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パペット勇者

パペット勇者

作者: 朝比奈 呈

ある酒場の一角で四人の男達が赤ら顔で話をしていた。男達は冒険者なのだろう。お酒が進むごとに今日はどこそこで何を狩ってきただの、大口の依頼を受けてきただのと、気が大きくなってお互い自慢話をしていたが、ネタに尽きるとその中の一人がそう言えば聞いたか?と、ある話題を持ち出した。




「例の洞窟の話聞いたか?」


「ああ。帝国へと繋がっている洞窟のだろう? 一時、あそこは立ち入り禁止になっていたな」




 帝国とこの国の間を行き来するのに近道とされている洞窟。自分達も使うことはあるが頻繁に使うのは商人達だ。それがどうした? と、話題を持ちかけた男を仲間達は見返した。





「その理由はなぜか聞いたことあるか?」


「いいや。何かあったのか?」




 深刻そうに言うが皆、大した理由ではないのだろうと思っていた。洞窟での事故などよく聞く話だ。特に珍しいことでもない。





「商人らに聞いたんだが、あそこには人食い牛魔人が潜んでいたらしい」


「嘘だろう。そんな話、聞いたことないぞ。もし、そうならオレら冒険者に依頼があっても良さそうじゃないか?」


「まあ、オレらよりランクが上のイガン達が受けてそうだけど、やつらが受けたって話も聞かねぇな」


「それがな、イガン達より強い冒険者が現れて一掃したらしい」


「はああ? イガン達より強い冒険者?」




 初耳だなと皆が顔を見合わす。彼らはイガンと同じ冒険者ギルドに登録していた。そのギルドではイガン達がトップに立つ冒険者だ。それ以上の冒険者には未だお目に掛かったことはない。


 もしも、イガン達よりも強い冒険者が現れたなら噂になっていそうなのに。半信半疑でいる仲間に男は声を落として真顔で言った。




「ああ。何でもその男は聖剣エクスカリバーを持っていたそうだ。その聖剣で自分に襲いかかる魔物達を瞬殺したそうだ」


「おいおい、聖剣を持っていたことからしてそれって……」




 皆がごくりとつばを飲み込む。その男は冒険者じゃないと皆の気持ちが揃った瞬間だった。




「すげぇな。聖剣クスカリバーって例の伝説の剣だろう?」


「あれを抜けるのは勇者だけと聞いたぞ」


「聖剣が持ち主を選ぶとも聞くな」




 勇者って伝説の話にしか登場しないと思っていたけど現実にいた。そのことが皆を驚かせていた。勇者の話題を持ち出した男が実はな。と、興奮気味に言った。




「オレの知り合いの商人がその勇者さまと会ったことがあるんだ」


「まじか? どんな男だったんだ? 勇者を名乗るぐらいだから大男だったんだろう?」


「逞しい男に違いないな」


「勇ましい男だろうな」






 皆が思い描く勇者とは、自分よりも体躯が良い男で筋肉もりもりの男。




「勇者にしては随分と腰が低い男で偉ぶるところがなかったようだ」


「へぇ。凄いな。さすが勇者ともなれば人間も出来ているということか」


「心優しい人物で牛魔人に食された人間がいると知ると、その御霊が天国に召されるようにお祈りを捧げてくれたとか」


「なかなか出来ることじゃないな。さすが勇者さまだ。一度は会ってみたいよな。どんな格好をしているんだろうな」




「なあに。勇者さまなら聖剣エクスカリバーを持っているんだろう? 名剣を持っていそうな男がそうだろう」


「そんなんじゃ分からないよ。もっと分かりやすい目印はないのかね?」


「あ。戦うときはパペットを左手にはめてるって言ってたな」


「パペット?」




「何でもこの国の神獣である白猫熊神を模したパペットだってさ」


「なんでパペットをはめているんだ?」


「う~ん。その辺は良く分からないが身内が亡くなってその形見とか? それをはめて魔人に襲われて命を落とした幼い妹の仇討ちしているとか聞いたな」


「そうか。勇者にも深い事情があるんだな。幼い妹か。そのパペットはきっとその亡くなった妹が大事にしていたんだろうな」



 仲間の一人がおいおいと泣き出す。




「おい、泣くなよ。こんな所で泣き上戸か?」


「これが泣けずにはいられるかよ。勇者にはきっとその幼い妹が唯一の家族だったかも知れねぇ。哀れじゃねぇか。おまえらそれでも人間かよ」


「屈強の男が幼い妹の残した形見のパペットを手に今も戦っているに違いない。パペット勇者の健闘を祈って乾杯しようじゃないか」


「パペット勇者にカンパーイ」






 四人の男達はジョッキを持った手を天井に向けた。その男達を遠目に窺っていたカウンター席の男女のふたり組。蜂蜜色の髪の女性が隣の席に着く灰色の髪の男の脇腹を小突く。




「聞いた? パペット勇者ですって。アフォン。あなたのことよ」


「酔っ払いが言っていることだろう? 本気に受け取るなよ。レナ」


「なんだかもの凄いストーリーが出来上がっていたわね。幼い妹の形見のパペットを手に敵と戦う勇者さま」


「俺に妹はいないし、あのパペットは形見じゃない」


「パペットの私に会いたくなったらいつでも変身してあげるわよ」


「まあ、そんな時がしばらく来ないことを祈るよ」


「まあ」


「きみがもし、パペットになることがあるとしたらそれは──」





 後日。アフォンは左手に再びパペットをはめて魔物と対峙していた。婚約したとは言え、マダレナとラブラブな日々は当分お預けのようである。


 それからアフォンは人知れず「パペット勇者」と呼ばれて注目されていくことになる。

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