契約という名の呪い
「ロラ様は、もう子をなす事は出来ません」
ロラの出産を担当した医師が、生まれた子を見て茫然自失なジョエルを捕まえ、無理矢理執務室へと連れていった。
そこで明かされたのは、ジョエルにとっては悪夢のような事実だった。
「おそらく堕胎薬を摂取した事による早産でした。臨月で使用された為、負担が大き過ぎ……もう妊娠するのは難しいのです」
ロラはもう、ジョエルの子供を産む事が出来ないという事である。
医師の手には、空のティーカップがあった。
昼間に使われたものが、ロラの転落騒ぎで片付けられずにそのまま残っていたのだろう。
「適量摂取ならば生理誘発剤になる薬なので、比較的手に入れやすいものです」
でも、と医師は首を傾げる。
「かなり独特の臭いと苦味のある薬なので、気付かずに飲む事は無いと思うのですが……」
ロラは魔法契約の制裁で、食物の正しい匂いや味が判らなくなっていた。
通常ならば気付く違和感にも、気付けなかったのだ。
更に二つ目の制裁も発動していた。
レベッカの私物を勝手に自分の物にしたせいで、今まで持っていたドレスが全て入らない体型へと変化するように体質が変化してしまっていた。
具体的には、やたらと燃費が良くなったのだ。少量の食物でも、身体に必要な成分が摂取出来てしまうように。
だから不味い食事で食が細くなってもお腹の子供が充分に成長できたのだが、今回はそれが徒になった。
薬の効きもよくなってしまっていたから。
実は、今まで安全な物しか摂取していなかったから問題が無かったが、薬も過ぎれば毒になるのである。
件の薬も、適量摂取ならば生理誘発剤に。
過剰摂取で堕胎薬になる。
だから処方では適量しか買えないのだが、何人かで買ったのを一気に使用したのだろう。
当然だが、違法である。
医師と執事、それからメイドを一人連れて、ジョエルはロラの居る寝室を訪ねていた。
医師がジョエルに説明したのとほぼ同じ内容を告げる。
責めるような「なぜ気付かず飲んだのか」の部分は、精神的苦痛を受けるであろうロラを気遣って、あえて言わなかった。
「え? もう子供が出来ないの? でも後継者は産んだんだし、別に良いよね。もうあんな痛いのは嫌だし、丁度良かったわ」
もう子供が出来ない事は、ロラにとっては問題無いらしく、あっけらかんと事実を受け入れた。
そのような様子のロラを見て、ジョエルの顔が険しくなる。
「後継者? 平民の子供を俺が受け入れると思ったのか?」
ジョエルの言葉に、ロラはギクリと身体を揺らした。
「何言ってんのよ、ジョエル」
難産な上に大量出血もしていた為、ロラはまだ自分の産んだ赤子に会っていなかった。
「うちの家系には、黒髪はいない」
ジョエルの言葉と共に、後ろに居たメイドが抱いていた男児をロラに見せた。
「黒髪に緑の瞳……」
体調不良で青白かったロラの顔色が、更に白くなる。
ジョエルはオレンジがかった金髪で、瞳の色は茶色だ。
ロラは茶髪に焦げ茶の瞳。
この屋敷の中で一番色味が近いのは、トーマスの黒髪に灰緑の瞳だった。
「この阿婆擦れが! お前にもう用は無い! これを連れてすぐにあの平民と一緒に実家へ帰れ! 俺は新しい愛人を迎え、それに正当な後継者を産ませる!」
ジョエルは赤子を抱いたメイドの背中を、ロラの居るベッドの方へと押しやった。
「キャッ!」
急に押されたメイドは、体勢を崩してロラのベッドへ倒れ込む。
それでも赤子をしっかりと抱いて庇っていたのは、ここに居る誰よりも子供を慈しんでいたからだろう。
生まれた子供に罪は無い、と。
ジョエルは宣言通り、ロラとその息子、そしてトーマスをロラの実家であるベジャール家へと強制的に送り届けた。
ロラの父であるケニントン男爵は、初めは憤慨していたが、ロラの産んだ子供と、一緒に付いて来たトーマスを見て全てを悟り、溜め息一つで諦めた。
そしてジョエルはというと……
契約の見直しを話し合う為の確認で金庫から出した魔法契約書を見た執事に、ある重大な指摘を受けていた。
とんでもない一文が、契約書には有ると。
それは『後継者はロラが産んだ子になる』というものだった。
「俺の子を後継者に出来ない、だと」
そう。『ロラの産んだ子』であり、ジョエルの子供である必要は無い。
そしてロラはもう子供が出来ない。
事の重大さに気付いたジョエルは、慌てて別館へと向かった。
薬の話は、全て架空のものです。
実際にある薬を参考にしたわけでもありませんので!
そして、センシティブな内容なので、ネタばらし。
ロラは後で救済されます。




