本領発揮
暖かい日差しの中、和やかな雰囲気で茶会が開かれていた。
焼き菓子も生菓子もとても美しく、そして高級な店にも負けない美味しさである。
それは当然だろう。元は王城で腕を奮っていた菓子職人達の傑作である。
料理人はともかく、菓子職人は今まで殆ど活躍の場が無かったので、ウッドヴィル伯爵邸別館に行くのを厭う者はいなかった。
むしろ全員が行こうとして半数は残らねばならないと聞き、その選考会が熾烈を極めたらしい。
四人で楽しむには若干贅沢にも感じる茶会で、女性陣はケーキを味わいたわいない話をし、男性陣はそれを温かい目で見守っていた。
「そろそろ良いかと思うの」
別館のサロンで、ディオンとクロヴィスとテレーズの三人と茶会を楽しんでいたレベッカが、手に持っていたカップをソーサーに戻しながら言う。
突然の言葉に、テレーズは首を傾げた。
「そうだね。私もそう思う」
同意を示したのは、レベッカの横に座るディオンだ。
その瞳は優しく、甘さを含んでいる。
だから、次に口にした言葉が含む毒に、テレーズは引いてしまい、横に座るクロヴィスを見た。
そこにはしょうがないとでもいうように、二人を見守る婚約者がおり、益々テレーズを困惑させた。
「それで、どこから報復するのかな?」
甘さを含んでいる声音で、贈り物を選んでいるかのような明るさで話されるディオンの言葉には、一切の迷いがない。
レベッカが何を考え、何をしようとしてるのか、全て解っているかのように。
「本当はジョエル様だけのつもりだったのですが、あの方も騙されたとかではなく、完全な共犯なのですよね」
頬に手を当て、困ったように話すレベッカは、見た目だけなら今までのほわほわした可愛い令嬢のままだ。
しかしよく考えてみれば、公妾の為の連絡をしたのはレベッカからなのだ。
何も知らない世間知らずの令嬢のわけが無かった。
「でもまず手始めに、何か勘違いをしている方に、立場を解らせないと駄目かしら」
レベッカはディオンを見上げた。
上目遣いで問うレベッカは、ディオンをよく理解しており、同意が貰えるのが判っていての行動だ。
この二人は、見た目や雰囲気は違うが、中身は実は似ているのかもしれない。
暇では無いと言っていたのは本当のようで、小一時間程でクロヴィスはテレーズを伴って帰って行った。
手土産にケーキを包んでもらうのを忘れない。テレーズの前だから格好をつけていたらしいクロヴィスは、実は結構な甘党である。
次にレベッカがテレーズとクロヴィスに会うのは、二人の婚約式になる予定だ。
ジャイルズ伯爵の後継者であるエルフェ家のクロヴィスと、シャトレ侯爵であるカユザク家のテレーズの婚約式。
勿論クロヴィスの妹であるレベッカも参加するし、ディオンがエスコートするだろう。公妾とはそういう立場である。
問題はレベッカの夫であるジョエルである。
ジョエルの所へ届く招待状には『ウッドヴィル伯爵夫妻』と書かれている事だろう。
婚約式やお披露目会のような厳格な場では、招待状に名前の無い人間は会場に入る事が出来ない。
書類上だけとはいえ夫なので、単なる契約結婚ならばレベッカが一緒に行くものだった。
しかし公妾となったレベッカはディオンと参加する為、本来ならジョエルがエスコートするのは看做す夫人となった者だ。だが王家とジョエルの間に契約が結ばれていない為に、単なる愛人のロラは連れて行けない。
「いや、彼なら平気な顔して連れて来るかしら?」
レベッカがフフッと楽しそうに笑った。
「ねえ! これって私が一緒に行くんでしょ?」
数日後。ジョエルの元へ招待状が届いた。
クロヴィスとテレーズの婚約式への招待状である。
招待されているのは、勿論『ウッドヴィル伯爵夫妻』だ。
「レベッカはあの方がエスコートするだろうから、大丈夫じゃないか」
ジョエルが適当に答える。
まだ正式な伯爵になって日も浅いジョエルは、厳格な場での式典に参加するのが初めてだった。
学生時代には既に爵位継承をしていたが、遺言書の内容と若過ぎるという理由故に、色々免除されていた。
社交界や法的に正式な伯爵として認められたのは、レベッカと結婚してからである。
それまでは卵の殻を尻に付けた雛だった。但し残念な事に、本人はその事に気付いていない。




