伯爵家の後継者
「頼む! 今すぐにレベッカと話さなければいけないんだ!」
別館への分かれ道で、ジョエルは警備兵へと懇願していた。
道の真ん中に膝を突き、天に祈るように両手を組んで警備兵へと話すのだ。迷惑この上ない。
最後には地面に手と額を着け、土下座の状態で動かなくなってしまった。
道の真ん中での行動は、無論、誠意だけでは無い。
ここでジョエルが蹲れば、馬車の通行の妨げになる。
しかし屋敷の主人である伯爵を、訪ねて来た客の護衛が力尽くで退かす事も出来ない。
ここに居る警備兵も、伯爵を無理矢理立たせ移動させる事は出来ない。
レベッカが出て来て対応するしかない……はずだった。
「構わん。退かせ」
高い位置から聞こえた声にジョエルが顔を上げ振り返ると、馬しか見えなかった。
当然である。
だがしかし、その馬の手網を繋いである額革には、しっかりと王家の紋章が飾られていた。
命令された近衛兵が馬から降り、両側からジョエルの腕を掴んで無理矢理立たせる。
「ま、待ってくれ! 頼む! ウッドヴィル伯爵の血統が絶えてしまう!」
ジョエルの叫びに、ディオンが動いた。
馬車の窓から手を出し、上げる。
それだけで解ったのか、近衛兵は馬車の側までジョエルを連れて行った。
手を離されたジョエルは、馬車の横で座っていた。
強制されたわけではなく足が痺れて立てないのだが、傍から見たら物乞いをする者のようである。
それを哀れに思い同情して助ける者は、ここには居なかった。
だから、ディオンの次のセリフには、同乗している側近や外の近衛兵も驚いた。
「リーの体調が戻り、動けるようになったら場を設けてやろう」
いつ、との約束は無い。
しかし、レベッカを甘やかし、その安全を最優先とするディオンが、結界を越えられない者との面会を許した事実が皆を驚かせた。
「まぁ、ジョエル様がウッドヴィル伯爵の血統の心配を?」
ベッドの上でディオンからの報告を聞いたレベッカは、驚いた顔をしていた。
その腕にはすやすやと眠る我が子がいる。
「人の親になってあの方も成長されたのかしら」
うふふ、と笑うレベッカに、ディオンは目を細める。
「三ヶ月後くらいで良いかしら?」
レベッカが言うと、ディオンは首を横に振る。
「半年後に王家主催の夜会がある。その時で良いだろう」
ディオンの提案に、レベッカも「では、それで」と同意する。
その後、レベッカの腕の中で眠る子供をアンが受け取り、ベビーベッドへと寝かせる。
起きないのを確認したレベッカとディオンは、静かに部屋を出て行く。
ゆっくりと歩くレベッカをエスコートするディオンは、とろけるような甘い笑顔を浮かべていた。
ジョエルはほぼ毎日、別館への分かれ道へ行き、面会の日程確認を行っていた。
未だに結界は越えられないので、そこに立つ警備兵に確認をするのだ。
最初は別館に確認しに行っていた警備兵も、最近では「決まり次第、こちらから連絡するようです」とその場から動かずに答えるようになった。
三日目には、警備責任者であるガストンがそう答えるように、と指示を出していたから。
本当は半年後の夜会だと決まっているのにすぐに教えなかったのは、ディオンの意趣返しだろう。
それでも警備兵達の「顔を見ると殴りたくなる」との言葉に納得したディオンは、二ヶ月後に日程を伝える許可を出した。
それでも結局、もっと早くできないのか、今日は時間があるだろう? と毎日尋ねてくるジョエルの対応をしなければならなかったので、負担の軽減にはならなかったようである。
夜会当日。別館では上を下への大騒ぎだった。
レベッカの準備は勿論、次期王太子である赤子のお披露目も有るのでその準備にも追われていた。
実際には最初の王家の入場時にレベッカが抱いて入場し、名前を発表したら退席する予定なので、あまりお披露目らしくは無い。
どちらかと言うと、祖父母にあたる国王と王妃達が子供を見たがったのが大きいだろう。
因みにレベッカの実家は、手土産持参でしょっちゅう遊びに来ている。
両親と兄夫婦の両方が。
クロヴィスとテレーズの結婚式は、身内だけの簡単なものしか行っていない。
婚約期間が半年と短かったのと、レベッカの妊娠が判明したからだ。
その代わり、披露宴はかなり豪華になる予定である。
何せ王太子と公妾の披露宴と一緒に行われるのだから。
その披露宴も、テレーズが妊娠し更に延びる事になるのを、今は誰も知らない。




