愛人と夫人と
「妻が公妾なら、看做す夫人の契約をしているはずでしょう?」
会場内から、ジョエルを擁護する声が聞こえてきた。
懲りずに水色のドレスを着たユゲットである。しかし以前のようにディオンの瞳の色ではなく、濃いめ。
それでも水色を着るのは、婚約者となった意地なのだろうか。
レベッカは、近寄って来たユゲットに、歓迎の笑顔を向けた。
本当に嬉しかったから。
最高の場面での登場である。
「まぁ、フルマンティ公爵令嬢。本日はありがとうございます。ところで、どなたのお連れ様としていらしてくださったのですか?」
暗に貴女に招待状は送っていないですよ、と告げる。
ディオンは身内としての参加の為、招待状は無い。必然的に婚約者であるユゲットは、ディオンの連れにはなり得ない。
クロヴィスやテレーズの家と、ユゲットの家とは派閥も血統も何もかも違うので、フルマンティ公爵の関係者に招待状は送っていない。
無論、ユゲット本人にも。
「私の事はどうでも良いでしょう?!」
焦った様子で誤魔化すユゲットは、ディオンの参加を第三者から聞いて、お披露目会から潜り込んだのだろう。
教会では見掛けなかったので間違い無い。
参加方法としては、会場の職員の買収が一番確率としては高い。どこにでも一人位はお金に困っている人間がいるものだ。
婚約式より、お披露目会の方が少し規律が緩くなるので、請け負った職員は軽い気持ちだったのかもしれない。公爵令嬢の頼みであり、後々上手く使える縁が出来ると。
「今日は王族の参加が決まっていたので、単なる夫の愛人であるベジャール男爵令嬢にはご遠慮いただきましたの。ですのでフルマンティ公爵令嬢がなぜここに居るのか、はっきりさせないとおかしな事になりますでしょう?」
レベッカは最上級の笑顔を浮かべる。
これでロラは看做す夫人などではない、と招待客に知らしめる事が出来た。
第一の目標達成である。
「私は、ディオン様の婚約者として参加いたしました」
今まで、全てそれを免罪符にしてきたのだろう。候補が外れた今なら、尚更。
「勝手に、ですか?」
ペリーヌ程では無いが、ユゲットもそれなりに婚約者候補としての立場を利用してきたようである。
言い訳に躊躇が無い。
「ディオン様が居るのだから、私が居るのは当然でしょう!」
何が当然なのか、レベッカには理解出来なかった。
「私が居るのに?」
レベッカは公妾で、立場としてはユゲットより上である。
「たかが伯爵の血筋より、公爵令嬢の私の方が素晴らしい血統の子供が産めますもの、当然でしょう!」
さすが、王太子の婚約者候補に決まった途端、レベッカを排除する為に動いた家の人間である。
レベッカとユゲットのやり取りを聞いていたディオンは、突然笑いだした。
何事かと皆の視線が集中する。
「凄いな、フルマンティ公爵令嬢は! 独りで閨事が出来るらしい」
言葉の意味が解らずに、ユゲットは眉間を寄せる。
レベッカは扇を広げ、口元を隠した。
自然と上がってしまう口角を隠すために。
「しかし、いくら独り遊びが上手でも、子供は出来ないぞ」
ディオンの台詞に、ユゲットの顔が赤く染まる。
今度はその意味を理解出来たからだ。
ディオンがユゲットの寝室を訪れる事は無い、という宣言。
だからユゲットが後継者を産む事は叶わないと。
自分の発言を否定されたからか、それとも独り遊びなどと侮辱されたからか。どちらにしても羞恥による赤面には違いない。
婚約者候補だった時には、何をしても、何を言っても、ディオンは咎めなかった。
ユゲットは許されているのだと思っていたのだが、違ったようだ。
ただ単に無関心だっただけだった。
好きの反対は無関心だとよく言うが、攻撃されるほど嫌われるくらいなら、無関心の方が幸せだろう。
それが貴族の世界である。
王太子に嫌われた婚約者に、どんな未来が待っているのか。
「あ……」
顔面蒼白になったユゲットは、周りを見回した。
今日はクロヴィスとテレーズの婚約式である。派閥も違うし、ユゲットの味方など元々いない。
だからこそ別派閥に、唯一の婚約者となった自分の力を見せつけようと参加したのだ。
いつものように、王太子という最高の後ろ盾を利用して。
婚約者候補を自ら外れ、たかが伯爵夫人如きの立場で満足するテレーズを見下す目的もあった。
公妾も伯爵夫人で、公爵令嬢の自分よりも下だと見下していた。
今はまだ物珍しさが勝っているので、公妾の方がディオンの関心を得ているが、後継者問題が本格的になれば、公爵令嬢の自分を正妃に迎えると確信していた。
だからこそ、落成式でのディオンの無礼な態度も、ユゲットは許してあげたのだった。




