仕切り直しを
レベッカとテレーズは、アンとリズを従えて別館に向かって歩いていた。
三ケ所在る温室の中で、今回使用したものは別館と本館の丁度真ん中位に在った。
もう一つは本館と外通路で繋がっており、もう一つは別館の結界の敷地内に在る。
本館の所の温室は、貴重な植物は無く薔薇だけが植えられていた。
先代伯爵夫人が亡くなりロラが女主人になって直ぐに改装されてしまったのだ。
植えられていた植物は、先程の温室に全て移植されていた。捨てられそうになったのを、通いの庭師が引き取ったのだ。
別館の温室は新しく建てられたものであり、まだあまり植物が植えられていない。
だから少し窮屈そうな先程の温室から珍しい植物を移植しようと、レベッカは考えていた。
その為に、先程の温室の手入れを任されている通いの庭師は、今度から別館の温室の管理も行う事になる。
「どうせなら、あの温室の中身全部植え替えちゃえば良いと思います!」
リズが少し怒りながら言い放つ。
会話の相手は、途中で合流した庭師だ。
別館の温室を確認したいと言うので、どうせなら一緒に、となったのだ。
「そうですなぁ。それが出来れば手入れも楽なんですがね」
庭師が笑う。通いなのであまり長時間の労働は辛いのだろう。
年齢的にも、二つの温室間を移動するだけでも大変そうである。
「ではやりましょう。別館の温室の方が倍は大きいですし、手伝いで土魔法が使える者を呼びます」
アンが前を向いたまま、後ろの二人の会話に参加する。
視線をレベッカとテレーズから外さないのは、護衛のガストンが不在だからだろう。
「アンが言うなら大丈夫ですね! お花もその方が喜びますよ」
リズがこれほど怒っているのは、帰って来る途中でロラが散らした花々を目撃したからだった。
抵抗出来ないものを傷付けるのは、例え相手が花でも許せないらしい。
「三人位居れば良いですか? 明日からでは遅いですか」
アンの問い掛けに、庭師は「へ?」と間抜けな声を出す。
「土魔法の使い手です。今日からの方が良いですか?」
もう一度、今度は主語有りで問われ、庭師は咄嗟に「明日からで!」と答えていた。
「まぁ! それでは別館の温室が、あの素敵な温室みたいになるのですね」
知らない間に決定していた温室の話を聞いたレベッカは、本当に喜んで庭師を見た。
何の衒いもなく声を掛けられた庭師は、本館で女主人然としているロラとの違いをひしひしと感じていた。
格の違い、とでも言うのだろうか。
「それでは、これからよろしくお願いしますね」
挨拶を交わし、温室を見に行く庭師と別館へ行くレベッカ達とで分かれる。
ここは既に結界内である。
案内が無くても判る位立派な温室。
アンの言った倍は大きいは、比喩ではなく単なる事実だった。
「こんなのを用意しちまうくらい奥様を大切にしているのに、なぜロラ様なんかを本館に住まわせてんだか」
通いの庭師は、別館や温室を用意したのがジョエルだと勘違いしていた。
彼が真実を知るのは、温室が完成した後だろう。
レベッカ達が別館のサロンへ足を踏み入れると、甘い良い香りが漂っていた。
「それにしても早くありませんこと?」
テレーズが完璧に整えられたサロン内を見て、苦笑を漏らす。
すぐにでも茶会が始められるようになっている。
温室での茶会がお開きになる前にこちらの準備を始めていないと、こうはならないだろう。
もしかしたらシモーヌが来ているのを知った時点でこうなる事を予想していたのかと思い至り、レベッカに仕える使用人の優秀さにテレーズは感心する。
「別館のサロンで仕切り直しするから、頑張ってお菓子を焼き直したんですね、きっと」
焼きたての焼き菓子の匂いに鼻をヒクつかせながら、リズが嬉しそうに言う。
実はシモーヌの参加からユゲットの愚行を予想して、厨房へ指示をしていたのだ。
それが上手くいき、嬉しいのだろう。
用意された席は四席。
最初から茶会に参加するはずのディオンの席は解る。
もう一つは誰のだろうか?
結界内に入れないユゲットのはずは無い。
テレーズが不思議に思っていると、サロン入口で使用人が「こちらでございます」と案内する声が聞こえた。
ディオンが到着したのだろう、とカーテシーの為にドレスを掴んだテレーズは、そのまま固まった。
「レベッカ。お前が思うより兄は忙しいのだから、せめて前日に招待状を……」
文句を言いながらサロンへ入って来たのは、レベッカの兄でありテレーズの婚約者であるクロヴィスだった。
「お茶会が早々にお開きになるとは思っていましたが、予想より早くて驚きましたわね」
レベッカは驚いているテレーズへ、悪戯が成功した子供のような笑顔を向ける。
茶会が早々にお開きになると予想していたのは、リズだけではなかったようである。




