後継者
悪阻もほとんど無く、レベッカのお腹の子は順調に育っていた。
少しだけ膨らんできたお腹を撫でながら、レベッカは温室の中を散歩している。
実は密かに、アンが空気清浄魔法を掛けている事は気付いていない。
アンがレベッカに魔法を掛けている理由は、妊娠により体質が変わり、今まで平気だった物に過敏反応が出る可能性があるからだ。
それならば温室に来なければ良いのだが、レベッカはこの珍しい植物で埋められた温室が大好きだった。
「もうすぐ食べられるかしら?」
小さくて赤い実を付けた木を、レベッカが笑顔で見上げる。
この国では珍しい果物である桜桃と呼ばれる実は、レベッカの好物だった。
婚約者時代にジョエルが手土産に持って来た物で、可愛い見た目と甘酸っぱい味に直ぐに好きになった。
おそらく当時のジョエルは、手土産に金をかけたくないので家にあった物を持参しただけだったのだろう。
その証拠に、レベッカが美味しいと言ったのにも拘わらず、その後は一度も持って来なかった。
「食べられる物も有りますよ。あとでお届けしましょう」
側で作業していた庭師は、優しい表情でレベッカを見守る。
ジョエルやロラのように、勝手に穫って勝手に食べて、不味いと怒る事も無く、温室の中の植物を大切にしてくれるレベッカ。
実は桜桃も、まだ熟す前の物を食べたジョエルは、珍しいだけで不味い果物だと認識していた。
だからレベッカが美味しいと言った後には手土産にする事も無く、ロラと二人で全て食べてしまったのだ。
「他にも子供に良いと言われている果物がありますから、食べ頃になったら届けましょう」
「まぁ、素敵! ありがとう」
庭師の心遣いに、レベッカはさらに笑みを深め、お礼を言った。
レベッカが温室で幸せを感じていた頃、本館の方では医師が呼ばれていた。
いつものドレスが入らなくなり、下腹だけが不自然に膨らんで妊娠が疑われたからである。
「ご懐妊です」
呼ばれた男性医師は、ロラが妊娠していると診断した。
「出産に立ち会うには女性の方が良いでしょう。女性医師を紹介します」
ロラの返事も聞かず、医師はそそくさとその場を後にした。
「えぇ!? どうせなら男の方が診察の時の楽しみがあって良いのに」
魔力を流すので服は脱ぐ必要がないのに、ベッドに全裸で寝転がり、ロラは診察を受けていた。
ロラには主治医がいない。
ウッドヴィル伯爵邸に住んで居る事がばれないように、体調不良になったらその時々で違う医師を呼んでいた。
偶々遊びに来て、具合が悪くなったと偽る為に。
金を積んで口の固い者を呼ぶからか、性質の悪い医師に当たってばかりいた。
診察するのに全身を触る、胸を揉む、魔力を流しやすいからと、とんでもない所に指を入れる者までいた。
最初は抵抗があったロラも、最近では初めから全裸で診察を受けるようになっていた。楽しまなければ損だから。
貴族がベッドで全裸で待っていれば、診察を口実にしたそういう行為を期待している、と医師側が誤解しても仕方が無いだろう。
因みにロラ付きのメイドも、屋敷に軟禁状態のロラなりのお遊びなのだと黙認していた。
上司にも、当然ジョエルにも報告はしていなかった。
今回は妊娠検査の為、まともな医師に当たったのだろう。
呼ばれた医師は、本気で驚いたに違いない。
とんだ災難である。
「妊娠? 誰が?」
執事からロラの妊娠を聞いたジョエルは、不快そうに眉間に皺を寄せた。
「……ロラ様でございます」
執事の言葉の後、部屋の隅でバサバサと紙の落ちる音がした。
「す、すみません!」
レベッカの愛人にする為に雇った、平民の執事見習いトーマスだった。
レベッカが愛人にするのを拒否したからとすぐに解雇する訳にもいかず、簡単な書類整理などをさせていた。
「またですか」
執事が呆れたように溜め息を吐き出す。
元々能力をかって雇用したのでは無いので、体力と顔以外は平均以下の男だった。
ここで雇われていなければ、男娼になっていたか、金持ちの情夫になっていただろう。
ジョエルはチラリとトーマスを見た後、執事に視線を戻した。
「俺は婚約式の後、ロラを抱いていないのだが?」
ジョエルの問いに、執事は表情を崩さない。
「婚約式の前日までは閨を共にしていたのですから、おかしくは無いでしょう」
この婚約式とは、勿論クロヴィス達の婚約式の事である。
この日から、ロラは犯罪者となり、貴族籍から外された。
但しウッドヴィル伯爵の監視下にあれば拘束せず、という特例で解放されたのだ。
公妾を差し出した事に対する恩情だと、世間には思われていた。
ブクマ、★★★★★高評価ありがとうございます
(≧▽≦)




