しあわせな結婚式
やっと王太子妃になれる日が来たのに、ユゲットの心は暗く沈んでいた。
正式な婚約者に決まった後、何度も何度も婚姻を急かしたが、認められる事は無かった。
そのうち公妾が妊娠し、後継者となる男児を産んだ。
流す事には失敗したが、自分も男児を産めば良いだけだとユゲットは楽観視していた。
正式に王家に嫁ぐ事も出来ない、たかが伯爵の家の娘が産んだ男児など、自分が産む公爵の血統を持つ子供に比べたら、後継者を名乗るのも烏滸がましい。
どちらが王に相応しいかなど、火を見るより明らかだ。
婚姻さえ出来れば。
閨さえ共に出来れば。
実戦経験は無かったが、閨教育はしっかりと受けていた。
男性を虜にする手練手管は、地位が上の者の妻ほど必要な知識である。
上になればなるほど、妻に出来る人数は増えるから。
事実今の国王は、正妃と側妃二人に公妾と、四人もの妻がいる。
ユゲットの父であるフルマンティ公爵は、持てる最大数の第三夫人まで娶っていた。
「私が白い結婚……」
後継者が二人いれば、王は妃との閨を拒否する事が出来る。それが王宮内での暗黙の了解だった。
今の国王は特例で、国庫の為に後継者一人でも許されたのだ。
もう一人男児が生まれる前に、王女が二桁突破するだろう、と。それに男児が生まれるまで頑張ったら、王女の為の予算だけで財政破綻しそうである。
その上、ディオンがユゲットと閨を共にしない正当な理由がもうひとつあった。
ユゲットは後継者を産む事がほぼ不可能だろうと、宮廷医師から診断を下されていた。
自身の仕掛けた軽い嫌がらせのせいで、不妊となってしまっていたのだ。
伯爵の子供を身ごもった男爵令嬢がどうなろうと、公爵令嬢であり王太子の婚約者である自分を馬鹿にしたのだから、自業自得なはずなのに。
なぜそれが自分に返ってきたのか、ユゲットは理解できなかった。
元々はレベッカを狙っていた事自体が問題だったのだが、ユゲットにとっては瑣末な事なので、すっかり忘れている。
「宮廷医師も、正直に妊娠の可能性はほぼ無いとか診断するんじゃないわよ」
誰に言うでもなく、独りごちた。
鏡の中のユゲットは、華やかな真っ白いウエディングドレスを着て、長いヴェールを被り、代々正妃のみに受け継がれているティアラを付けている。
お金をかけた肌は真っ白で肌理も細かく、大きな二重は可愛い印象を与え、ぽってりとした唇はツヤツヤで桜色をしている……はずである。ヴェールで見えないが。
幸せな、国民からも王家からも祝福される、最高の花嫁。
家格も高く、昼は淑女で夜は娼婦となる、全ての教育を施された完璧な花嫁。
望めば容易く手が届く伯爵令嬢と、公爵令嬢では格が違うのだ。
誰もが羨ましがり、誰もが憧れる、神の前で愛を誓う……
「誓います」
ディオンの声で、ユゲットは我に返った。
今は結婚式の真っ最中である。
神殿の祭壇に立っており、目の前では教皇が誓約の問い掛けを読み上げていた。
「――――誓いますか?」
教皇に問われる。
「誓います」
幸せを滲ませた声で答えたのは、ユゲットではなかった。
ディオンを挟んでユゲットとは反対側に居る花嫁。
ほんのりと微かに淡い水色のウエディングドレスを着たレベッカである。
ユゲットの純白のウエディングドレスが側に居なければ、白に見えたであろう極々薄い水色のドレス。
結婚式の衣装が白いのは「あなたの色に染まります」という意味も含まれているらしい。
既にディオンの子を二人も産んでいるという主張のつもりなのか、とユゲットは悔しさで唇を噛む。
「誓いのくちづけを」
教皇の言葉に、前を向いていたディオンが向きを変える。
ユゲットはヴェール越しに、ディオンの背中を見た。
式の最後まで、ユゲットのヴェールが上げられる事は無かった。
「おめでとうございます!」
皆の祝福の言葉の中、ユゲットは進む。
ディオンとレベッカが腕を組んで歩き、白い隊服を着た男性兵士が第一子を、同じく女性兵士が第二子を抱いて二人の斜め後ろを歩く。
その後ろを、近衛兵の隊服を着た兵士に手を借りたユゲットが歩いている。
四人の影に隠れてしまい、前からはユゲットが見えないだろう。
幸せな家族が通り過ぎた後に、やっとユゲットの姿が見えるのだ。
ウエディングドレスが豪華であるが故に、逆に惨めに見えていた。




