定期検診
レベッカが妊娠してから、ディオンの過保護が更に増した。
もはや過保護を通り越して、執着と言っても過言では無い。
「リーが王城に住めないのなら、私がここに住めば良いのでは?」
週一だったお泊まりを、レベッカの妊娠を理由に無理矢理週二に増やしたのに、泊まる日を更に増やす……という順序をすっ飛ばし、いきなり住むと言いだした。
これにはさすがのレベッカも呆れた顔を隠さなかった。
「アル。ここはウッドヴィル伯爵邸よ。王太子が住むのは無理だわ」
子供用の靴下を編んでいた手を止め、大分大きくなった自身の腹部を撫でる。
「可愛い王子様。あなたのお父様は、ちょっと心配性過ぎるわね」
まだ名前が決まっていないので、レベッカはお腹の子を「王子様」と呼ぶ。
魔法による定期検診で、性別は男である事が判明していた。
ディオンはその日の気分で「ひよこ」と呼んだり「うさぎ」と呼んだり、時には「キャベツ」と呼んだりしている。全てに「可愛い」という形容詞が付く。
出産予定日まで後三ヶ月。
子供が生まれたら、今よりも入り浸りになってしまい、公務に支障が出るのではないか、とレベッカは本気で心配していた。
「大丈夫じゃないですか?」
珍しくディオンの訪問が無い日に、レベッカが子供が生まれた後の不安を口にすると、ガストンは事も無げにそう言った。
「ちょ、何適当に答えてんの?!」
リズがガストンを責める。
その手がガストンの胸元で変な動きをしているのは、服を掴みたい衝動を抑えているのだろう。
「いや、元同僚が言ってたんだよ。殿下が今まで以上に精力的に動いていて、全ての仕事の効率を上げまくってるって」
ガストンはディオンの元側近兼護衛だった男だ。
この場合の元同僚とは、ディオンの側近の事だろう。
ディオンは今現在、仕事の無駄を省いて効率を上げ、レベッカと子供に会う時間を増やそうと頑張っているようである。
ガストンの話を聞いて一瞬驚いたように目を大きくしたレベッカは、花がほころぶように微笑む。
「可愛い王子様。あなたのお父様は、とても素敵な人だわ。私達、愛されているわね」
レベッカが話し掛けながら腹部を撫でると、中から応えるようにポコンと蹴られた。
本館のロラの元には、定期検診で女性医師が訪れていた。
部屋でダラダラと過ごしていたロラは、腹部だけでなく全体的に大きくなっていた。
「もう少し運動をなさらないと、出産の時に大変ですよ」
どう考えても太り過ぎなロラに、医師は指導をする。
「はぁ? この重いのを抱えて運動なんて出来ないわよ」
重いの、のところでロラは自身の腹部を下から持ち上げて見せる。
「激しい運動などしなくて良いのですよ。散歩とかで良いのです。せめて食事や湯浴みの時以外、ずっと横になっている今の生活を改善しましょう」
医師が優しく諭すが、ロラはベッドに寝転がってしまった。
妊娠を自覚してから悪阻が酷くなったロラは、一日の大半をベッドで過ごしていた。
悪阻が治まり食欲が増しても、その生活を変える事は無かった。
太らないわけが無い。
ロラはこの女性医師が嫌いだった。
最初に診断した男性医師からの紹介だったが、優しく丁寧な話し方をする上品な女性で、ロラの嫌いな部類の人間だった。
本当は腹の中で私の事を馬鹿にしてるんでしょ? と、今までの経験から思っていた。
そのような女性から「悪阻が治まったら普通の生活に戻してください」と言われてしまったのだ。
反抗心から、ベッドから出ない生活を正さなかったのもある。
ただ単に楽なのも、勿論有ったが……。
「まるで豚だな」
社交を兼ねた夜会から帰って来たジョエルは、ベッドで横になっているロラを見て蔑むように言う。
確かに自己管理が出来ていないロラにも問題は有るが、妊婦に掛けて良い言葉では無い。
「はぁ?! じゃあ、アンタが産みなさいよ!」
ロラが敵意剥き出しで叫ぶ。
最近、同じような喧嘩が増えていた。
そのせいで益々ロラは意固地になっていく。
出産まで三ヶ月。
ロラの食事量は増え、運動量は変わらなかった。
医師の再三の指導も意味が無かった。
出産で命を落とす危険もある、という脅し文句も、何も意味をなさなかった。




