お茶会
花々が咲き誇る見事な温室。
前伯爵夫人の唯一の趣味が貴重な花を集める事だった為に、ウッドヴィル伯爵邸の温室には、王家の温室よりも珍しい花が咲いていた。
「こんな花より宝石の方が素敵なのに、私が受け継ぐ宝石が減ったじゃない」
ロラが手に持った扇子で、通りすがりに花を叩く。
叩かれた花は花弁を散らし、時には花ごと飛んでいった。
好きな花は赤い薔薇、というロラは、今自分が駄目にしている花の価値など解っていない。
飛ばした花で花束を作れば、今ロラが着けているネックレスと同じ位の値段になるだろう。
そのように花に興味の無いロラがなぜ温室を歩いているのか。
答えは簡単だ。
今、この温室で開催されている茶会に乱入する為だ。
そもそもこの温室はブーケ家所有の物で、ジョエルの実質的な妻であり女主人同然であるロラの管理下に有る……と、ロラは思っていた。
そこで開催されているのなら、自分にも参加資格が有るのだと。
偽装結婚相手のレベッカは、ジョエルに愛されずに惨めな生活をしているはずである。
ジョエルからドレスも宝飾品も贈られていないのは、執事見習いのトーマスから聞いて知っている。
見窄らしい格好しか出来ない哀れなレベッカ。だから同格の伯爵家など呼ぶはずが無いのだ。
見栄を張って温室で茶会など開いているようだが、どうせ格下の男爵令嬢や子爵令嬢を呼んでいい気になっているのだろう。
自身が男爵令嬢なのも忘れ、伯爵夫人としてロラは温室の奥へと進んで行った。
楽しそうな話し声と明るい笑い声が、鮮やかに咲き誇る花に静かに響く。
ロラが知っている茶会とは、明らかに雰囲気が違った。
その時点で違和感に気付き戻れば良いものを、そこはロラである。
自分こそが正義だと、レベッカが居るテーブルへと近付いた。
「あら、こんな所でお茶会? 言ってくだされば本館のサロンをお貸ししたのに」
顔の下半分を扇で隠しながら、ロラがレベッカへ声を掛けた。
さも偶然通り掛かった振りをして。
「そんなみっともない格好……を、し……え?」
颯爽と現れたつもりだったロラは、テーブルに座る人達の服装を見て固まった。
ティーカップを持つ指の先まで手入れされた客達は、どう見ても高位貴族だった。
しかも伯爵より格上の。
ドレスも宝飾品も、今ロラが身に着けている物など比べ物にならないほど洗練されている。
更にその中でも際立っているのは、レベッカだった。
座っているのに流れるような綺麗なドレープは、仕立ての良さと高級な布だからこそ作り出せたものだろう。
耳や首元を飾る淡い水色の宝石は、ジョエルでは決して買えない。
「この方は?」
濃いめの金髪に緑の瞳の華やかな雰囲気の女性……テレーズが上品に、しかし拒絶も露わな声を出す。
「ウッドヴィル伯爵の愛人で、ケニントン男爵の娘ロラ・ベジャール嬢ですね」
テレーズの問いに答えたのはレベッカではなく、後ろに控えていたアンだ。
「ふぅん、愛人」
口の端を持ち上げて嫌な笑顔を作ったのは、ディオンの婚約者のユゲットである。
彼女を招待したから、温室での茶会になったと言っても過言では無い。
ユゲットでは別館の結界は越えられないだろう。
「愛人って事は、ブーケ夫人と一緒ですね!」
悪気の無い振りをして悪意を振りまくのは、ユゲットの弟の婚約者でありペリーヌの妹のシモーヌだ。
見た目はペリーヌとよく似て儚げな美少女然としている。いや、中身もよく似ているだろうか。
姉のペリーヌがディオンの婚約者候補から外れた事に喜んだシモーヌは、実は自分がその座につくつもりだった。その為レベッカへの敵対心はペリーヌ以上かもしれない。
レベッカをブーケ夫人と呼ぶのは、その気持ちの表れで態とだ。やはり結界は越えられないだろう。
そもそもレベッカはシモーヌを招いていない。ユゲットが勝手に連れて来たのだ。
ペリーヌが婚約者候補を外された後の、レベッカが公妾として紹介されたあの落成式よりも更に後に、シモーヌはユゲットの弟の婚約者に決まった。
王家から問題有りとされたアルカン家と縁を繋ぎたい家は、普通は無い。
ジスカール侯爵は降爵を噂されているので尚更だった。
ユゲット、シモーヌ、そしてロラ。
ディオンに気を付けるように言われた女性の四人のうち三人がここに揃っていた。
因みに後一人は、元婚約者候補のペリーヌである。
レベッカよりも、テレーズの方が学校での彼女達を見ている分、警戒を強めていた。
それなのに……。
「ベシャール嬢もご一緒にいかが?」
主催でもないのに、ユゲットがロラを勝手に席へ誘ってしまう。
ユゲットの中では、王太子の婚約者で公爵令嬢の自分が、この中では一番身分が上なので当然の行いだった。




