善哉よきかな
「結局、アルに助けてもらってしまったわ」
レベッカが不満そうに頬を膨らませるのを、ディオンは嬉しそうに見ている。
あの後すぐに、クロヴィスとテレーズが入場して来たので、ユゲットは退場となった。
「それにしても、お義姉様は格好良かったです」
レベッカが挨拶回りをしているテレーズを見つめながら褒める。
幸せそうにクロヴィスの隣に立っているテレーズ。
クロヴィスとテレーズが入場して来た時。
知った顔が来て助けてもらえると思ったのか、ユゲットはテレーズを見て笑顔を浮かべた。
王太子の婚約者と、次期伯爵の婚約者では、前者の方が立場は上である。
それも候補から上がった者と、外れた者なので、通常ならばユゲットの方が勝者と言えるだろう。
しかし、ユゲットを見たテレーズは、無言で手を上げた。
会場の責任者が飛んで来る。
「なぜ招待客以外が紛れているのかしら。王太子殿下もいらっしゃるのに、ここの警備はどうなっているの?」
ユゲットが何者かよく知っているテレーズが、その排斥を決めた。
さすがのユゲットも「王太子の婚約者だ」と騒ぐ事も、拒否する事もなく、大人しく退場していった。
その間、テレーズの横でクロヴィスは苦笑していた。
本来ならば、クロヴィスがやるべき事だったのだから当然だろう。
ユゲットは退場させられたが、ジョエルは招待状を持っているので、会場の警備では強制退場は出来ない。
主催者かそれより上の立場の者が本人に退場を命令すれば、招待客であるジョエルでも拒否は出来ない。
しかし、なぜか主催であるエルフェ家も、王太子であるディオンも、ジョエルを放置していた。
いつの間にかロラの声は聞こえなくなっていた。
扉は開かれなかったので、ロラの処遇は判らない。
だが伯爵夫人と名乗った時点で、犯罪者だ。下の爵位を騙るのはある程度は許されるが、上の爵位を騙るのは絶対に許されない。
しかも厳格な場でなど、論外である。
「どうしましょう。私は妻として声を掛けに行くべきかしら?」
所在無さげに壁際で立っているジョエルを見て、レベッカが首を傾げる。
心配で声を掛けるのでは無いのは、その表情で判る。
ディオンはジョエルとの結婚式の夜の事を、アンからの報告で聞いていた。
だからレベッカを咎めるつもりも、諭す気持ちなども毛頭無い。
ロラが犯罪者に堕ちたのは、貴族の常識を知らなかった為の自業自得であるし、そういう人間を選んだのは他でもないジョエル自身だ。
もっとも、こういう事を想定……というか、期待して、ディオンは通常よりも近衛兵を多めに連れて来ていた。
そうでなかったら、祝いの席だからと厳重注意で済まされていたかもしれない。
そのような事を考えていたら、クロヴィスと目が合った。
よくやった、とでも言うように満面の笑みで親指をあげて見せたクロヴィス。
ディオンがいなくても、ロラは許されなかっただろう、と考えを訂正し、微笑み返しておいた。
「ここで声を掛けてしまった方が、許しているように見えるかしら……?」
まだ逡巡していたらしいレベッカが、可愛く首を傾げていた。
会話が聞こえる距離にいる貴族はともかく、遠目に見た貴族には、夫婦として会話していると思われる可能性は無きにしも非ず、である。
「虫けらを見る目で見ながら、目の前を通り過ぎる、とか?」
ジョエルをどうやって懲らしめてやろうか、と考えているレベッカを、ディオンが優しい目で見守っている。
その間も二人の距離は近く、レベッカの腰にはディオンの腕が回されていた。
その姿を他の招待客が見て仲の良さを微笑ましく思い、後継者の誕生を期待する。
そして本来なら婚家であるブーケ家が受けるはずだった恩恵は、おそらく実家のエルフェ家が受ける事になるだろう、とも予測した。
レベッカが公妾としてディオンといる為に必要なので、ウッドヴィル伯爵が褫爵になる事は無い。
だからこそ、生かさず殺さずの生殺し状態にされる事だろう。
ジョエルはこの先社交界で、針の筵の上に置かれるのである。
「もう、聞いてます?」
返事をせずに微笑みながら自分を見ているディオンに、レベッカは少しだけ怒った声を出す。
「ふふ、私がリーの言葉を聞き逃すはずが無いだろう?」
ディオンはレベッカが少し尖らせた唇に、触れるだけのくちづけを落とす。
「真面目に相談してるのに!」
怒るレベッカを、ディオンは笑いながら抱きしめる。
ジョエルの前になど行かなくても、レベッカはただディオンと仲の良い姿を周りに見せつけるだけで、充分に効果が有る事に、まだ気付いていない。




