正当な血筋
二年後。レベッカは二人目の男児を産んだ。
レベッカとディオンを混ぜたような色合いだった長男と違い、髪はディオンと同じ銀髪、瞳はレベッカと同じ明るい青色だった。
「うふふふ。可愛いねぇ」
寝ている赤子の頬を、幼児がプニッと短い指で押すのを、大人達が温かい目で見守る。
「可愛いが可愛いを……最高です」
そう呟いて眩しそうに目を細めたのは、目下妊娠七ヶ月のアンである。
産休を取るように言っても、陣痛が始まるまでは働く、と言って譲らなかった。
陣痛が始まるまで?! と驚いたレベッカに、「始まったら運びます」と真面目な顔で言ったのは、夫であるガストンだ。
当然、その案はレベッカに却下された。
リズ狙いかと思われていたガストンだが、相談をしていただけで狙いはアンだったようだ。
確かに魔法師団長だったアンの方がガストンよりも高給取りなので、かなり苦労したようである。
「決め手は何だったと思います?」
アンとガストンの結婚が決まった時、リズがこっそりとその理由を教えてくれた。
「レベッカ様の子供と同じ時期に、絶対に妊娠させる、ですって!」
カラカラと笑ったリズは、嘘を言っている様子は無かった。
実際にレベッカ達の第二子と同い年で、アン達夫婦の第一子は生まれる。
「アン、無理をしては駄目よ」
レベッカが妊婦のアンを気遣うが、本人は何処吹く風で飄々と仕事をこなしている。
今、アンが用意しているのは、結婚式の衣装だった。
ディオンと正妃ユゲットの結婚が正式に決まったのだ。
そしてその結婚式に、レベッカも 花嫁として参加する。
神殿で結婚証書に署名するのはユゲットだが、神の前で誓いをするのはレベッカである。
花嫁が二人のおかしな結婚式だが、正妃になるユゲットが不妊であるとの診断が魔法医師によりされていたので、強い反対は起きなかった。
既にレベッカが男児二人を産んでいるのも、反対が少ない理由だった。
「子供が出来ないなら、正妃との初夜は無しですか?」
お茶の準備をしながら、リズがディオンへと質問する。
繊細な問題なので、皆が気になっていたけれど聞けなかった事を、リズはお茶を淹れる間の雑談として口にする。
猛者である。
「元々男児が二人いる事を理由に閨を断るつもりだったからな」
ディオンが正妃との結婚を遅くした理由は、後継者が二人生まれるのを待った為だった。
確かにユゲットを婚約者に決めた時、「婚姻がいつになるかは判らん」とは言っていた。
「白い結婚による離縁を相手が希望したら?」
「不妊の話がここまで広がっているのだから、次の嫁ぎ先は見つからんだろう。それでも離縁するというのなら、止める理由は無い」
丁度お茶を淹れ終わったのだろう。
会話は終了となり、テーブルには優しい香りのハーブティーが置かれる。
ジョエルとの結婚式の日も、リズがハーブティーを入れてくれたな、とレベッカは懐かしく思い出す。
伯爵夫人として後継者を産み育てるつもりだったのを、見事に覆されたあの日。
「そういえば、ジョエル様はまだ後継者が出来ないようですね」
レベッカの視線が、本館がある方向へ向く。
無事戻って来たロラは、子供と一緒に本館に住んでいる。トーマスも一緒に。
「毒の影響が残っているのでは、と何度も診断を受けさせたそうですが、愛人に問題は無いそうですよ」
リズがどこで仕入れたのか、本館内部の話をする。
「一生出来ないですよ。ウッドヴィル卿が魔法契約を交わしましたから」
レベッカのウエディングドレスに宝石を縫い付けながら、アンが爆弾を落とした。
「一生?」
レベッカが問うと、アンの視線がドレスからレベッカへと向いた。
「ウッドヴィル卿が愛人と交わした魔法契約は、『ウッドヴィル伯爵の正当な血筋以外を妊娠しない』です。そのような者、もう全員墓の下ですから」
アンの笑顔が怖い。
そして口にした内容が、更に恐ろしい。
アンの言葉が正しければ、ジョエルも、あの叔父も、ウッドヴィル伯爵の正当な血筋では無い事になる。
それどころか傍系にも、もうその血は残っていないらしい。
「最後は前ウッドヴィル伯爵です。奔放な女性を好む血筋だったのでしょうね」
代々嫡男だけは夫の子だが、それ以外は自由恋愛の子だったようだ。
しかもジョエルの母は、それすらも守らなかったようである。
結果、ウッドヴィル伯爵の血は既に絶えていた。
「ジョエル様に教えた方が良いのかしら?」
無駄な努力はしない方が良いだろう。
「だがそれでは、愛人が本館を追い出されてしまうだろう?」
ディオンが言うと、確かに、とレベッカは素直に頷く。
今度追い出されたら、ロラは実家にも戻れないだろう。
あのトーマスが真面目に働くとも思えず、ロラはともかく子供が可哀想である。
せめて子供が独り立ち出来るまでは頑張って欲しいところである。




