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結婚したら、夫に愛人がいました。  作者: 仲村 嘉高
 

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夫と妻と




「本当に……公妾になったのか」

 信じられないものを見たように、ジョエルは呟く。

 招待状が届いた時に、ロラとの会話でレベッカのエスコートは王太子がするだろう、みたいな事を言っておきながら、実際には半信半疑だったから適当に答えたものだった。


 ジョエルは、レベッカとディオンの二人の様子を、頭の先から足の先まで眺める勢いで確認する。

 レベッカの腰に回された腕。ディオンの胸に添えられた手。寄り掛かるように凭れる身体。

 ジョエルには見せたことの無い、頬を染めた嬉しそうなレベッカの顔。


 建設ギルド長のヘイオスから話を聞いた時は、何かしらの裏があり公妾として契約しただけの、自分とレベッカのような関係かと無理矢理納得していたのだが……目の前の二人は、他者が入り込む余地のない雰囲気を纏っている。



 貴族社会は、見事な男尊女卑の世界だ。

 夫が愛人を連れているのは甲斐性で、妻が愛人を連れているのは不貞行為にあたる。

 だからジョエルがロラを連れていても問題無いはずで、今日みたいに入場拒否など有る筈がなかった。

 ……ジョエルの中では。


「ジョエル様。厳格な場には、法的に認められた者しかエスコート出来ませんのに、なぜあの方をお連れになったのかしら?」

 厳格な場とは、例えば王家主催の新年会や、高位貴族の結婚式、そして婚約式もそれに当たる。


「は?」

 貴族の常識を言われただけなのに、ジョエルは初めて聞いたかのような顔をしていた。

「正当な理由が有る方は親戚が代わりを務めることも許されてますけれど……」

 にこやかに、ジョエルが見慣れた笑顔でレベッカは話を続ける。


「ジョエル様は正当な理由は無いので、私をエスコートするか、お一人で参加するしかありませんのに……」

 レベッカは溜め息を吐き、残念なものを見る目をジョエルへ向けた。



「騙そうったって、そうはいかないぞ。伯爵になってから新年会にロラを連れて行っても、咎められた事は無いからな!」

 ジョエルはレベッカを睨み付け、自信満々に告げる。

「いつだ」

 問い掛けたのは、ディオンだった。

「はい?」

 途端にジョエルが精彩を欠く。


「いつの事だ、と聞いている」

 再度ディオンに問われ、ジョエルは(しば)し考え込む。

「二年前まで、です」

 それを聞いて、レベッカは益々軽蔑の眼差しを向ける。

「婚姻しておらず、婚約者もいなければ恋人を連れて行く方もいらっしゃいますわ」


 今更なぜ、貴族としての常識の、基本中の基本を成人男性に、しかも爵位を継いでいる年上の男に、説明しなければいけないのか。

 しかもジョエルは上位貴族に入る伯爵である。



 場の空気がおかしくなっていく。

 それは「大丈夫か? ウッドヴィル伯爵」というものに。

 更にそれに拍車を掛ける出来事が起こる。

 甲高い女性の声が閉じられた扉の向こう側から聞こえたのだ。


「だーかーらー! 私は、この中にいるジョエルの妻なの! つーまーよ、妻。伯爵夫人。解る?」

 響いてきたロラの言葉に、レベッカは笑いを堪えるのが大変だった。

 入る為に必死だったのか、周りに他の貴族が見えなかったから気が大きくなったのか。

 どちらにしても、ウッドヴィル伯爵邸以外では言ってはいけない言葉である。


 フルフルと震えるレベッカの肩を、ディオンはそっと抱き寄せた。

 レベッカの顔がディオンの胸に埋まる。

 傍から見たら、悲しんでいるように見えたかもしれない。

 少なくとも、ジョエルはそう誤解した。


 結婚前までは、相思相愛で仲の良い婚約者として有名だったのだ。

 自分にはロラという心に決めた相手がいたが、レベッカは違ったのだ。

 まだ自分に想いを残しているのかもしれない、と。

「レベッカ……」

 だからレベッカを哀れに思い、その名を呼んだ時に響いた笑い声に、本気で驚いていた。



「伯爵夫人、ですか。素敵ですね。これで彼女は身分詐称の犯罪者ですわ」

 涙を滲ませながらジョエルを見たレベッカには、微塵も哀しみなど無かった。

 むしろ楽しくてしょうがない、という顔をしていた。


「ま、待て。ロラに悪気は無いんだ。俺の子を産むと決まっているから、妻だと名乗って良いと勘違いしているんだ」

 魔法契約で、ロラが産んだ子を後継者にする、と決められている。

 もしここでロラが犯罪者に堕ちたとしても、ジョエルはロラに後継者を産ませなければならない。


 ジョエルは必死に言い訳をした。

 ロラを犯罪者にしない為に。



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