それぞれの思惑
怪訝な顔で歩いて来たディオンは、テーブルには近付かずガストンの傍で足を止めた。
「茶会の時間ではなかったのか?」
テーブルの上には何も置いておらず、席は四席中二席が空いている。
しかも主催のはずのレベッカはおらず、話に聞いていた招待客とは違う面子が居るのだから、ディオンの困惑は当然だった。
「……誰だ?」
ディオンが視線でガストンに問い掛けたのは、使用人を従えたロラの事である。
同じ学校に通っていたとはいえ、男爵令嬢であり二つ年上のロラと、王太子であるディオンの面識は皆無だった。
それでもさすがにロラの方は、ディオンの顔は知っていた。
成人式の夜会で、王家に挨拶した時に並んでいた記憶がある。
しかし、なぜここに居るのかは理解出来ていない。
挨拶する事も忘れ、棒立ちのままディオンを見つめている。
「ディオン様! ジスカール侯爵次女シモーヌ・アルカンでございます!」
椅子から立ち上がったシモーヌは、不敬にならないギリギリの距離まで近付き、見事なカーテシーで挨拶をした。
笑顔でディオンからの返事を待つ。
だがいつまで待っても、ディオンからの声掛けどころか、視線すら貰えなかった。
王家に対するカーテシーは最上級の挨拶の為、深く膝を折る必要があり体勢としてはかなり辛い。
貴族同士であれば、余程身分に差が無ければ自分の意思で体勢を戻しても支障は無いだろう。
しかし相手が王族となると、話が違う。
一度挨拶をしたシモーヌは、そのまま待ち続けるしかないのだ。
「では、勝手に人数を増やした挙句に、更に闖入者を迎え入れたのか」
ディオンはガストンから、今の状況になった顛末を説明されていた。
その横でシモーヌはまだカーテシーを続けている。せめてもっと離れていれば、ゆっくりと体勢を戻しても大丈夫だったかもしれない。
「王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
ユゲットがシモーヌの隣へ行き、同じようにディオンに挨拶をした。
一応は婚約者であり正式に招待されている客なので、さすがに無視はされないだろう、と踏んでの行動だ。
ユゲットは、こっそりと隣のシモーヌを盗み見た。
シモーヌの顔からは笑顔が消え去り、悔しさと惨めさで涙を浮かべている。
それを見て、口の端を嬉しそうに持ち上げた。
チラリと二人を見たディオンは、背を向けて来た道を戻り始める。
もう温室には用が無いとでも言うように。
実際にレベッカの居ない温室に、ディオンが居る意味は無い。
数歩歩いてから足を止め、ディオンは振り向いた。ああそうだ、と小さく呟く。
視線はユゲットに向いていた。
今日初めて、ユゲットとディオンの目が合った。
一緒に来るように、と自分が呼ばれるものだと思ったユゲットは、その顔に喜色を浮かべる。
やはり公妾より正妃となる自分の方が立場が上なのだ。
いくらレベッカが偉そうにしようと、最後に選ばれるのは高貴な自分なのだ。
少なくともユゲットはそう思っていた。
「お前達は本館で茶会をするらしいな。行っていいぞ」
ディオンの口から発せられた言葉は、ユゲットの期待していたものとは違って、突き放すものだった。
「え? でも、公妾と交流しないと……」
引き攣った笑顔を浮かべながらも、ユゲットはディオンと一緒に行動しようとした。
「レベッカに拒絶されたのだろう?」
何の感情もこもっていない淡い水色の瞳は、路傍の石を見るかのようにユゲットを見ていた。
次にディオンは、突っ立っているロラに声を掛けた。
「そこのウッドヴィル卿の愛人」
ガストンの説明の通りに呼んだために、名前ではなく立場である。
かなり失礼な呼ばれ方だが、一介の男爵令嬢でしかないロラには不満を口にする権利も無い。
「感謝する」
突然の予想外過ぎる言葉にロラが驚いている間に、ディオンは歩き出してしまった。
その言葉の真意を、ロラは理解出来ていない。
まさか『嫉妬深くてありがとう』という、ジョエルがレベッカとの白い結婚を決めた理由についてのお礼だとは思いもしないだろう。




