あなたに祝福を
センシティブな内容が含まれます。
主に妊娠・出産に関する事です。
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二人の妊婦がウッドヴィル伯爵邸で臨月を迎えていた。
王太子の公妾であるレベッカと、伯爵の愛人であるロラ。
先に産気づいたのはレベッカだった。
その頃には常駐していた医師と産婆、ディオンの乳母だった女性までが忙しく動き回っている。
当然ディオンも呼ばれ、レベッカの家族も呼ばれた。
別館への客に紛れ、本館にも馬車が到着した。
「ちょっと! 何であの女が無事に出産日を迎えているの?!」
叫ぶように本館へと入って来たのは、王太子の婚約者ユゲットだった。
父であるフルマンティ公爵から、子供は残念な事になるはずだと聞いていたのに、今日、レベッカが産気づいたようだと潜り込ませた本館の使用人から連絡が来たのだ。
前日からジョエルは出掛けており、代わりにロラが対応に出て来た。
「いきなり人の屋敷に怒鳴り込むなんて、これだから結婚も出来ない女は嫌なのよ」
大きな腹を支えながら階段をゆっくりと降りて来るロラは、勝ち誇った顔をしていた。
実際にはロラも結婚はしていないのだが、後継者を産むというのは貴族女性にとっての義務を果たす事になり、未婚女性より気分的に優位に立つ。
気分を害したユゲットは、それでも扇で口元を隠し体裁を取り繕った。
「あらベジャール男爵令嬢。随分と育ちましたのね、全体的に」
アンタだって結婚はしてないでしょ、このデブ! とユゲットも負けじとやり返した。
その後、執事がさりげなく仲裁し、二人は場所を変えて落ち着いた。
ユゲットの希望で、温室の中に茶席が設けられる。
本館の中には魚が腐ったような臭いが染み付いていたから。
「あの女、呼んでも来ないし、こっちからは行けないし、仕方が無かったのよ」
使用人が淹れたお茶の、甘い香りが温室に広がる。
使用人とユゲットが目くばせし合ったのに、ロラは気付いていない。
ロラは目の前に置かれたお茶を、躊躇なく口にした。
それを見て、ユゲットもお茶を飲む。カップに隠れた口端が歪につり上がっている事にもロラは気付かない。
「ここに居ても仕方無いから、私は帰るわ。お金は返すように、旦那様にきちんと伝えてね」
ユゲットは席を立ち、温室を出て行った。
その時に下腹を擦るようにしていたのを見ても、ロラは何も思わなかった。
温室から本館に戻ったロラは、階段を登っている途中で有り得ない腹痛を感じた。
「い、いった~い!」
あまりの痛みに、手摺りを掴んでいた手が外れる。
あ、と思った時にはもう落ちていた。
まだ数段しか登っていなかったのと、かなりの脂肪が身体に付いていた為、骨折などはしていないようだった。
「い、痛い」
落ちた時に打った臀部より、まだ続く腹痛の方がロラには辛かった。
蹲ったロラに使用人達が駆け寄る。
「血が!」
「医師を呼べ!」
陣痛が起きてから呼べば良いと、本館には医師が常駐していなかった。
動かして良いのかも判断出来ず、ロラは医師が来るまで階段下に置かれていた。
周りにはクッションが置かれ、身体には掛布が掛けられている。
呼ばれた医師が急いで確認すると、もう動かせない位に胎児が下りてきていた。
お湯が沸かされ、清潔な布が用意された。
ロラは階段の手摺りの柱を掴まされ、その場での出産が始まる。
「まだ予定より大分早いのに。それにこの出血量……?」
医師は困惑しながらも、自身の仕事を全うした。
ウッドヴィル伯爵邸では、同じ日に後継者が生まれた。
一人は国の、一人は伯爵の。
ディオンは生まれた子を抱き、涙を浮かべていた。
白金の髪に水色の瞳。どちらにも似ている色味の、玉のような男の子だ。
可愛い我が子に優しい父親の笑顔を向け、そっと頭にくちづける。
ベッドで休んでいるレベッカの横に、我が子も寝かせる。
出産で疲れて寝ているレベッカの髪を、ディオンはそっと撫でた。
「ありがとう、リー」
目を閉じているレベッカの額にくちづけを落とす。
部屋の隅で待っている医師や産婆に頷いて見せ、部屋の外で待っている家族を招き入れた。
外出から帰って来たジョエルは、エントランスで使用人が誰も目を合わせようとしない事に気付く。
いつもは真っ先に迎えに出て来る執事もいない。
違和感を感じつつも歩きだし、階段下が汚れている事に驚いた。
広範囲の赤黒い痕。
「何だあれは、血か?!」
驚いているジョエルに、迎えに出て来た執事により更なる衝撃が告げられる。
「ロラ様がお子様を出産されました」
「早くないか?!」
医師からはまだ二週間は先だろうと予想されていたのだ。
「それで子供は?」
嫌な予感がしたジョエルが問うと、執事は「元気に生まれました」と目を伏せる。
その表情に、後継者が生まれた喜びは無い。
「ロラが」
「とてもお元気です」
亡くなったのか? と問おうとしたジョエルの言葉を遮り、執事は答える。
それ以上何も言わない執事と共に、ジョエルは生まれた子供を確認しに行き、執事や使用人のおかしな様子の理由を知った。
「なんだ、これは」
ベッドで寝ている赤子の髪は、真っ黒だったから。
レベッカの為に用意した、執事見習いの平民と同じ色である。




