もうひとつのお茶会
途中で不適切(?)な表現があります。
お食事などしながら読むのはお止めになった方が良いと思います。
本館の温室では、急遽決まった茶会の準備が進められていた。
ロラの午後のお茶に出す予定だった焼き菓子が運ばれて来る。
甘い焼き菓子の香りに混じって、なぜか饐えた臭いも漂っていた。
テーブルに焼き菓子が置かれ、お茶が用意される。
普通に美味しそうで、ユゲットとシモーヌはホッと胸を撫で下ろした。
本当はロラとの茶会になど参加したくはなかったのだが、なぜかレベッカが怒ってしまったので、ウッドヴィル伯爵の看做す夫人と縁を繋いでウッドヴィル伯爵邸への出入りの権利を手にしようとの思惑があった。
ジョエルが公妾契約を結んでいないなど、ユゲットもシモーヌも知らない。
「ようこそ、ウッドヴィル家に」
ロラが挨拶をすると、ユゲットとシモーヌは一瞬眉を寄せた。
ウッドヴィルは爵位号であり、家名はブーケである。
この場合、ウッドヴィル伯爵邸もしくはブーケ家が正しい。
高位貴族当主は、呼ばれる時に爵位で呼ばれ、下位貴族は家名で呼ばれる。
ロラはおそらく男爵である父親が家名で呼ばれていたのを聞いて育ったので、ジョエルが呼ばれているのを聞いて、ウッドヴィルが家名だと思い込んでいるのかもしれない。
細かい事ではあるのだが、基本中の基本である。
何かがおかしいと、ユゲットとシモーヌは顔を見合わせた。
もしやロラは伯爵夫人としての教育を受けていないのでは? と、気付き始めた。
「ウッドヴィル伯爵夫人、普段はどのようなお仕事をしてますの?」
ユゲットはロラへ探りを入れた。
「そうねぇ、使用人達と過ごしているわ」
伯爵夫人と呼ばれたのが嬉しかったのか、ロラが素直に答える。
「使用人と?」
シモーヌが怪訝な顔をする。
まだ十八歳のシモーヌは、感情が表に出やすい。
「どなたのお茶会に参加される事が多いのかしら? お会いした事ないですわよね」
更なる質問は、今のロラの状況を把握する為だった。
茶会は立派な社交活動である。
誰の茶会に参加するかによって、その家が何に力を入れているのかが判るのだ。
派閥というものも、貴族の世界には存在する。
ユゲットやシモーヌの家は、いかに自分の家が素晴らしいか、王家との繋がりが有るかを自慢する、ある意味貴族らしい集まりに主に参加していた。
贅をつくした茶会は、金を回すという意味では、必要なものである。
「同級生とのお茶会かしら」
ロラの言う同級生とは、今は話し相手として雇っている例の女の事で、実際には学校卒業後には引きこもっていたので茶会への参加は一切していない。しかしそれをロラが素直に言う訳は無い。
「未だに同級生とのお茶会だけ?」
ユゲットは思わず呟いていた。
学校の組分けは、爵位と能力の両方が加味される。
男爵令嬢のロラの同級生は、ロラが余程優秀でない限りは子爵か男爵である。
伯爵以上の家に嫁いだ同級生など、それほど多いとは思えない。
本当に伯爵夫人として活動しているのだろうか。ユゲットがそう疑問に思っても当然だった。
「失礼します」
場の空気が微妙な雰囲気になった時、新しいお茶が淹れられ、ケーキが三人の前に置かれた。
この頃にはユゲットとシモーヌも饐えた臭いに鼻が慣れてきていた。
クッキーが普通だったので、油断していたのもある。
ケーキを一口、口に入れた。
ユゲットもシモーヌも、食事の礼儀作法など全て忘れ、ケーキの皿に今口に含んだケーキを吐き出した。
お茶を口に含み、口を漱いでそれをカップに吐き出す。
淑女として、いや、常識としてやってはいけない行動である。
しかし、口に含んだ物が腐っていた場合はどうだろうか?
「何よこれ!」
「腐ったものを出すなど、有り得ないわ!」
怒りを露わに叫ぶ二人の客に、ロラの機嫌も急降下する。
「はぁ?! 今日作ったばかりのケーキが腐ってるわけ無いでしょ! 王太子の知り合いっぽかったから招いてやったけど、二度と来ないで!」
味はともかく、本当に腐ってはいない。
何を食べても腐敗味しかしないロラには、買って来たケーキも使用人が作ったケーキも一緒なので、ただ単に二人が難癖を付けているようにしか感じない。
当然茶会はそのままお開きになった。
ユゲットとシモーヌはロラと仲良くなる事も出来ず、不味いものを食べさせられ、ウッドヴィル伯爵邸への出入りが禁止になり、踏んだり蹴ったりの目に遭っただけだった。




