女同士のお話し合い
予定通り、後継者のお披露目が済んだら、レベッカとレオナールはすぐに退場となった。
控え室でアンとリズ、そしてガストンとブレソールに付き添われている。
今頃会場では、貴族達が王家へ順番に挨拶をしているだろう。
「何か食べておきます? この後はお話し合いですよね?」
リズが部屋に用意してある軽食を示す。
「ウッドヴィル伯爵の後継者問題と、殿下の婚約者との話し合いですっけ?」
ガストンが軽食の方へと近付く。
「正しくはウッドヴィル伯爵の後継者問題と、卿の愛人と殿下の婚約者の問題」
アンの訂正に、皆が首を傾げる。
「愛人と婚約者が会ってんのは知ってるけど、話し合う問題が有るのか?」
ガストンの問いに、アンは「後でのお楽しみ」と笑う。
滅多に無いアンの笑顔に、ガストンは目を見開いた。
夜会の途中で、まずロラが使用人に案内されて来た。
部屋の中にレベッカが居る事に驚いていたが、扉の脇に立つブレソールからの威圧で踵を返す事も出来ず、大人しく指定された席に座った。
次に部屋に入って来たのはユゲットだった。
「何なの?! 私はディオン様に呼ばれたのよ!」
室内に入った途端に喚き散らしたが、アンが指を鳴らすと、口を噤んだ。
口を開けようと自身の指で引っ張ったり押したり色々しているが、変化は無い。
部屋の入口でモダモダしているが、帰る様子は無いのでそのまま放置された。
「リー、お待たせ」
颯爽と部屋に入って来たのはディオンだった。部屋の中を見回し、眉根を寄せる。
「時間も守れないとは」
呆れたように呟いたディオンは、レベッカの隣へと腰を下ろした。
「まぁ良い。まずはここの話し合いをしようか」
ディオンが席に座るロラと、入口で膝を突いてもがいているユゲットを順に見る。
「んー! んーー!!」
ユゲットが助けを求めるように、自身の口を指差しながらディオンを涙目で見つめるが、何も反応は無かった。
「何で私は呼ばれたのかしら?」
ロラがソファの背もたれに寄り掛かり、格好良く足を組もうとして……失敗した。人間、太り過ぎると足も組めなくなる。
組みそこねた足が床をドンッと打つ。
「プッ」
笑ったのはレベッカの後ろに立つガストンで、横のリズに肘鉄されていた。
部屋の空気が微妙になる中、何事も無かったかのようにアンが淡々と話し出す。
「魔法契約の影響で不妊になったようなので、犯人に返します」
アンの言葉に、顔色を悪くしたユゲットがロラを見た。
「フルマンティ公爵令嬢、どうされました?」
レベッカがユゲットへ笑顔を向ける。
「ん、んん、んー」
ユゲットが首を横へ振るのを見て、更に笑みを深める。
「彼女は私を騙して利用しようとした。でも騙された私でさえ、お腹の子供を殺して不妊にしようとまでは思わなかったわ」
実際には子供は生きている。しかし、それは運が良かっただけで、死ぬ可能性もあった。
「男爵令嬢、色々許す事は出来ないけど、あの水色のドレスだけは貴女に差し上げますね」
レベッカがロラに向かって宣言する。
「完了です」
アンの手の中の契約書が淡く光った。
「契約の縛りが無くなったので、過剰摂取になった毒素を移動する事が出来ました」
アンがレベッカに報告をする。
どうやら魔法契約のせいで、ロラの体内の毒素を抜く事も移動する事も出来なかったらしい。
「許されていないからその体質は変わらないけど、不妊の原因の毒素は、そこの女と実行犯に返しておきました」
アンの視線がロラからユゲットへと移る。
「六対四程度だから、完全な不妊では無い。せいぜい頑張りなさい」
アンの説明する声が部屋へと響く。
ガタンと大きな音がした方向へ、皆の視線が向いた。
そこには、真っ青な顔をした使用人が壁に凭れ、辛うじて立っていた。
ロラに薬を飲ませた給仕係だった。
「わ、私は命令されただけで」
涙を流し訴える使用人は、結婚したばかりだった。その為、金が欲しかったのだろう。
「元々の標的は誰だったのかしら? レオナールを危険に晒した貴女達を許すつもりは無いわ」
レベッカが口の端をゆっくりと持ち上げた。顔の造形としては笑顔である。
しかし瞳の奥は冷たく、冥い。
ユゲットがウッドヴィル伯爵邸に送り込んだ使用人は、元々はレベッカを狙っていたのだ。無理だと判ったので、半ば八つ当たりでロラに薬を飲ませたに過ぎない。
その為、ロラには救済措置がされたのだった。
騙された事は悔しかったが、ジョエルを奪った事はどうでも良かった。
むしろそのお陰でディオンと愛人関係になれたので、感謝しているくらいだ。
だから、ロラは救う事に決めた。
ユゲットは、違う。
ディオンが奪われる事は無いと、そこの心配はしていない。
しかし彼女は、レオナールを殺そうとした。
それだけは、どうしても許せなかった。




