『慢性型の白血病。このせいで小さい頃からずっと病院。……咲夜は?』

「俺は心臓病」

「……っ」

「重症の方のね」


心臓病は重症であればあるほど、生存率は低くなる。

助かる方法はドナーが見つかるくらいしかない。

ドナーが見つからなければ……。


「ドナーはな、順番を待ってる人が多いんだ。だから俺が助かる可能性は低い」


私はまだ助かるかもしれない。

けど、咲夜は……。


「俺、学校に行ったことがないんだ。俺に外に出た記憶はない。可哀想だと思わないか?」


私も学校に行ったことはない。

でも、家族で桜や紅葉を見たことは覚えてる。

咲夜にはその記憶はないんだろう。


「あ……。あう……」


声を出したいのに出ない。

咲夜はそんな私を見て悲しそうに見た。


「お前が声を出そうとしてるの、初めて見たな。平気だよ。俺はもう覚悟できてるし。それに、お前もこれ以上悪化したら助からないだろ?」


私の病気はこれ以上悪化したら死ぬ。

でも、助かるかもしれないってところまで来ている。

そんな私と咲夜が同列なわけがない。


「天音ちゃん!」


看護師さんが病室に少し走って入って来た。

そして、ペンを持っている方の手を両手で包み込んだ。


「もうすぐなの!」

「……っ」


やめて。

言わないで。

ここで言うのは不謹慎だ。


「あなたの病気はもうすぐ治る!」

「……」


咲夜はどんな顔をしているのか。

私は見ることができなかった。


◇◆◇


看護師さんはしばらくしてから、出て行った。


「良かったな、助かりそうで」


すぐに咲夜は口を開いた。


「……」

「どうしたんだよ?もっと喜べよ」

『不謹慎だったよね。ごめん』

「何で謝るんだよ?喜ばしいことだと思うけど……」


そっか。

この人は私みたいに人を恨むような人じゃないんだ。

自分だけが不幸だと思ってないんだ。

私はどれほど愚かだったのか。


「……」

「本当に治りそうで良かったな!」


咲夜は笑って言った。


◇◆◇


――数ヵ月後


「退院おめでとう、天音」


咲夜が笑顔で言った。

私は頷いた。


「いいなぁ、俺も早く治して病院生活から抜け出したい」

『長い間ありがとう。すごく楽しかった』


咲夜はふと笑って私の頭を叩いた。


「声、出るようになるといいな」

「……」

「そんな顔すんなよ。一生お別れってわけじゃないんだから。なぁ、お前の家の住所を教えてくれないか?手紙を送りたいんだ」


手紙?

今どき時代遅れだな。


『メールじゃ駄目なの?』

「お前の字を見たいから駄目。俺も母さんもお前の字が好きなんだよ」


なんだか照れることを言うなぁ。

私はスケッチブックに住所を書いた。

それを渡してすぐに、お母さんが病室に戻ってきた。

いろいろ手続きが済んだらしい。

咲夜は私に微笑んだ。


「あっ、あぁ」

「天音……」


お母さんが心配そうに見ている。

スケッチブックも翻訳もいらない。

私は自分の声で伝えたいんだ。


「あっ、あい゙」

「……」

「あい゙がど、ざぐや゙」

「天音……!」


お母さんは涙ぐんで、手で口を抑えている。

咲夜はまんまるに目を見開いている。


「お前の声も結構好きかも」


私は咲夜に微笑みかけた。


◇◆◇


――半年後


「天音〜!咲夜くんから手紙が来たわよ〜!」

「本当?今行く」


私は一階に駆け下りた。

お母さんは笑顔で手紙を渡してきた。


「咲夜くん、最近手紙の返事をくれる期間が空いてきたわね。体調、良くないのかしら?」

「まぁ、良くはないだろうね。早くドナーが見つかるといいんだけど……」

「あの子のおかげで天音の声が戻ったようなもんだし、元気になると良いわねぇ」


そう、私はあの後声が出るようになったんだ。

私は手紙を開けて中を読んだ。

その内容に私は目を見開いて、勢いよく立ち上がった。


「お母さん!」

「どうしたの?」


お母さんはキッチンから顔を出した。

私は笑顔で言った。


「見つかったって!」

「え?」

「咲夜のドナー!見つかったって!」

「ええ!?」


やった!

これで……!

これで咲夜も退院できるんだ!


「良かったわね、天音」

「うん!……ねぇお母さん。明日病院に行ってもいい?」

「咲夜くんに会いに行くの?いいわよ」


お母さんは笑顔で言った。


◇◆◇


私は病院を速歩きで歩いた。

私は病室のドアを勢いよく開けた。

今までこれなかった場所。

バタバタしてて来れなかった場所。

やっとこれた。


「咲夜!」

「天音?ひさしぶりだな」

「久しぶり!」

「声、ちゃんと出るようになってる」

「うん!もうすっかり元気だよ!」


私はできるだけ笑顔でいようと思ったけど、咲夜を前にするとまるで駄目だ。

心配だよ。


「明後日手術なんだって?」

「ああ」


ドナーが見つかっても、手術に成功しないと意味はない。

咲夜は私が心配していることを察してくれたみたい。


「大丈夫、絶対成功するって信じよう」

「そうだね。……咲夜。私、またしばらく来れないかもなの」

「そうか」


咲夜はベッドの隣りにある引き出しから手紙を二つ取り出した。

それを私に見せた。


「なにこれ?」

「俺の手術が成功したらこの手紙の内容が『成功』の方を送る。失敗だったら、内容が『失敗』の方を送る」

「用意してたの?」

「一応手紙にも書いてたんだけど……」


私は目を逸らした。

ドナーが見つかったってところまでしか私は見てなかった。

手術の成功と失敗が分かるのは嬉しいけど……。


「俺のこと心配してるの?」

「だって失敗したら……」

「死ぬかもしれない。だろ?分かってるよ、そんなこと。でも、俺は信じる」


咲夜は強い。

でも、死ぬのが怖いわけじゃないと思う。

ただの強がりだろう。


「咲夜、私も信じるよ。咲夜の分まで。だからさ、強がらないで良いんだよ」

「……っ」

「本当は怖いんでしょ?だって、死ぬのが怖くないわけないもん」

「……そうだよ。失敗したらって思うと怖くてたまらないよ!」


知ってる。

失敗したら、苦しみながら生きるか、その場で死んでしまうかのどちらか。

そんなの怖いに決まってる。


「でも、怖くても信じて頑張らないといけないんだ。ここで諦めたら近いうちに死んじゃう。だから生きられるかもしれない道を選ぶしかないんだ」

「……」

「なぁ、天音。何で俺達はこんなに不幸なのかな」


咲夜もそう思ってたんだ。


「咲夜、私は――」

「瀬崎さん。申し訳ないけど面会時間はもう終わりなの」

「……」


私は病院から追い出された。


◇◆◇


――一週間後


「天音、咲夜くんからのお手紙よ」


お母さんが私に渡してくれた。

私は手紙を震える手で開けた。


『天音へ。この手紙が届いたときには、俺の手術が終わっているんだろうな。この手紙が成功か失敗か。答えは失敗だ。この手紙は俺が出してるわけじゃない。母さんが送ってくれてるんだ。俺が生きていたらこの文章が全く違う手紙が届くはずだ。でも、この手紙が送られているのなら、俺は死んでるんだろう。残念だけどな。手術が終わったらお前に伝えようと思ってたことがあるんだ。好きだよ、天音。俺の分まで生きて幸せになれよ』


私の目から涙が溢れ出た。

お母さんはその様子で、咲夜の手術の結果がどうだったのか察したらしい。

お母さんは私の頭をそっと撫でた。


◇◆◇


――中学校入学式


今日は中学校の入学式だ。

私は卒業式には出ずに、ずっと家にいた。

どうせ卒業式も退院した頃には残り十日くらいしかなかったし。

友達と親睦を深めろって言われても、十日でできるはずがない。

桜の花はきれいに咲いている。

咲く……か。

咲くって言葉を聞くたびに咲夜を思い出す。

もういないのに。


「天音、教室に行ってらっしゃい」 

「うん」


私はお母さんと別れて、教室に向かった。

室内にはまだあまり人はいなかった。

私は自分の席に荷物を置いた。

友達ってどうやって作るんだっけ。

話しかけるのってどうやるんだっけ。

まずい。

長い間意思疎通は文字だったし、お母さんとしか話してなかったからいろいろ忘れちゃった。

まぁ、一旦読書でもするか。

私は本を開いた。

しばらくすると、教室の中がざわめき出した。


「え?何あの子」

「やだ、めっちゃかっこいい!」

「どこ小の人だろう」

「やだこっちに来る!今日ビジュ悪いのに〜!」


何だろう。

かっこいいってことは男子かな?

……興味ないしいいか。


「……天音」

「……っ」


懐かしい声。

いや、いるわけない。

幻聴だ。


「おい、天音」

「……」

「瀬崎天音!」


そんなわけない……。

そんな……わけない……。

私は恐る恐る顔を上げた。

そこには咲夜がいた。


「……っ!」

「んだよ、お化けでも見たような顔して」

「だって……。咲夜……なんだよね?」

「ああ、お前と一緒に入院してた咲夜だよ」


死んだはずの彼は笑って言った。

どうしてここにいるの?

あの日、何度も確認した。

手紙には死んだって書いてあったのに。


「な……んで……?」

「何でって俺もこの中学の近くだから」

「違う!」


私は声を荒げてしまった。

教室は静まり返り、私達を見ている人がほとんどだ。


「何で……?だって……。死んじゃったんじゃ」

「あ?勝手に殺すなよ」

「手紙に……」

「え?あ!もしかして送るやつ間違えた!?」


間違い……?

え?

え?

咲夜は私の手を取って、自分の胸に当てた。

鼓動を感じる。

私は目を見開いた。


「な?生きてるだろ?」

「……」

「あの手紙を読んだのかぁ……。手術が成功したら面と向かって言おうと思ってたのにな」

「……」

「好きだよ、天音。俺と付き合って」


こうして、幼い頃から苦しみ続けた私達は開放された。

そして、一生大事にしたい人を見つけた。


「あ、天音。聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「最後に病院に来たとき、天音はなんて言おうとしてたんだ?」

「……」

「天音?」


咲夜が私の顔を覗き込んだ。

私はとびきりの笑顔を咲夜に向けて、人差し指を口元に持ってきた。


「秘密!」

みなさんこんにちは春咲菜花です!短編小説二つ目です!今回は病気の少女が主人公の恋愛系でしたね。私恋愛系しか書いてませんね(笑)許してください。シリアスは「幸せを追う悪女達」と「幽霊少女に救われたい」でお腹いっぱいですよ(笑)私、病気のこと詳しくないので、矛盾点があるかもしれませんが、大目に見てください……。そして、良ければレビューや感想とかをください……。最後まで読んでくださりありがとうございました!!

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バッドエンドかと思いきやハッピーエンドかい!!!!!!!!とツッコんでしまいました!!!!!!咲夜!!!!!!君は天然か!!!!!!おっちょこちょいだな〜!!!!!!いや本当に二人には幸せになってもら…
咲夜よ。それは良くない。でもハッピーエンドで良かった。
2025/05/11 21:00 スーパーボール美味しい
最初バッドエンドかと思ったけれど手紙の送り間違えでよかった……。咲夜君!その失敗はやっちゃだめなやつだよ! とても読みやすくて、すごく面白かったです。
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